第十六話 忘れてはいけない、大切な想い
俺の言葉にハサンの表情が強張ったのが分かった。何かを言おうとし、口を二、三度上下に開閉し、言葉が出て来ない事に戸惑った様な表情をラインハルトに向けた。
「……ラインハルト様……その……え? の、農業? じょ、冗談ですよね、ラインハルト様?」
まるで縋る様な、そんな声。『右腕』とまで言ってくれたラインハルトが、自身が頼るオーク族の若きリーダに、救いを求める様な掠れた声。
「……事実だ。マリアは我々に……『農業』をしろ、と言いに来たのだ」
無情にも、そんなハサンの言葉にラインハルトが断罪を突き付ける。呆気に取られていたのは一瞬、苦悶に満ちた表情を浮かべるラインハルトに、ハサンが口から唾を飛ばしながら詰め寄った。
「ら、ラインハルト様! な、なにを仰っているのですが! 我らはオーク族ですよっ! 我らオーク族が、の、農業ですって!? 誇り高き武門の一族である我らオーク族に農奴の真似事をしろと、こ、コイツは言いに来たって云うのですか!」
「……そうだ」
「なぜ! なぜ我らオーク族が農業などをしなければならないのですか!」
「……生きる為、だ。生きる為に、我らは自分たちで自分たちの食糧を賄わなければならない。ハサン、お前だってそれは分かっているだろう?」
「い、生きる為? い、生きる為に、ラインハルト様、貴方は我らに誇りを捨てろと仰るのですかっ!」
ハサンの絶叫が響く。その声に釣られた様、里の入口近くの家から数人のオークがなんだ、なんだと顔を出した。
「ラインハルト様、なぜ! 貴方はオークの里で族長に次ぐ力ある武人ではないですか! なぜ、その様な貴方が我らに『農業』をしろ等と仰るのですか!」
「……嫌なのだ、私は。食糧がなく、皆がひもじい思いをしているのが。親が子を、子が親を口減らしの為に『殺す』のが、堪らなく嫌なのだ。だから……そうならない為にも、我らは『農業』をする」
「……で、では……我らに、誇り高きオーク族に、ラインハルト様は……農業を、生きる為に食糧を作れと……『生き汚く生きろ』と、そう仰るのですか!」
「違う! 農業をする事は、食料を作る事は生き汚く生きる事ではない! ハサン、お前にはそれが分からないのかっ!」
「分かりません!」
ラインハルトの絶叫に、ハサンが絶叫を返した。
「分かりませんっ! 分かる訳がありませんっ! 分かりたいとも思いませんっ!! ラインハルト様、貴方は仰るのですか? 武器を持つ為にある我らオーク族のその手を、田畑を耕す農具を持つために使えと、本当に仰るのですかっ!」
「勿論だ! 私達は、このままではいけない! 変革をして行かなければいけないのだ! 農業を覚え、食料を自給し、そしていざという時の為に備えなければならないのだ! それが、これからのオークの為すべき事だ!」
「どう、言い訳するつもりですか! 今までオークの為に、オークの誇りの為に死んでいった先人達の墓標に、貴方はどう言い訳するのですかっ! 仲間を守る為? はっ! その為に、我らに『弱くなれ』と、本当に貴方は仰るのですか!」
「弱くなる訳ではない!」
「弱くなります! 間違いなく弱くなるのです! 農耕をし、食べるモノが確保される生活があると分かれば、どうして死地に赴く覚悟が出来ましょうか! 生きる事に執着してしまえば、我らは弱くなります! 華々しく散るという事が、誇りでは無く嘲笑に成り代わります! 武器を持ち戦う手が、野蛮な手と侮蔑されてしまいます! 先人達が残して来た偉業の数々が、『あの時はどうかしていた』とバカにされる、そんな生き方が認められましょうか! ラインハルト様、その生き方に『誇り』があると感じられましょうか! 誇りを無くした我らが、本当にオークだと言えると、思っておられるのですかぁ!」
「……そ、それは」
「……私は、イヤです。その為に、生きる為に『農業』をして弱くなるのであれば……親父にぶち殺された方が、百倍マシです」
ハサンの言葉に、ラインハルトがぐっと唇を噛み締めて押し黙る。その姿を黙って見つめていて俺だが、論破されたラインハルトの代わりに口を開いた。
「やい、ハサン」
「なんだ!」
「バカじゃねーの?」
「ば――バカとはなんだ! 貴様、我らがオークの誇りを馬鹿にするのか!」
「オークの誇りを馬鹿にするつもりはねーよ。俺はお前を馬鹿にしてんだよ。オークの誇りが武門の誇りだってのは分かったよ。でもな? 別に戦うだけが重要な訳じゃねーだろうが。兵站って言葉もあるしよ? 農業したっていいだろうが」
「だから、先程も言っただろう! それは、我々の誇りを侮辱し、先祖を貶める行為だ!」
「そっか? 俺の父親は俺みたいな奴でも可愛がってくれるし、元気に生きて欲しいと思ってると思うぞ? つうか普通に考えて、自分の子孫が楽しく、豊かに暮らしてくれた方が嬉しいんじゃねーの?」
「そ、そんな事はない! 我らが農業をし、先祖の偉業を軽視する様な事になれば、きっと先人達はお怒りになられる!」
「……あー……だからさ?」
なんだろう? コイツ、本当に分かってないのか?
「それって、要はお前らの気持ちの持ちよう一つじゃねーのか?」
「……なに?」
「農業をして、生活が豊かになったとする。戦う事が無く――なりはしないか、まあそれでも今よりずっと少なくなる。その時に、『先人達がしてた事はおかしかった。あんなに戦う必要なんて無かったのに!』って言うか言わないかは、お前ら次第だろう?」
「……」
「農作業が終わり、風呂入って飯食って、そんで寝物語にでも子供たちに聞かせてやればいいじゃねーか。俺たちの先祖はこんなに立派に戦ったんだって。ご先祖様のお陰で、俺たちは今こうやって暮らしていけてるんだ、って、そういう風に教えてやればいいじゃねーか。今でこそ、農業をしているが、万が一の時にはお前らも武器を持って一族を守るんだぞとかなんとか、そうやって教えてやればいいじゃねーか。それが出来ないのかよ、お前らは?」
「そ、それは……」
「俺は別にオークの歴史に詳しい訳じゃねーけどよ? 武門だ、戦闘だ、なんて言ってるお前らの事だから、きっとあるんだろ? 英雄譚みたいなモノが。戦場で強大な敵に立ち向かい、それで力が尽きたオーク、みたいなのが」
どうなんだよ、と眼だけで問いかける俺に、ラインハルトが小さく頷いて見せる。
「……ある。女子供を逃がす為、強大なドラゴンにたった一人で立ち向かい、武勇及ばず力尽きた、『英雄』の話が」
「その英雄譚を……そうだな? 『その人が体を張って逃がしてくれたお陰で今のオーク族がある』と肯定的に教えるか、『一緒に逃げる事せず、無謀にもドラゴンに挑んだバカな犬死』と否定的に教えるかはお前ら次第だろうが?」
親がリスペクトするモノって云うのは、よっぽど変なモノとかじゃ無ければ大体子供だってリスペクトするモノなんだよ。
「ごくごく個人的には、戦争なんて無ければ良いとは思うし、その英雄であるオークも一人で立ち向かうんじゃなくて皆で協力すれば良かったのにな、とも思うけどな。でもまあ、そういう所がオークの『誇り』なんだろ? その『誇り』を大事にしてやれば、後は農業やろうが漁業やろうが問題ねーだろうが?」
以上、話は終了。さて、反論は何かあるか、ハサン。言いたい事があるんだったら聞いてやるぞ?
「……それでも」
「ん?」
「それでも! それでも我らオーク族にとっては大事な事なのだ! 戦い、戦場で戦い、戦場で散るのがオークなんだ! だから……だから、俺たちは、農業なんてする訳にはいかないんだ!」
まるで、血を吐くような悲痛な顔でそう叫ぶハサン。その声に、漣の様な小さな賛同の声がオークたちから上がった。
「……はあ」
「……済まない、マリア。この者共には私の方からきっちりと言って聞かせる。取り敢えず、お前とヒメ様は集会所に向かってくれ。そこで、族長からご挨拶を申し上げさて貰いたい。この話にしても、直接族長に喋って頂ければありがたい」
頭を下げるラインハルトをチラリと見やり、そのまま俺は視線をヒメに向ける。
「……おい。泣きそうな顔をすんな」
「……ごめん」
生きて行く為の道を提示しても、それに興味を見出してくれないオーク族の生き方が、悔しいのか、悲しいのか。唇を噛み締めるヒメの頭を乱暴に撫で、俺は視線をハサンに向けたまま口を開く。
「なあ、ヒメ?」
「……なに?」
「お前だって、戦争ばっかりやってる様な魔界なんてイヤだよな?」
「う、うん」
「出来れば皆で楽しく暮らせる様な、そんな魔界がイイんだろ?」
「も、勿論よ!」
「じゃあ……お前は、俺がコイツら説得するのを応援してくれるよな?」
俺の言葉に、コクリと小さく、だが確かに頷くヒメ。その姿に鷹揚に頷くと、俺はハサンに向かって歩みを進める。
「……なんだ?」
俺の突然の行動を訝しんだ様に、ハサンが眉根を寄せる。そんなハサンに苦笑を向けたまま、俺は一歩、また一歩とハサンとの距離を詰めて。
「なんだ? お前、一体どうし――――へぶぅーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
口を開いたハサンの左の頬に、力一杯右ストレートを叩き込む。勢いに耐え兼ねたハサンが、後ろに居たオーク数人を巻き込んで吹っ飛んでいった。
「「「「……………………は?」」」」
ヒメとラインハルト、それに周りにいたオークの眼が点になりながらも、こちらに視線を向けて来る。その視線を受けて、俺は打ち抜いた右手を二、三度振って口を開く。
「……俺の住んでる国では、こういう言葉がある」
――曰く、『拳で語り合う』
「「「「……」」」」
「納得してくれればラッキーだと思ったけど……やっぱりな。どうせオメーら、どんだけ言葉で言っても納得はしねーんだろう? だったら喋るだけ無駄だ。武門の身なんだろ? だったら実力行使、体に叩き込んでやるよ。一人ずつ来い、なんてケチな事は言わねえ。時間も無駄だしな。お前らだってこっちの方が都合がイイだろうし……遠慮なしに『語って』やるよ、この拳で」
そう言って、周りのオークを睥睨し。
「――全員纏めて、掛かって来いやぁーーー!」
結局、武力で解決。




