第十七話 大切なのは、『覚悟』
兵隊の数が戦力の絶対差ではない、とはよく言われる事ではあるが、ぶっちゃけた話、一対多数の戦いというのは圧倒的に『一』の方が不利である。
まあ、当たり前と言えば当たり前の話ではあるが、一対一で勝てる相手であってもそれが十人集まれば勝つのは困難ではある。つうか無理だ、無理。囲まれて『フクロ』にされたら、どんな強い奴だっていちころでやられちまうモンなんだよ。んなもんで、一対多数の場合は強さそのものは勿論、それ以上に『戦い方』ってのが重要になってくる。
方法は幾つかあるが、代表的なモノを挙げるとするのであれば、一つは狭い場所に相手を誘い込み、各個撃破する事。二つ目は、相手に背を向けて全力で逃げ切り、追って来た相手を一人ずつぶちのめす方法。大体分かると思うが、ようは『一対多数』の状況を『一対一』にしてやれば、自ずと勝機も見えて来るという話だよ。
ただ、この二つに関しては実行するのに中々ハードルが高い。前者に関しては地形を利用した作戦である以上、この作戦に適した地形が無いと話にならんし、後者は純粋に相手より足が速くないと成り立たない。つまり、ある程度判断能力とか身体能力がねーと厳しい勝負なんだよ、この二つは。現状、オーク族の里で地形に関しては門外漢だし、自慢じゃないが短距離走はそれ程自信がある訳じゃ無い。どっちかって言うと俺はパワータイプだし、この状況は結構不利な状況である。
「ま、マリア!」
――普通、ならな?
「おーらぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「へぐぅーーーーー!!」
ハサン曰く、オーク族で族長の次に強いって言われてるらしいラインハルトが俺にワンパンでKOされてんだ。他のオークだって当然そうである以上、今の俺は『囲まれる』危険性はない。結局、どんだけ人数が増えようが根本的に俺は一対一で戦ってるのと一緒なんだよ。すげーな、このチート。
「ぼ、ボブ! く、くそ! やりやがったな、コイツ!」
そんな俺の渾身の右ストレートに、ボブと呼ばれたオークがまるでゴムマリの様に綺麗に後方に吹っ飛んで行く。既に倒したオークは六人目、流石に『コイツはヤバい』と思ったか、オーク達の攻勢が一度止み、慎重にこちらの様子を伺っている事を確かめた後、さっきからマリア、マリアとうるせーヒメに視線を向けた。
「よう、ヒメ。どうしたよ? さっきからきゃーきゃーうるせーぞ? お前、魔王の娘で王族なんだから、そんなに悲鳴ばっかりあげんなよ、はしたない」
「あ、ご、ごめ――じゃなくて! 何してるのよ、貴方! なんで急にオークと殴り合いなんかしてるのよ!」
「殴り合い?」
ヒメの言葉に、肩を竦めて見せる。
「――おいおい、ちゃんと見とけよ、ヒメ? 殴り合ってなんかねーだろ? 一方的に殴ってるだけだ」
「余計悪いじゃない! 胸張って何言ってのよ、このバカ!」
お、おう。バカは酷いんじゃね? バカは。
「……最初に言っただろうが? 我儘言いに行くって。コイツら、どうせ俺の言った事なんか聞きゃしねーんだからよ。だったら、体で覚えさせた方が早いだろうが……どっちが上か、をな?」
「発想がバイオレンス! って、だ、ダメよ! 絶対にダメ! 殴り合いなんかしたら! そんなの、認められないんだから! 平和じゃ無いもん、そんなの!」
む、むう……魔王様の言葉が本当なら、ヒメに『応援』して貰わないと俺のチカラは使えんしな。やっぱり此処は説得が必要か。
「……まあマテ。良く考えて見ろ、ヒメ?」
「……なによ?」
「不満そうにほっぺ膨らませるな、可愛いから。イイか? もし俺が此処でオーク族に話を付けれなかったら、どうなると思う?」
「ど、どうなるって……」
「オーク族は今まで通り、バトルジャンキーとして生きて行くって事だよ。そうなったら、お前が求める『魔界』とはちょっと違った感じの魔界になると思わねーか? 戦争ばっかりの魔界が良いのか、お前は?」
「……ううん。良くない」
「だろ? だったらお前、俺がこうやって戦う事が――」
「馬鹿め! 隙だらけだ!」
「――一番良いって、喧しいわ! 大事な話してんだ、邪魔すんな!」
「ぐ、ぐはぁーーーーーーーーー!」
真面目な話をしているのに、『隙あり!』なんて今日び漫画でも見ない様な素敵な奇襲をかましてくるオークに裏拳を一発。鼻の骨が潰れる『ぐしゃっ!』とした感触が残る手を振りながら、俺はヒメへの言葉を続ける。
「だからな、ヒメ?」
「……え? あ、あれ? 今の、スルーしてもイイ感じなの?」
「イイんだよ、放っておけば」
勝手にかかって来たんだしな。つうか、大事な所なんだから邪魔すんなよな、オラ?
「……マリア? オーク族、子犬の様に震えてるんだけど? どんな目で睨んだのよ、貴方」
「悪魔からカツアゲしてるって評判の眼だよ」
「あ、悪魔からカツアゲって……」
「酷い話だろ? こんなにピュアな瞳なのに。まあ、そんな事よりだ」
そう言って俺は、視線をオーク達からヒメに戻す。
「お前……どーするよ?」
「……え?」
「ラインハルトも言ってたけど、オークって魔族は魔界の中でもぶっちぎりで強いって訳でも無いんだろ? そのオークですら、お前の言ってる『平和な魔界』ってやつは我慢ならねーって言ってるんだぞ? 良くは知らんけど……そうだな、ドラゴンとか吸血鬼とか、その辺が納得すんのかよ? その、お前が言ってる『平和な魔界』ってやつ」
「……そ、それは……で、でも!」
搾り出すように。
「で、でも! だからと言って、オークと殴り合いをしてどうするのよ! 戦って、勝って、それで言う事を聞かせるって事なの? そんなの……そんなの、私の望む魔界の姿じゃない!」
「……まあな。確かにお前の好む魔界の姿じゃねーんだろうよ? 結局、チカラで捻じ伏せていう事聞かせてるってだけだしな?」
でもな?
「魔王様も言ってただろ? 『チカラのあるモノが、我儘を通せる』みてーな事を。アレだって間違っちゃいないって思うんだよ、俺は」
「……どういう事よ?」
「お前の理想は貴いと思うよ? そりゃ、俺だって平和でのんびりしながら暮らして行けたらそれがイイと思うぜ? でもよ? それを今のお前が言ってもこれっぽちも説得力がねーんだよ。だって俺は勿論、ヒメ、お前だって決して強い訳じゃ無いんだろ? つうかむしろ、弱い部類だろ、俺ら?」
「……そ……そう、だけど……」
「じゃあ、そんな弱いモノの『意見』を誰が聞くよ? 風土として、強者こそ正義みてーな所があるんだったら猶更そうだろうよ。だから、俺はコイツらと戦うし、殴り飛ばす。暴力的ではあるだろうけど、それでも、一番最初にどっちが強いか、きちんと白黒着けておこう。そっからだよ、お前の言ってる『理想』を説くのは」
勝てば官軍じゃねえけど、強くないと中々意見ってのは通りにくいモンだからな。別に、純粋な武力だけじゃなくてもイイだろうけど……でも、こいつら戦闘バカだしな。こいつらの土俵で満足して貰った方がはえーだろう?
「仮にも『武門』を名乗ってるんだろ? 勝敗は兵家の常だろうけど……おい、ラインハルト。こんだけ圧倒的に力量に差があるんだ。正々堂々戦って負けたら話ぐらい聞かせろよ、コイツらに?」
「……そうだな。お前に此処まで良い様にやられてしまっては、反論の余地もない。きちんと族長も説得する手伝いをする事を約束しよう」
死屍累々、折り重なって呻いてるオークの群れに視線をやって、溜息交じりにラインハルトが苦笑を浮かべる。そんなラインハルトに俺も笑顔を返し、ヒメに視線を戻した。
「だから……俺は覚悟を決めたぞ、ヒメ?」
「かく……ご?」
ああ、と頷き。
「……別に望んでなった訳じゃねー『魔王』だけどよ? 乗りかかった船だし、俺はお前の『理想』を手助けしたいと思ってる。この言い方はちょっとずるいんだろうけど……だから、俺はお前のその、『望む魔界の姿』の為に全力で戦う。持てるチカラ、全部使おうと思ってる」
別にヒーロー気取ってる訳じゃねえけど……でもな? やっぱり寝覚めわりぃじゃん。ヒメみたいな可愛い女の子が、悲しい顔してるの放って置くってよ?
「んで、さっきの質問に戻る」
ヒメ、お前はどーする? と。
「俺は覚悟を決めた。後は、お前が覚悟を決めろ。もしかしたら、お前の納得の行かない解決法かもしれねーけど……それでも、最終的にお前の望む魔界の姿になるんじゃねえか?」
「……」
「……」
「……マリア」
「なんだ?」
「私は……正直、マリアの言っている事が理解できない。そんな事しなくても、話し合いで解決出来るんじゃないかって思うし、わざわざ戦って、それで怪我なんかしない方がイイって、そうも思う」
「……そうかい」
まあ……仕方ないか。そう思って肩を竦める俺に、ヒメは笑顔を向けて。
「だから……私は、マリアを信じる」
「……言ってる事が理解できないのに?」
「うん。理解できないのに。でも……きっと、マリアは私がホントに悲しむことはしないって、そう思うから。戦いはホントに辛いことだけど……でも、マリアが言ってる事って、結局、私の『理想』の為にはこの戦いが必要って事でしょ?」
「……まあな」
「きっと、マリアは私の望む魔界にしてくれるって思う……ううん、『信じる』から。だから、マリア」
見惚れる様な笑顔を見せて。
「――じゃんじゃん、やっちゃって!」
腰に手を当てて、ビシッとオーク達を指差すヒメ。
「……思いっきり、悪役っぽいセリフだな、おい」
「『魔王』ですもの」
候補だけど、と、チロッと舌を出して見せるヒメに苦笑を浮かべる。おっけー、ボス。どうやら覚悟が決まったみたいだな?
「――うっしゃぁー! さあ、オーク共! ドンドン掛かって来やがれ! その『戦う事が全てです!』みてーなひねた根性、俺が直々に叩き直してやるよ!」
まるでチカラが漲って来る様なそんな感情のまま、俺はオーク達に気炎を上げる。その声にビビったのか、全員が息を呑むのが分かった。此処が勝負どころと思い、俺は一歩、足を踏み出して。
「――何事だ、騒々しい」
その足を、止める。
「……なにやら入口付近が喧しいと思って来てみたら……一体何の騒ぎだ、コレは。おい、ラインハルト。説明をしろ」
身の丈はラインハルトよりも少しばかり、高い。歴戦の勇者の証か、顔は傷だらけで唯でさえ威圧感を与える身長と相俟って相当怖い。
――怖いん、だが。
「み、皆さん! だ、大丈夫ですか! い、今、癒しの魔法を掛けますので!」
俺の視線はそちらに向かず、一点に釘付けになっていた。
「え……っと……?」
綺麗な金髪をたなびかせ、庇護欲をそそる様な垂れ目を一層困った様に垂れさせて、倒れたオークの周りを駆け回る女性。ヒメや魔王様だって美人だと思ったが、その二人に優るとも劣らない、レベルの高い美女の――
「……紹介しよう、マリア。こちらにおられるのがオーク族の族長であり、私の父であるエドアルド。そして今、お前に倒されたオークに癒しの魔法を掛けているのが私の母であるエカテリーナだ。まあ……あの容姿を見れば想像が付くと思うが」
――その美女の、特徴的な形をした『耳』に。
「――エルフ族の出身だ」




