第十三話 発覚
「――以上が、私の知る限りの情報だ」
「ご協力、ありがとうございますッス」
クラー商会の応接室で理想郷の話を語ったポルクス。
一息つくように葉巻を加えると、火をつける。
「さて、もう十分だろう。そろそろ月霊草の商談に入っても良いかね?」
「そうッスね。これだけの情報をいただけたんで値段は勉強するッス」
「それは良い。それでこそ話した甲斐があるというものだ」
ジーノが月霊草(偽物)を収めた箱を取り出すと、満足そうに頷くポルクス。
だが、商談に取り掛かる前に応接室の扉が外から叩かれる。
「商談中に失礼いたします。会長、至急お耳に入れておきたいことが……」
「なんだね、全く。ジーノ君に失礼だろう」
突然、秘書と思わしき男性が応接室に入ってくると、ポルクスの耳元で何かを囁く。
すると次の瞬間、ポルクスの目が大きく開かれた。
「……確かか?」
「はい」
「むぅ……。申し訳ないがジーノ君、少し席を外してもよろしいかな?」
「俺は全然大丈夫ッスよ。何か緊急の用ならそっちを優先して欲しいッス」
「すまんな。すぐに戻るので、菓子でも食べていてくれ」
そういうと、ポルクスは秘書を連れて応接室を出ていった。
そして、ポルクスたちの足音が遠ざかったのを確認したジーノは、完全に脱力して椅子に寄りかかる。
「はぁ~。まさか相手に純度5の仙具使いが居るとは……。想定を軽く超えてきたッスね」
「そうだな。正直もう関わりたくないんだが、純度4以上の仙具は狙われる、か」
「グレンさん……」
敵組織に狙われる可能性があるグレンが、嫌そうに顔をしかめて自身の仙具の柄を撫でる。すると、その様子を見ていたジーノは、痛ましそうに顔を曇らせる。
グレンを励まそうと、ジーノは温かい言葉をかける――
「お気の毒ッスね。じゃ、これからもこの街で頑張ってッス」
「さっそく切り離し作業に移るんじゃねぇよ」
――こともなく、普通に見捨てようとする。
一切の躊躇いもないその切り替えの早さに思わずジト目になるグレン。
「……お前もうちょっと躊躇えよ」
「いやッスよ。純度5の仙具使いとか、もはや災害じゃないッスか。来世に期待ッスね、お疲れ様ッス」
「こいつ……ッ」
ジーノの物言いに口元を引きつらせるグレン。
だが、頭の中でも冷静な部分が相手の言葉に一定の理解は示していた。
「(まぁ、こいつはともかく、俺が原因で周りを危険に巻き込むわけにもいかねぇか。こいつはともかく)……はぁ、分かったよ。お前の方も――」
「あ、違約金は請求するんで死ぬ前に払ってくださいね」
「お前はマジで苦しんでから死んでほしいわ」
グレンは生まれて初めて人を呪った。
しかし、そんなグレンを小馬鹿にするように、ジーノはわざとらしく首をふる。
「あいにく俺は大往生するッス。最後は金貨に溢れる部屋で、金に囲まれながら果てる予定ッスよ」
「いやな死に方だな……」
満足そうに己の理想を語るジーノ。
一方、金貨に埋もれて圧死する姿を想像してグレンは引いていた。
「何っすか!? 人の夢にケチ付けないで欲しいッス!」
「いや、そもそもお前が大往生は無理があるだろ。せいぜいこれまで騙してきた人間に滅多刺しにされて死ぬとかだろ」
「そんな未来は来ないッスよ!」
「来る来る。これまで騙してきた分、逆に騙されて、因果応報に合って死ぬんだよ」
「はっ! 俺が誰に騙されるッスか!? 騙される人間ってのは無知な間抜けと相場が決まってるッス!」
――ガチャリッ
「待たせてすまな……」
「俺は月霊草と銀霊草の区別もつかないような間抜けとは違うッスよ!!!」
ジーノが叫んだ瞬間、部屋の扉が開きポルクスが顔を出した。
固まるジーノ。
無表情なポルクス。
空気が凍ったかのように静まり返る中、最初に動いたのはポルクスだった。
固まるジーノを無視して元の席に戻ると、そのまま腰を下ろす。
「……ふむ。銀霊草とは確か、月霊草とよく似た薬草だったね。今の今まですっかり忘れていたが……」
「もしや君、この私を騙そうとした、なんてことは無いだろうね?」
ジロリッと睨みつけるように鋭い視線で問いかけるポルクス。
緊迫した空気があたりを漂う中、ジーノは――
「? 何のことッスか?」
「ッ!?」
――きょとんとした様子で当たり前のようにとぼけ始めた。
明らかな失言を聞かれたこの状況で、さらに誤魔化そうとする姿勢に、後ろで控えていたグレンが眼を剥いて驚く。
しかし、ジーノの顔には一切の後ろめたさを感じさせず「この人は何を言っているんだろう?」と言わんばかりに困惑した様子すら見せていた。
そんなジーノにポルクスは眉を顰める。
「では、騙していないと? それなら、先程の発言の意図を聞かせてもらおうかな?」
「さっきのは、二年前に起こった“月霊草大量流出事件”について話していただけッス」
「む……?」
「ポルクスさんも商人ッスから、二年前のあの件を覚えていると思うッスけど」
「あ、ああ。確かに二年前、希少な月霊草が大量に出回るという事件があったのは覚えている。なにせ全て本物だったからな、当時の混乱具合は相当だった……」
「そうッス。面白かったのは、本来、希少な薬草が大量に市場に流れれば、その価値は下がる筈なのに、寧ろこの件で月霊草の価格はさらに跳ね上がった事ッス」
「そうだな。希少すぎて市場に流れる事は無く、数少ない月霊草は全て高位貴族や王族の回復用として確保されるため、余剰分はなく研究も進んでいなかった」
「けど、この一件で大量の月霊草が出回り、結果的に研究が大幅に進んだことで、新たに万能薬の材料になることが発見されたッスね。……で、問題はここから。そもそも何故希少な月霊草が大量に出回ったのか」
「原因は不明だろう? 人口的な栽培に成功しただの、大規模な群生地を発見しただのと様々な憶測が流れたが、結局事実が判明することもなく、それ以降、月霊草が市場に流れることも無かった」
「でも実は、この件に関してある有力な説が唱えられていることを知っているッスか?」
「有力な説?」
「そう――それが“銀霊草同一説”ッス」
※ここから全部、嘘です。
「銀霊草同一説、だと?」
「はいッス。銀霊草は、形だけでなく効能まで月霊草とそっくりッス。もちろん、月霊草の方がずっと効能は高いッスけど」
「そうかね? 確かに銀霊草は月霊草と似ているが、その道のプロが確認すれば判別できるほどには差異がある。それに効能だって、単純に高い低いではなく、銀霊草にはない効能もある。生息域も違うとなれば、同一とは言えないのではないかね?」
「生息域が違うからッスよ。植物は育った環境によって形や色、効能も変化するものッス。通常の環境で育つのが銀霊草、特殊な環境で育つのが月霊草ッス」
「う~む」
「そうでもないと、あんなに大量に月霊草が出回る訳ないッスよ」
「……確かに、あの量は異常だったな。つまり、君の売ってくれた薬草は、特殊な環境で育てた月霊草ということだね」
「もちろんッス!」
ポルクスの言葉にジーノは自信満々に頷く。
すると、いつの間にか傍に控えていた秘書から何かを受け取るポルクス。
「ちなみに部下が確認したところ、“巧妙に偽装しているが、間違いなくただの銀霊草だった”と言っているが――」
「逃げるッスよ!!!」
「結局こうなるのかよ!!」
ポルクスが言い終わる前から全力で逃走を開始した二人。
この後めちゃくちゃ追いかけ回された。




