第十二話 情報交換
「あの、今よろしいでしょうか?」
「ん?」
グレッタが仙具使いのオルクスを吹っ飛ばした。
余程ストレスが溜まっていたのか、オルクスを殴ったまま両手に持った槌を掲げて高笑いしている。
その様子を遠くから見守っていたラヴィンだったが、グレッタが護衛していた女性――セレスが声をかけてきた。
「私の名前はセレスティア・アウクトルと言います。助けていただき、本当にありがとうございました」
「ん、僕はラヴィン」
「よろしければ、お怪我を治療させていただけませんか?」
「ん?」
「私の仙具――救命の十字架は、怪我を回復させることが出来ます。頬に傷を負っていらっしゃいますので……」
「なら、お願い」
「はいッ」
ラヴィンが頷くと、セレスティアはホッとしたように返事をする。
そして右手をラヴィンの傷ついた頬に添えると、左手で首から下げていた十字架を握る。すると――
「おお~……」
握りしめた十字架と頬に添えていた左手から暖かな光が広がった。
光は傷口に触れた瞬間すっと染み込み、みるみるうちに出血が止まった。やがて皮膚は自然に引き寄せられるように閉じ、傷跡すら残さず塞がっていく。瞬く間にラヴィンの頬はつるりとした綺麗な状態にまで回復した。
「すごい。ありがとう」
「いえ、助けていただいたお礼ですので……」
ラヴィンがお礼を伝えると、嬉しそうな顔をするセレスティア。
そうしていると、女傭兵のグレッタが合流する。
「坊や、さっきはありがとうねッ! お陰でムカつく奴をぶん殴れたよ!」
彼女は開口一番、大きな声でお礼を言うと、にかっと気持ちのいい笑顔をラヴィンに向けた。
「ん、どういたしまして」
「いやぁ、本当に助かったよッ! ……ところで、坊やは、領主の依頼を受けたって言ってたよね? もし良かったら話を聞かせてくれないかい?」
「ん、いいよ」
「そりゃあ、良かった。あ、あたしの名前はグレッタ。見ての通り傭兵で、今はこの子の護衛をしているんだ」
「僕はラヴィン。よろしく」
お互いの自己紹介が終わると、それぞれの事情を説明する。
まずはラヴィンが領主の依頼を受ける経緯について説明した。
「……なるほど。密輸事件に遭遇したのをきっかけに、仙具を狙う犯罪者がいることが発覚。自衛のためにも相手の情報を求めている、と」
「ん、そんな感じ」
「三日月に歪んだ瞳のマークか。確かにセレスを狙っている連中も同じマークを腕に刻んでいたね」
「狙われたのは、仙具を持ってるから?」
「ああ、そうさ。あんたも治療してもらったなら分かるだろが、セレスの持っている仙具は回復系――それも純度4だ。ただでさえ希少な回復系のうえ、ここまで成長した仙具は他に存在しないからね」
「そうなの?」
「はい。私の家――アウクトル家は、代々この仙具を受け継いできました」
ラヴィンの言葉に、セレスティアは少し俯きながら答える。
「私は……その、修行の一環で他の街で診療所を開いていたんです。ですがある日、扉が乱打され、慌てて出てみると、そこにはアウクトル家の使用人が血まみれで座り込んでいました」
「僅かに聞き取れたのは、アウクトル家が何者かの襲撃を受けたこと、使用人も含めてほとんどが殺されたこと、そして、当主である父の遺言により、救命の十字架を持ってここまで逃げてきた、ということでした」
「すぐに仙具を使って治療しようと思ったのですが、その時には、彼女はもう……。そして、診察のためにその場にいたグレッタに手を引かれ、すぐに街から離れました。しかし、すぐに追手がかかり、この街まで逃げてきたんです……」
「助けは求めなかったの? 仙具絡みだし、管理局とか」
話を聞いたラヴィンがまず思ったのが、それだった。
仙具が絡んだ事件は仙具保安管理局が担当すると、ジーノが言っていたのを覚えていたからだ。そして、そんなラヴィンの疑問に答えたのはグレッタだった。
「もちろん、逃走しながらも助けを求めようと必死だった。……でも、常に相手に先手を取られてね。大きな街には先回りされたし、雑魚とはいえ、チンピラ共が引っ切り無しに襲ってきたからね」
はぁ、と大きなため息を吐くグレッタ。
どうやら、この街にくるまでの逃走は、相当大変だったようだ。
「この街に入るのにもかなり苦労したよ。でも、結局ここでも奴らに追いつかれたしね。……あと、一つ気掛かりがあったんだよ」
「気掛かり?」
「アウクトル家は、非常に有力な貴族家だ。他の貴族や他国の王族からも治療を求められる。だからこそ、管理局も彼らの護衛に相当力を入れていた。それこそ、純度4の仙具使いを複数人、常に警護させるくらいにはね」
「でも、彼らは全員が殺された。奴らの中に、それを実行できるだけの“力”を持っている者がいる」
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クラー商会・応接室
「時にジーノ君。君の護衛は仙具使いだね、純度は何かな?」
「……?」
ジーノが商人ポルクスに対して事情聴取をしている最中、純度の話に区切りがついたとタイミングでグレンの仙具について訪ねてきた。
訝しげに思いながら、視線でグレンに応えるように伝えると、グレンも眉を潜めながら答える。
「俺の仙具は“灼天の剣”。純度は4だ」
「ほう。純度4とは素晴らしい。だが、それなら君の仙具も彼らに狙われるだろう。十分に気を付けることだ」
「別に関係ねぇよ。この仙具を狙う奴らなんて腐るほどいたが、全て返り討ちにしてきたんだ。これからも同じだよ」
「いいや、これまでの相手と同じだと思ってはいけないな。純度4の仙具の危険性は先に伝えた通りだ。だが、彼らは既に純度4以上の仙具をいくつも奪っている。――何故、そんなことが可能だったと思うかね?」
「……相手にも純度4の仙具使いがいたからだろう?」
「いいや」
「「……?」」
要領を得ないポルクスの言葉にジーノとグレンは二人そろって困惑する。
「最近、とある噂が囁かれているのだ。……彼らが保有している仙具使いの中に“雷獣”を見た、と」
「――っ!!」
ポルクスの言葉に強く反応したのは、グレンだった。顔色を失くし、代わりに顔には驚愕の色を貼り付けていた。
「ありえねぇ……。何で犯罪者ごときが、純度5の仙具を保有してんだよッ!」
「純度5? その雷獣というのは、純度5の仙具なんッスか?」
「そうだ。両手に嵌める爪型の仙具“雷命の爪”。仙具から発生させた雷には、仮初の命が吹き込まれ、それぞれが自立思考を可能とする獣――雷獣を生み出し、操る能力」
「――世界に僅か八つしか存在しない、純度5の仙具の一つだ」
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「ありがとう、おじさん!」
「いやいや、このくらい何てことないさ。はい、もう落としてはいけないよ」
大通りから少し離れた場所。
各区画へと枝分かれした水路の近くで、全身ずぶ濡れになった男が、手に持っていた笛を子供に手渡す。
「本当にありがとう。これは母さんに買ってもらった大切な笛なんだ」
「ははっ、君が水路に飛び込む前で良かったよ。お母さんにとっては、笛よりも君の身体のほうが大切なんだから」
「うん。ありがとう……」
「良いよ良いよ」
男は笑いながら子供の頭を撫でる。
そして水に濡れた外套を脱ぐと、靴を逆さまにして中の水を捨てる。すると、腰に着けてあったものが揺れて子供の注意を引いた。
「おじさん、それって何?」
「ん? ああ、これか。これは仙具だよ」
「仙具!? 初めて見た……。おじさんって傭兵なの?」
「ん~……まぁ、似たようなものだね。この街にも仕事で来たんだ」
「そうなんだ。おじさんのお仕事が上手くいくように僕も祈ってるよ!」
「それは心強いッ!」
はっはっは、笑う男に釣られて、子供も笑顔を見せる。
そんな心温まる場面で優しい笑顔を見せる男の腰には、それぞれの爪を重ね合わせるように組み込まれた仙具が、ゆらゆらと揺れていた。




