変わらない日常②
一話二話同時投稿です。
「……ふむ」
「どうしたの、難しい顔して」
「メスが多い」
グレッグはぐったりとした角兎の一体を掲げて見せた。体長三十センチはあるよく肥えた個体だが、よく見ると他のものと比べて角が小ぶりで足に蹴り爪がなかった。
「コレもメスだ」
街の西門から出た先の森の入り口、切り出した材木を加工するための広場の一角を借りた場所に数体の角兎が吊り下げられている。
角兎は、採取や捕獲依頼と違い討伐依頼であれば角だけを討伐部位としてギルドに納めれば良いので、残りの肉を宿や近隣の農奴たちへの土産にしようとグレッグが血抜きの処理をしていた。
角兎程度であれば税の対象にもならない。農奴にとって、畑に迷い込んできた角兎は貴重なタンパク源だ。群れを狩る際に畑の一部を踏み荒らしてしまったグレッグなりの詫びでもあった。
「ホントだ、珍しいね」
「普段は群れの中心にいるはずだ」
角兎のメスは、普段なら子供と一緒に群れの中心にいる。討伐依頼で何匹も混じるのは珍しかった。
マリーも考え込むように厚革の額当てをコンコンと叩いた。
「群れごと押し出されてる?」
「森で何かあるのかもしれん」
よくあることだった。角兎など特定の生き物が増えすぎた後は群れ同士の衝突や捕食者が増えることで、押し出されるように森から追われて人の目につくところまで出てくる。角兎やゴブリンなどは小さな生き物だが、森の変化を知る手掛かりになる。
「どちらにせよこの数は多過ぎる」
マリーが角を回収して来た方向、森へ続く草地には無数の角兎が転がっていた。数える気にもならない。
「ギルドに報告してあとは任せよう」
「……頼もしくなったなぁ、ボアの討伐部位すら知らなかったのに」
「いやアレは分からんだろう、牙が多過ぎる」
生真面目に応えるグレッグを見て、マリーは思わず吹き出した。
頼もしくなった。けれど、こういうところは変わらないままだ。
「思いの外早く終わったし、私は残りの角を集めてくるよ」
軽く屈伸をして、マリーは素材集め用の背嚢を拾い上げる。
「すまん、任せた」
「任されたっ」
軽快に応え、マリーは風のように駆ける。
グレッグも手元の角兎の処理に戻った。
◇
「本当に助かるぜ騎士様!ゲイルのカミさんがこの間赤ん坊を産んだばかりでよ、精のつくモノを食わせてやりたいって所だったんだ」
グレッグとマリーは西門近くにある農奴の家を訪れていた。今いるのは農奴たちのまとめ役をしている夫婦のところで、家の前には外した戸板の上に角兎の山が積み上がっていた。
「でも本当に良いのかい?こんだけあれば肉や毛皮でも街で銀貨か、上手くいけば金貨くらいになるんじゃないか?」
「いやこちらこそ大切な畑を踏み荒らしてしまった、その詫びでもあるんだ」
怪訝に尋ねる農奴の妻にグレッグは生真面目に答えた。
農奴夫妻は一瞬きょとんとしていたがやがて豪快に笑った。農奴の妻は景気付けとばかりにグレッグの背の盾をばんばんと叩く。その度に大男の巨体が少し揺れた。農奴の男も笑いながら角兎の山を叩く。
「畑のことなんて気にすんな!こんだけの数に荒らされる事を思ったら踏み荒らしたうちにも入らねえって」
「ああ、全然大した事ないよ!普通の冒険者なら気にもしないってのにアンタは立派だねぇ」
「そうさ、金ピカの騎士様と比べたらだいぶボロいけどよ、俺らにとっちゃアンタの方がよっぽど騎士様だぜ」
グレッグはこそばゆそうに頬を掻く。
そんな様子を、マリーは目を細めて眺めていた。
◇
二人は街に戻ると、マリーはギルドに角兎討伐の報告に向かい、グレッグは角兎を届けるため宿屋『銀の三日月亭』に足を向けた。
宿に着いたグレッグはそのまま裏手に回り、勝手口の戸を叩く。
「あら、グレッグさん一旦お帰りですか?」
出迎えたのはリタだ、昼前のこの時間はいつも宿や酒場の掃除をしている。
「討伐依頼で肉が手に入った、親父さんは?」
担いでいた角兎の束を見せると重さに縄がミシリと鳴った。数が集まると中々の迫力で持って帰る途中も衆目を集めていた。リタも目を丸くしている。
「まあ素敵、角兎じゃないですか。お父さんは買い出しですけど、お母さんならいますよ?」
「おかみさんの手を煩わせるのも申し訳ないな」
血と内臓を抜いているとはいえ数があって重い。親父さんならまだしもリタやおかみさんに預けるのも気が引けたグレッグはそのまま中庭に入り軒下へ角兎を吊るし始めた。
軒下の端から端までずらりと角兎が並ぶころ、リタが厨房に続く裏口から一抱えの包みを持って出てきた。
「いつもありがとうございます。グレッグさん、簡単なものなんですけど」
包みを開いてみると、パンにハムを挟んだものがいくつかと果物まで入っていた。
「これはすごいな、美味しそうだ」
リタは落ち着かない様子でグレッグの様子を見上げていたが、グレッグの反応を見て顔を綻ばせた。
「今夜のシチューはお肉たっぷりになりそうです」
「そうか、それは楽しみだな」
「はい、だから無事に帰ってきて下さいね」
「……ああ」
そう言って包みを大事そうに背嚢へしまった。
◇
グレッグは街の中央にある立派な赤煉瓦造りの建物を訪れていた。
迷宮調査管理局、通称「管理局」。
グレッグたち冒険者が迷宮探索を行う際の拠点である。
ここでは入場料諸々を支払えば迷宮内で討伐した魔物の素材や発掘した遺物などで一獲千金を狙うことができる。そのため今日も多くの冒険者たちで賑わっていた。
「グレッグさぁん、お待ちしてましたぁ」
グレッグが食後のリンゴのような果物をかじりながらマリーを探していると、冒険者たちをかき分けるようにして間延びした声が近付いてきた。周囲より頭ひとつ分大きいグレッグは目立つのでどこでもすぐに見つかる。
「ミリアルデ殿」
「そんな堅苦しい他人行儀な呼び方……“ミリア”とお呼びくださいませ」
そういってグレッグにしなだれかかりながら胸元に「の」の字を書いている彼女はミリアルデ。数年前に王都から移ってきた管理局職員である。
「ミリア殿」
「ああん、まだ堅ぁい」
グレッグはそこそこの付き合いもあり彼女の言動が演技だとわかっているのでスルーしている。
荒くれ者の多い冒険者たちを相手取る職業柄、あえて距離を詰め、それ以上踏み込ませないようにしているらしい。本来の彼女は相当身持ちが固いのだ。
「グレッグの野郎……ミリアちゃんに近付きすぎだろ」
「くそっ、羨ま……けしからん」
「もげればいいのに」
そんな呪詛じみた呟きが周囲から聞こえてくる。
ミリアルデの演技を間に受けた冒険者たちは互いに牽制し合っている。結果として、それが彼女を守る盾として機能しているらしい。恐ろしい女である。
ミリアルデの方はグレッグの朴念仁ぶりが気に入っているらしい。
今にも頬擦りしそうな勢いだったが、次の瞬間には手練れの剣士のような速さでグレッグから距離を空けていた。グレッグも背中を滅多刺しにされた時のような殺気を感じ、ゴブリンの群れに囲まれた記憶を思い出していた。
「ミリアさん……グレッグが困ってるでしょ」
グレッグが振り返ると、冒険者たちの人垣が割れてマリーが呆れた様子で歩み寄ってきていた。
「いや、別に困っては」
「黙って」
ミリアルデの方は気にした様子もなく微笑みを浮かべているが、周囲の冒険者たちからは「修羅場だ」などというつぶやきと好奇の目線が向けられる。
「いやん、マリーちゃんただのスキンシップ……ごめんなさい」
ミリアルデの軽口にマリーはジロリと半目を向け、ミリアルデも思わず素で謝る。
間に挟まるグレッグは、マリーとミリアルデが王都にいた時からの親しい友人同士である事を知っているので大人しく黙っている。先日もマリーはミリアルデの休日に仲良く買い物へ出かけていたらしい。
今もミリアルデが何やら耳打ちして、頭から湯気を出しそうなほど赤くなったマリーが声にならない抗議をしている。
グレッグはそんな二人を眺めながら、自分にはそんな風に休日を共に過ごす友人は居ないな、とぼんやり考えていた。
「……そういえばミリア、私たちに用事があったんじゃないの?ギルドで伝言聞いたよ」
「そうでした!お二人が今日も中層探索に参加されると伺っていたので……実はご相談が」
そういってパタパタと自分のデスクに戻ったミリアルデはやがて紙束を抱えて戻ってきた。
そして紙束から数枚の紙をグレッグとマリーに見せるのであった。




