第十八話 話が分かると思った? 残念! ただのオークでした!
族長が登場! よりも一層インパクトのあるであろう『ラインハルト、エルフとのハーフ説』に、俺がバカみたいに口を上下にパクパクと開閉している姿をチラリ。並み居るオーク達を統べるエドアルドが俺の後ろに控えるヒメを見て少しだけ驚いた顔を浮かべた後、臣下の礼を取る様に片膝を付いて頭を垂れて見せた。
「……これはこれは、ヒメ様。お久しゅう御座います」
「……久しぶりね、エドアルド。息災だったかしら?」
「はい。ついぞ魔王城にも登城しておりませんで……不義理を致しており、誠に申し訳御座いません」
「いいわ。貴方も忙しかったでしょうし……元気な姿が見れて良かったわ。それだけでも来た甲斐がありました」
「勿体ないお言葉です。お言葉ですが――」
そう言って垂れていた頭を上げ、眼光鋭い瞳をこちらに向けて来るエドアルド。ぶっちゃけ、ちょっと怖い。
「――こちらの御仁は一体、どなたですか?」
返答次第ではただではおかない。そう言わんとばかりのその視線を受け、それでも優雅にヒメは俺の隣まで歩みを寄せ、肩にそっと手を置いた。
「紹介が遅れましたね、エドアルド。この者はマリア・オオモト。私が人間界に直々に赴き、そして見つけて来た生涯の伴侶です。願わくばこのマリア・オオモトと共に魔王に即位し、より良き魔界を作り上げて行きたいと思っています。どうか、貴方のチカラも貸して下さいね」
そう言って、流れる様に頭を下げる。そんなヒメの姿に少しだけ慌てた様にエドアルドが上ずった声をあげた。
「ひ、ヒメ様! どうか頭をお上げください! 貴方様が私の様に頭を下げてはなりません!」
「あら? どうしてかしら?」
「ど、どうしてと……あ、貴方様は魔王様のご息女ですぞ? 魔界随一の高貴な身です。それを……」
「わが母、アイラであれば貴方の言は正しいでしょう。確かに、私は魔王アイラ・マ・オー・エルリアンの娘ではありますが――それ『だけ』でしかありません。未だ私は何も為していない身です。ならば、私は貴方の助力が必要だと思うから、頭を下げるのですよ?」
そう言って、ね? とばかりに俺の方に視線を向けるヒメ。と、同時、先程まで少しばかり狼狽していたエドアルドの視線がこちらに向いた。
「……この者が、次期魔王様、ですか?」
「正確には候補ですが。それでも、私はこのマリアと共により良い魔界を作り上げたいと思っております」
その言葉に、もう一度エドアルドさんが俺を見やって。
「……………………美女と野獣?」
「おめーに言われたかねーよ!」
自分の事棚に上げて何言ってやがんだ、コイツ! 言っとくけどな? オークの奥さんがエルフって時点で色々ギリギリな感じだぞ! 年末の有明だったら絶対、お子様立ち入り禁止なヤツだからな!
「ま、マリア! 落ち着いて!」
「落ち着けるか! おかしいと思ったんだよ、色々! そりゃ、ラインハルトはイケメンだわ! 良かったな、ラインハルト! お母さん似で!」
母親の整った容姿に、親父の鋭い眼光併せ持ちやがってよ! 奇跡のハイブリットってか、ゴルァ! 父親の残念な容姿と、母親の垂れ目を受け継げよな! 逆なら良かったのに! ホントに、逆なら良かったのに!
「ま、マリア、落ち着け。父上! 流石に失礼でしょう、それは!」
慌てた様にフォローに入るラインハルト。まあ、その気持ちは有り難く頂いて置く。頂いて置くが!
「流石にってなんだよ! つうかお前も最初、俺の事オークに間違えたよな! なんだよ! オーク族は失礼な奴ばっかりかよ!」
オークに間違われて怒る、というのも良く考えれば大分失礼ではあるが……んなの関係ねーよ!
「ふむ……成程、礼を失した事を詫びよう、マリア・オオモト。そうだな、確かに私の妻は私には出来たエルフだと思う。美女と野獣は確かに、私達にこそ似合いの言葉だな」
そう言って、素直に頭を下げるエドアルド。お、おお……そんなに素直に頭を下げられたら、俺だって対応にこまる――
「そんな事はありません!」
――るんだけど……え?
「エドアルドを『野獣』と言われて落ち着いていられますか! このエドアルド、見た目こそ怖い風貌をしておりますが、ホントは心根の優しいオークなのです! 私の実家のあるエルフの里がダークエルフの襲撃を受けた時も、エドアルドが単身で助けに来てくれたんですから! もうそれから私、一遍にエドアルドのファンになって! 必死にアタックして、ようやく結婚して貰ったんですよ! そんなエドアルドが野獣の筈ないんですから!」
いつの間にオークの治療を終えたのか、エドアルドに寄り添う様に隣に立つエカテリーナ。その腕にそっと手を当てる様なその姿に、仲の良さが伺えるし、見つめる視線が熱っぽいし、見られてるエドアルドの頬も心なしか赤く染まっているし死ねばいいのに。
「……死ねばいいのに」
「な、なんてこと言ってるのよ、貴方!」
……ああ、すまん、すまん。つい心の声が漏れた。まあ、仲良き事は良きことかなって思っておくことにするよ。なあ、ラインハルト?
「……」
「なんか言えよ?」
「父と母の仲が良いのは良い事だが……流石に息子の前で『アレ』は勘弁して貰いたいものだと私も常々思っているんだ……家でもアレだぞ?」
「けっ。ざまあみろ」
「……お前、なんだか冷たくないか?」
「元々俺はイケメンには厳しいんだよ」
まあ、それはイイんだよ、それは。俺の言葉に情けない顔を浮かべるラインハルトを一睨みした後、視線を切って俺は咳払いを一つ、目の前でイチャイチャしてるバカップルにしてみせる。
「あー……コホン。えーっと――」
「私、エドアルドの好きな所、百個は言えます! 言いましょうか? 言いましょうか!」
「あー……エカテリーナ? それはまた今度にしてくれるか?」
「………………え?」
「……なぜ泣きそうな顔をする?」
「だ、だって! エドアルド、もう私に飽きちゃったのかと……ぐす」
「そんな事はない! 私だってエカテリーナの好きな所、千個は言える!」
「ぐす……ほ、ホント? え、えへへ……あ! だ、だったら私は一万個は言えます!」
「――お前ら俺の話を聞けよなっ!!」
ふざけんなよ、マジで! なにいきなりラブラブ空間作ってくれちゃってんの? オークの頭の中はお花畑かよっ! おい、ラインハルト!
「……父と母がすまん。もう……なんだろう、すまんとしか言いようがない……」
「わ、わわ! ら、ラインハルト! そんなに落ち込まないで! そ、その……な、仲が良いのはイイ事だと思うし、私も!」
「……ヒメ様はそう思われますか?」
「そ、そうだよ! だって、ホラ! すっごく仲良さそうだもん! あ、憧れちゃうな~、私!」
「……」
「ら、ラインハルト?」
「……本当に?」
「……」
「……本当に、『アレ』が良いと、そう思われますか? ヒメ様は、『あの様』になりたいと、本当にそう……思われますか?」
「……」
「……」
「…………ちょっと、考えさせて貰っても良い?」
ラインハルトを慰めようとしたヒメ、敢え無く撃沈。まあ、仲が良いのはともかく、常識的に考えてアレはやり過ぎだろう? 下手なフォローは逆効果に決まってんだろうが、バーカ。
「……まあ、取り敢えずだ。あー……エドアルド……さん?」
「エドアルド、で結構。お前が魔王になれば、私はお前の剣となり、盾となる身だ。臣下にまで『さん』付けなど要らん」
「……まだ魔王じゃないんだけど?」
「ならば私とお前の間にはなんの関係も無かろう? であるのであれば、わざわざ謙った対応など要らん」
「年長者への最低限の敬意、とか?」
「年を取るだけで偉いのであれば、魔界の中央大樹にでも敬語を使っておけ。アレは魔界が出来てからあると言われているからな」
「……そうかい」
面倒くせーやつだな、おい。でもまあ、そっちがソレでイイって言うんなら遠慮なくそうさせて貰おうかい。
「それじゃエドアルド、単刀直入に言おう。お前」
農業、やってみる気ねーか? と。
「……ふむ」
俺の言葉に腕を組み、瞑目する事しばし。
「……理由は?」
再び目を開けたエドアルドの、射抜くような視線に。
「――っ!」
俺は、息を呑む。
先程まで、色ボケ夫婦を演じていた男と同一とは思えない、ともすれば圧倒されそうな視線に気圧される事の無いよう足に力を入れ、俺はしっかりとエドアルドに視線を向ける。
「……幾つかあるが、一番は食糧の確保だ。ラインハルトから聞いた。お前ら、『間引き』まがいの事をしているんだろ?」
「……そうだな。否定はせん」
「それがイイ事だと思ってんのかよ? そうする事が一番正しいと、本当にそう思っているのか? 皆仲良く暮らした方が楽しいと、そう思った事はねーのかよ?」
「……だから飢える事をせぬ様、農業をしろと……そういう事か?」
「有体に言えばな。そうすれば、子供を、親を、愛する人を……自分らで殺す事、しなくて済むだろう? 違うか?」
「違わないな。確かに、オーク全ての口に届くパンがあれば、我々は飢える事無く暮らして行く事が出来る。その生活を夢想した事が無いと言うと……それは、嘘になる」
「じゃあ」
「だが――反対だ」
俺の言葉を遮る様、エドアルドがまるで呟くようにそう言って見せる。
「……理由は?」
「こちらも幾つかあるが……何より、一番の問題はオークの『誇り』だ。武を誇る我らに取って、このチカラを農業に使う事など出来ん。我らの手は、農業をする為の手ではない。我らの手は、武器を持つための手だ」
「農業が本質じゃねーんだよ。別に農業がイヤなら別の事でもイイさ」
「……農業をしろと言ったのではないのか?」
「自分らで食えるようにしろ、って言いたいんだよ、俺は」
単純に、農業だったら俺がG先生辺りで調べて教えてやり易いと思っただけだしな。別に漁師でも猟師でもいいよ、食える様になるんだったら。
「……別に、農器具を持てって言ってる訳じゃねーんだよ。俺が言いたいのはそういう事じゃねえ。そういう事じゃなくて」
生まれて来た子を祝福してやる事も出来ずに――ただ、無為にその命を散らすなんて、そんなの悲しすぎるじゃねーかよ。
「……悲しい、か」
「……武器を持つだけじゃなくて……その手で、我が子を抱きしめてやりゃーいいじゃねーかよ。戦場を駆ける為だけじゃなく、その足で両親に駆け寄ってやりゃーいいじゃねーかよ。勝鬨を上げる為だけじゃなく、その声で恋人に愛でもささやきゃいいじゃねーかよ」
そういう生き方だって、出来なくはないと……そう、思うから。
「……その為に、出来る事はする。だから――どうだ、エドアルド。農業、やってみる気はないか?」
先程と、同じ言葉を、もう一度。
「……ふむ」
こちらももう一度、考え込む様に腕を組むエドアルド。その隣で、エカテリーナが寄り添う様にその身を寄せ、心配そうにエドアルドを見上げていた。
「……マリア・オオモト……と、言ったか?」
どれくらいの時間が経ったか、そう言ってエドアルドは閉じていた瞳を開けた。
「……ああ」
「確かにお前の言う事も一理ある。自らの子を、親を、愛しい人を……そうだな、『守る』為に、農業をするという選択も無しではない。それだって、考えようによっては『戦い』だからな」
「……」
「……どうした、驚いた顔をして? お前が言いだした事だろう?」
「いや……」
今までのオークがさんざん、『オークの誇りガー』だったからな。その親玉が『一理ある』とか言うとは思わなかったんだよ。
「一オークとしては勿論、納得はいかん。だが……この身はオークを統べる身だからな。『公』の平穏の為、『私』の我儘は押し殺さなければいけない時だってある」
「……爪の垢でも煎じて飲ませてやってくれねー?」
ウチの義理のママンに。
「……あの方はソレがこの魔界で唯一、許される方だからな。まあそれは良い。私が言いたいのは種族全体でそれがプラスであるのであれば……そうだな、『農業』をするのもやぶさかではない、という事だ――ああ、待て」
エドアルドの言葉に、きっと俺は満面の喜色を浮かべていたんだろう。そんな俺を苦笑で制し、エドアルドは右肩をぐるりと回して見せた。
「先程も言ったが、『種族全体でプラス』であるのならば、だ。武を誇るオークの族長が、少し説得されたからと言って簡単に『では、農業を始めよう』と言ってしまえば、きっと暴動が起きる。そして、それは種族全体に取ってマイナスでしかない」
「……だから?」
「そこに倒れている我が同胞はお前がやったのだろう? 腕に覚えがある様だし、相手に取って不足はないな」
そう言って。
「――此処はオークの里だ。その条件を呑ませたいのであれば……私を倒してからにしろ」
嬉々として、獰猛な笑みを浮かべやがった。




