第十九話 バカップルは常在戦場
悪いのは、ラインハルトママです。
獲物を見つけたライオンの様、瞳を爛々と輝かせながらポキポキと腕を鳴らすエドアルド。視線を外したら一思いにがぶりとやられそうなその視線を受けたまま、俺は隣のラインハルトに声を掛けた。
「おい、ラインハルト」
「なんだ?」
「お前の親父さん、ぶっちゃけどれくらい強い?」
「……父も年は年だ。そろそろ私に族長を譲ろうかと言う話も出ている。父自身、後進も育ってきたこの辺りで隠居したいとも言っているからな。まあ、それでも――」
「前置きがなげーよ」
結論を言え、結論を。そんな俺の言葉に、ラインハルトが呆れた様に肩を竦めて見せる。
「老いたとはいえ、私よりは強い。五本に一本、辛うじて取れる、といった所だ」
「……簡単に言うと?」
「化け物だな、あの人は」
……マジか。ラインハルトの親父って事は結構いい年だろう? にも関わらず、ラインハルトより強いって。
「……流石オーク」
でも……それでも、ラインハルトが五本に一本取れるレベル差ならまだ勝機はあるか。なんせこっちにはウルトラチートさんがいる――
「……普通の状態なら、な」
――はい? 普通の状態?
「私の母は、見た目通りのエルフだ。そして、エルフはこと『魔法』に関しては一日の長のある一族でもある」
「……まあ、定番だよな?」
ファンタジーならエルフは魔法使いかアーチャー職のイメージだもんな。たまに騎士のパターンもあるけど。
「そして、母の最も得意とする魔法は『強化』だ。身体能力を高め、対象者のチカラを最大限に発揮させる……そんな『魔法』だ」
「回復じゃなくて?」
「回復だって、オークの持つ自然治癒力を『強化』している」
「……なにその屁理屈。つうか……ええっと?」
今一つ理解仕切れない俺の目の前、先程まで爛々と輝かせていた瞳そのまま、エドアルドがエカテリーナに視線を送った。
「……エカテリーナ」
「はい、エドアルド」
たったそれだけの、短い会話。
その言葉と同時、エカテリーナがエドアルドの首に手を回し、爪先立ちをして見せる。そんなエカテリーナに合わせるよう、大柄なエドアルドが頭を少しばかり低くして。
――俺らの見ている前で、濃厚なキスをぶちかましやがった。
「……えおあうおぉ……」
「……ん……んん……あ……っ! んんん! らめぇ……んん……んっ! あっ……ん……えおあうおぉ……しゅき……らいしゅきぃ……」
「……」
「……えお……あう……おぉ……」
艶めかしい水音と、漏れる色っぽい吐息と言葉。恍惚の表情を浮かべながら、潤んだ瞳を向けるエカテリーナの視線が、慈しむ様にそんなエカテリーナの髪を撫でるエドアルドのそれと絡む。そこだけなぜか空間にピンクがかった様な光景に、ヒメは顔を真っ赤にして下を向き、俺は可能な限りの『無』の視線を隣で渋い顔をしているラインハルトに向ける。
「……」
「……」
「……おい。なんだよアレ。どうにかしろ、あのバカップル共」
「……」
その視線と言葉に居た堪れなくなった様にラインハルトはぷいっと眼を逸らし、それでも俺の無言の圧力に耐えかねたか、しぶしぶと云った感じで口を開いた。
「……母の強化の魔法は対象者への『愛』の深さで決まるんだ。その……なんだ。巧く発動させる為には『愛』を、より分かり易い形で示す必要がある。だから……その……なんだ」
「……さっきからの一連の流れを見ている限り、愛が溢れまくってる気がするんだが? あれじゃ足りないのか?」
「……」
「……なんか言えよ」
「……エルフの知り合いから聞いた話だと、別に直接的な……まあ、あれだ。行動を起こす必要は無いらしい」
溜息一つ。
「――アレは母の趣味だ。曰く、『戦場でも堂々といちゃつけるじゃないですか!』との事らしい」
「……」
言葉もない。バカップルも此処まで来ると逆に立派だな、おい。
「……だ、だが、『強化』の魔法自体は本物だ。『あの』状態の父は……そうだな、私の倍ぐらいは強い」
「……そうかい」
魔王様曰く、『ラインハルトは人間十五人と戦っていい勝負』だろ? その倍って事は、三十人って事で……おお。ヒメのチカラを手に入れた俺と同じかよ? マジかよ。
「……なに?」
そう考えると、ヒメのチカラってマジチートだよな~と思いながら何の気なしに見ていた俺の視線に気付いたか、ヒメが顔を真っ赤に染めたまま、胡乱な視線を向けて来る。いや……別に?
「……別に、なんでもねーよ」
「別になんでもないって――って、え? え、ええ! ま、まさか、マリア! わ、わわわわわ私にもそ、その、え、ええっと……せ、せっぷ……接吻をしろって言うつもり! む、無理無理無理無理! 絶対無理! そんな事恥ずかしくて出来ないっ!」
「……言わねーよ」
盛大に勘違い、顔を真っ赤にしたままワタワタと手を振って見せるヒメに溜息を吐いて見せる。ちょっとだけ役得だとは思わんでもないが……まあ、色んな意味であんなのは御免だよ。大体だな?
「そんな事しなくても良いんだよ、お前は。側に居てくれるだけで良いんだから」
「………………え?」
「ん?」
「そ、その……い、居るだけで……い、良い? えっと……そ、それって……そ、側に居て欲しいな~って……そ、そういう意味?」
「そういう意味って……他にどんな意味があるんだよ? そういう意味に決まってんだろうが」
俺の言葉に、顔を真っ赤にしたままポカンとした顔を見せるヒメ。お前が近くに居ないと、俺のチカラは――ん? ああ、違う違う。
「あ、違った。居るだけじゃダメだ」
「~~っ! な、何よ! マリアのバカ! ちょっとドキッとしたのに! バカ!」
驚いた顔を一瞬。その後、両手を『ぐー』に握って俺の胸をバシバシ叩く。
「いた――くは無いけど、止めろよな。なんだよ?」
「ふんだ! マリアのバーカ! もう知らない!」
何が気に喰わないのか、ふんっとソッポを向くヒメ。
「怒んなよ、ヒメ」
「怒るわよ! 何よ! 『居るだけでいいんだ』なんて言った癖に、舌の根も乾かない内に『居るだけじゃダメ』? ふんだ! なーに? それじゃフレーフレーって応援でもすればご満足ですかねぇ!」
マシンガンの様、一気に捲し立てるヒメ。その言葉に、気圧されながらも。
「そうだ」
「…………え?」
俺は、首を縦に振る。そのまま、言葉を続けて。
「――応援してくれ、ヒメ。俺の事を、本気で、力一杯、全力で応援してくれ。絶対勝ってくれって、そう『応援』してくれ。それだけで……俺は、強くなれるから」
「…………………………は?」
本日、二度目のポカン。ちょっと鑑賞に堪えないアホ面を晒していたヒメだが、不意に何かに気が付いたかの様にアハハと笑いながら口を開いた。
「あ、あはは……え……えっと……は! だ、騙されないわよ! そうやって私を弄ぶんでしょう! もう~、マリアったら! カンジ悪いよ、それ!」
「そっちの方がカンジ悪いだろうが、人聞きの悪い。なんだ? 応援してくれないのかよ、お前?」
「……」
「……ヒメ?」
「……そ、その…………ほ、本気?」
「本気って……本気だけど?」
当たり前だろ? お前の応援が無ければ、俺は勝てねーんだよ。
「――っ! ば、バカ! こ、こんな所で何言ってんのよ! 恥ずかしくないの、貴方!」
「バカバカ言い過ぎだ、このバカ。恥ずかしくないか? んなもん、恥ずかしいに決まってんだろうが」
女の子の応援が無いと勝てるどころかそもそも勝負にならないって、情けなさ過ぎるだろうが。それでも、恥を忍んで頼んでるんだろう?
「あ……う…………あぅ……」
「……どうした?」
顔が茹蛸みてーになってるぞ、お前? なんだ? 具合でも悪いのか?
「ぐ、具合なんか悪くないわ! だ、大丈夫! うん、私は元気!」
「……そっか?」
ならイイんだけど……っていうか、ヒメ? なんか顔がだらしない感じに歪んでるんだが……
「そ、そりゃ……だって……そ、その……え、えへへへへへ……」
「……返って来い、ヒメ」
こちらの世界に。何が原因か、トリップしちまったヒメから視線を外して俺はエドアルドに視線を――
「……なんだよ?」
――向ける途中、まるで砂を噛んだ様な表情を向けるラインハルトと眼があった。どうした、お前まで?
「……聞いても良いか、マリア」
「答えられる事ならな」
「お前は……なんだ? 人間界では女性を……こう……誑かす仕事でもしてたのか?」
「人聞きの悪いことを言うな!」
なんだよ、女性を誑かす仕事って! ホストか? ホストの事でも言ってんのか? お前、俺の容姿でホストなんてドン引き以外の何物でもねーだろうが! 源氏名はラオウでーすってか!
「……まさかお前、本当に気付いてないのか?」
俺の言葉に、今度はまるで可哀想な子を見る目で見て来るラインハルト。は?
「……何の話だよ?」
「……まあ、お前がそう言うなら良いさ。ヒメ様もお可哀想に……悪い男だな、お前は。どれだけの女性を泣かして来たんだ?」
「……幼稚園から数えたら軽く三桁は行くな」
俺の顔見たら大体皆、泣くんだよ。悪かったな。
「……そういう意味では無いのだが……まあ、いい」
「良くねえよ! なんだよ、奥歯に物が挟まった様な言い方しやがって!」
「そうだな……お前の言葉を借りるなら、『イケメン、死ね』という奴だ」
「自分の顔を見てから言いやがれ!」
なんだ? 新手の苛めかなんかか、これ!
「……まあいい。ともかく……それだけ、父は強い。いいか? 私と同じように行くとは思うな。油断はするなよ?」
「……なんだ? お前まで応援してくれんのかよ? どっちの味方だよ、お前?」
良いのか? お前だって農業、反対じゃなかったのかよ?
「農業自体は正直、今でも好かん。だが……お前の言葉に、私はオークの未来を見る」
「……」
「だから……そうだな。私は『未来』の味方だ」
だから、勝て、と。
「……イケメンは何言っても絵になるな。くそ、イケメン死ね」
そんな軽口を叩きながら、既に濃厚な接吻を済ませて此方を睨み付けるエドアルドに一歩、その歩みを進めて。
「マリア!」
後ろから掛かるヒメの声。
「……なんだよ?」
「私……一生懸命、応援するから! だから……だから、勝って!」
その声に、片手をあげて応える。
「……ははっ!」
……現金なモンだな、俺も。ヒメのそんな言葉でなんだかやる気が出て来たぞ、おい。
「――おヒメ様のご依頼じゃあ……頑張らない訳にはいかねーよな?」
ば、バトルが始まらない……




