変わらない日常③
変わらない日常③
「若手冒険者さんへの同行をお願いできませんか?」
「若手?」
ミリアルデがグレッグとマリーに手渡したのは迷宮調査の臨時メンバー募集の案内文であった。
「先日王都から来たばかりの子たちなんですけど、中層経験者の方が捕まらなくて……」
「ああ、『初回入場』のね?」
マリーは答えながら受け取った募集案内に目を通している。グレッグも目を通してみるが特におかしな事は書かれていない。当たり障りのない「経験者募集」の定型依頼文に、管理局からの『特典』についてもきちんと併記されている。
「結構人気の依頼なのに珍しいね」
「昨日の『未確認通路』ですよう……」
「ああ、そっちに人が流れちゃったんだ?」
「そうなんですう」
ショボボ、としなびた泣き顔を作る器用なミリアルデ。だが目線はチラチラとグレッグとマリーの反応を伺っている。本当に器用な女である。
「もちろん!規定通り通常の調査報酬に追加して謝礼金も出ますし、『ルート』の無料閲覧に当日の入場料保険料免除です!……今ならなんと素材買取にボーナスも付きます!」
「まあ未確認通路とか、その先に『遺物』なんかが眠ってるかもだしね」
マリーはチラリとグレッグを見た、彼こそ『とある遺物』を求めて王都からこの街へ移ってきたクチである。今日も未確認通路探索の依頼で目の色を変えていたのもその為だ……だが。
「困っている人を助けるのは『見習い』でも騎士の務めだ、役に立てるなら引き受けたい」
この人ならそう言うだろうな、とマリーは嘆息した。
ミリアルデは感極まったようにグレッグに抱き着こうとしたので、マリーが襟首を掴んで止めた。
◇
ミリアルデが案内した先では、テーブル席に赤髪の少年を挟んで二人の少女が座っていた。
全員がいきなり現れた大男の姿に一瞬のけぞり目を丸くしていたが、値踏みするように睨んだり早々に興味をなくしたり露骨に怯えたりと三者三様の反応を見せている。
「グレッグさん、マリーさん、こちらが三名で冒険者活動をなさっているパーティ『火竜の尻尾団』の方々です」
そう紹介されて三人の中で一番背の低い赤髪の少年が代表らしく頭を下げた。
「こちらがリーダーのカイルさん、先日単身でグレイト・ボアを仕留めた期待の若手さんです」
「カイルです、ええと称号は『槍使い』……今日はよろしくお願いします」
先ほどからグレッグを値踏みする様に観察していた少年がそう言って丁寧に頭を下げる。若くして称号持ちであるのに非常に礼儀正しい。とグレッグは素直に感心していた。
「こちらの方は斥候役、レンジャーのメルさん」
「……メル、です、『弓使い』」
こちらもぺこりと頭を下げ、クリリとアーモンド型の目をマリーに向けている。
「こちらは支援・回復役で『僧侶』のコレットさんです」
「あっハイ、ええと、こここ、コレットです!初級ですがちち、治癒と解毒、『強化』が使えます!はうう……」
グレッグと目が合うと露骨に震え出す。今朝狩った角兎の方が胆力が有りそうだとグレッグは思った。
「皆さん、こちらの大きい男性がグレッグさんで、女性のかたが」
「あの……『剣士』のマリーさんですか?」
思わずつぶやきが漏れ、メルと紹介された少女は慌てたように手を振ってミリアルデに詫びた。ミリアルデの紹介を遮る形になってしまったからだ。
「ご、ごめんなさい……本物の、『剣士』の方が来るとは、思わなくて」
「私のこと知ってくれてたんだ、ありがとう」
マリーは何ともないという風に答え、ミリアルデも苦笑しながら続けた。
「はい、こちらの方は『剣士』のマリーさんです。有名人さんですねマリーさん」
「そんな自覚なかったから、なんかくすぐったいね」
そういってマリーはグレッグを肘でつつく。
「私有名なんだって、どう思う?」
若手冒険者たちの様子を見ていたグレッグはマリーに視線を戻し。
「まあマリーだからな」
そういつもの様に答えた。数拍置いてマリーの顔が赤くなる。今日はよく赤くなる日だなとグレッグは思った。
隣では何故かミリアルデも頬を染めて目をそらしている。口元を抑えているのでおそらく笑いをこらえているのだろう。何故だ。
「……では皆さん、手続きを済ませて迷宮入り口まで移動してください、プフッ!」
真面目な声色に努めていたようだが耐えられなかったらしい。
メルは何かを察したように目を見開き、神妙な顔でかぶりを振っていた。
コレットはマリーとグレッグを交互に見て、何やら興奮したように顔を赤くしていた。
その少女の間でカイルは「何が起こった」と目を点にしておりグレッグはシンパシーを感じていた。
◇
「じゃあ、手続きも済ませたし、改めて各々の役割分担について確認しよっか」
グレッグらは臨時パーティ申請などの手続きを済ませ、管理局の地下にあるグランマーレ迷宮の入場門前に集まっていた。迷宮入り口にはグランマーレ領の騎士が全身鎧を鈍く光らせて立っている。
物々しい騎士の姿に若干尻込みしている様子の若手三人を代表して、カイルがマリーに質問した。
「あの、ところで『同行者』と言うのは具体的にどのようなところまで助けていただけるんですか?」
「基本的には中層までの『ルート』を一緒に確認しながら降りて、この迷宮の特徴とか注意点を実地で知ってもらう、その際の安全確保とかかな、普通は」
「普通は?」
怪訝そうに聞き返したカイルにマリーは苦笑しながらグレッグを振り返る。
「グレッグは過保護だから」
「守るのは騎士の役目だ、まだ『見習い』だが」
「えっ?」
マリーの目線に生真面目に答えるグレッグに、今度はカイルではなくコレットが反応した、メルも不審げにグレッグを観察している。
「みみ、み、『見習い』なんですか?」
コレットが勇気を振り絞るようにしてグレッグに尋ねた。
「……ああ、俺は『見習い騎士』だ」
そう言って、グレッグは少しバツが悪そうに目を伏せる。未熟な自分を恥じるように。
「ひう!……ご、ごめんなさいぃぃ!」
「いや、気にしないでくれ」
メルはそんな二人の様子と、マリーを見比べながら何やら考えている様子だった。
「グランマーレの迷宮は少し特殊でね」
マリーはそんな様子を気にせず続けた。若手冒険者たちの目線がマリーに集まる。
「ここの浅層は天然の洞窟なんだけど、棲みついたコボルトが埋め立てたり坑道を掘って拡張を繰り返して迷路化しているの」
「コボルトって、地下に住む獣の顔をした人型の魔物ですよね?」
「そう、そのおかげで今は洞窟が全体でどれくらいの広さか分からない……何処かで地上に繋がる出入り口も有るみたいで、いつの間にかゴブリンが入り込んでコロニーを作ってるみたいだし」
その説明に、メルがハッと反応する。
「えっ、『女王』がいるんですか、まさか」
「……コロニーの規模を認定パーティが確認しながら、適切なタイミングで討伐作戦をしているよ。流石に全体の駆除は困難だから、間引きして『数のコントロール』が一番安定している方法みたい」
「メルちゃん、洞窟にゴブリンが棲みついてたらそんなに危ないの?」
「……危ない」
コレットがメルに尋ねると、メルは険しい顔で頷いた。
「私たちが、たまに見かける、ゴブリンは雑魚……「はぐれ」だから」
「はぐれ?」
「群れから追い出された弱いオスって意味だよ」
マリーが補足して、そのまま目線でメルに続きを促した。メルは緊張した顔で続ける、まるで試験の答え合わせをしているようだとグレッグは思った。そしてこの若手パーティは優秀だとも感じた、仲間とちゃんと知識を共有出来ている。
「洞窟のゴブリンは、別……増える、すごく、巣と『女王』を守るために、罠を仕掛ける、凶暴になる」
「……でもゴブリンだよ?」
「『数』だよ、コレット」
ゴブリンの危険性に納得がいっていない様子だったコレットに、カイルも補足する。
「ハチの群れを想像してみてよ……狭い洞窟の奥から、蜂の巣を突いた時みたいにゴブリンが溢れてくるんだ」
「ひえっ」
想像したのかコレットが青くなる。その隣でグレッグも頷いていた、記憶にあるのもおおむねそのような光景だったからだ。
「で、そのゴブリンやコボルトをエサにケイブワームも棲みついてるの。あちこちに横穴を掘って、それがコボルトやゴブリンの坑道になったり、崩れて埋め直されたり、迷路の形が毎回変わる……だから認定パーティたちが先行して中層までの比較的安定した『ルート』を選定、管理局が整理して私たちはそれを閲覧できる」
「……だから午前中はそもそも迷宮の調査依頼自体がなかったんですね」
「浅層に時間をかけても旨みがないからね……みんな本番は中層以降だから、『ルート』を見てさっさと通り過ぎちゃうに限るんだよ」
グレッグも初めてここの迷宮に足を踏み入れた頃を思い出していた。
毎回形の変わる迷路。
至る所に開いた横穴から、いつ飛び出して来るか分からないゴブリンやケイブワーム。
それらをかわした先の落とし罠。
地上の「はぐれ」とは比べ物にならないほど凶暴なゴブリンの群れ。
経験者の同行制度が出来るまでは、本当にグランマーレの迷宮は『若手殺し』と呼ばれるほど事故率が高かったらしい。
中層以降と違い、単純な戦闘力ではなく生き残る“嗅覚”がとにかく必要とされる場所、それがここグランマーレの迷宮浅層であった。




