その胸に抱く決意は
レイファよりの視点です。若干脇に逸れますが、ここで挟んだ方が後々良さそうなので…。次回からいよいよ本編に戻ります。
誤字訂正しました。いつも有難うございます。
「それはこっちで、あ、テーブルはそこでいいわ、ちょっと、その花は飾るだけ無駄よ。これだけの薔薇に囲まれて他の花の香りなんか分かるわけ無いでしょ?どうせ飾るならそこに咲いている薔薇にして頂戴。テーブルクロスは白に、そこ、少し皺が寄ってるわ。食器類は全て銀製のものにして頂戴。木製は合わないから。金も駄目、銀よ。そうそう。いい感じね」
城の南西にあるバラ園では、腕を組みつつ勢いよく支持を飛ばすレイファの姿があった。忙しそうに動き回る侍女や侍従は、手厳しく細かいレイファの指示に従い、てきぱきと仕事を熟していく。お茶会まで時間はそう残されていない。限られた時間を上手く使い、速やかに場を整えて行く。それは非常に鮮やかで、普段から人に指示を出すことに慣れているのを伺わせた。
レイファはある程度整ってきた場から視線を外すと、すぐ近くでにこやかに笑みを浮かべている銀髪の青年に鋭い視線を向ける。視線の向こうにいる彼は、レイファのその視線に気付くとますます笑みを深めたのち、僅かに肩を竦める。
その仕草が妙に癪に障って、レイファはより目を吊り上げ唇を尖らせた。
「ちょっと、ゼクセン、見てるだけじゃなくて手伝いなさいよ」
「俺は侍従じゃなくて騎士なんだけど」
「護衛対象がいないんだから、どうせ今は暇でしょう?」
「心外だな。今は小休憩中なんだけど」
「ほら暇なんじゃない」
「体を休めるのに忙しいんだけどなぁ」
苦笑して、ゼクセンはやれやれとばかりに首を振る。動く気配がないところを見ると、どうやら手伝う気は皆無らしい。乙女の頼み事も聞けないなんて騎士の風上にも置けない奴である。まぁ、承知いたしましたなんて言われて手伝われても、それはそれで想像できないので、これでいいのかもしれない。
レイファはちらりと茶会の場に視線をやり全体を確認すると、頷きを一つ、体を反転させてゼクセンに歩み寄った。幾分高い位置にある青年の顔を見上げ、艶やかな唇に弧を描き口を開く。
「どう?なかなかいい感じだと思わない?」
この場所を教えてくれた庭師にお礼を言っておこうかなどと考えながら、レイファは満足げに、綺麗に整ったお茶会の場所を指で指し示した。
しかし、目の前の騎士様は幾分顔を歪めると、すんっと辺りの匂いを嗅いで緩慢な動きで左右に首を振る。
「まぁ、そうだね。でもここでって……正直俺は遠慮したいかな。バラの香りが強すぎて鼻がおかしくなりそうだよ」
「煩いわね。あんたも騎士なら、これくらい我慢なさい」
「それは横暴というものだよ。臭いものは臭い」
「こんなに綺麗なのに、あんたって悲しい人間だわ」
「そう? でも、花を愛でる感性なら一応持ってるけどね」
にっこりと笑顔で言われて、レイファは呆れたため息を溢した。そう言えばこいつ、今狩りの真っ最中だったわ。思わずじっとっとした瞳で見上げると、ん?と小首を傾げて微笑まれた。
何、この無駄な余裕。
思わずイラッ……っとして、相手の脛を蹴りつけてしまったが、誰にも見られていなかったようだ。ほっと胸をなでおろしたレイファを、ゼクセンが若干引きつった顔で見下ろしていたのだが、彼女はそれに気付かないままに話を再開させた。
「全く……あんたたちは本当に面倒なやつらだとつくづく思うわ。幼馴染としても、女としても、相手に不憫さを感じずにはいられないわね」
「へぇ、それを君が言うとはねぇ」
「どういう意味かしら?」
「いやぁ、かつては女―――――ッ!?」
「あら、ごめんあそばせ。でも、ちょっと言葉がすぎましてよ」
レイファは肩にかかるバラ色の髪を片手で払い、絶対零度の眼差しで相手を射抜く。女の過去を不躾に口にするものではない。例え一見のどかに見えるこの空気の中であっても、どこに耳がまぎれているか分かったものでは無い。―――――もっとも、それを分かっていてあえて言おうとするのがこの目の前の底意地の悪い幼馴染なのだが。
「君ね、どこに鉄拳を騎士に喰らわせる令嬢が居るのさ」
「あら。あなたの目の前に居るわよ」
平然と言ってのけるレイファに、ゼクセンが多少げんなりとした顔を向けてため息を吐く。彼は疼く横腹を右手で摩って顔を上げると、お茶会の準備で忙しく駆け回る侍女たちに視線を映した。
「食器が全て銀なのは、毒防止かい?」
「まぁ、何もしないよりはと思ってね。正直、銀で分からなかったらどうしようもないんだけど、一応毒見はさせるつもりよ。……それぞれにね。」
「ふぅん。……しかしまぁ、相変わらず仕事が早いね。来て早々、小さいとはいえ主催でサロンを開くなんてさ。あの方の立場が無いんじゃないかな? 歓迎の意を込めてお妃さまが直々に開くならまだわかるけど、まさか行き成り君が仕切るなんてさ。少し急ぎ過ぎじゃない?」
「こういうのは早い方がいいのよ。最初に刷り込んむ印象は強いに越したことは無いわ」
そうでなければ意味が無くなる。何の為に私がここにいるのか。
「ーーーそれに、あんたらと違って、私は中途半端なことは嫌いなの。追い詰めるならとことん追い詰めるわ。彼女にどう思われようがね」
「そんな所も相変わらず、だね。君は」
と、レイファの言葉に相槌をうっていたゼクセンだったが、とある気配を感じて咄嗟に上体を後ろに逸らした。目の前に突き出されている手に顔を顰めつつ横を向くと、不機嫌そうにレイファが鼻を鳴らした。
「ちょっと、なんで避けるのよ。騎士なんだから淑女の平手打ちぐらいあえて受けるくらいしなさいよ」
「嫌だよ。君のは淑女の平手打ちだなんて可愛らしいものじゃ無い。立派な暴力だよ。分かりやすく例えるなら、猫パンチと獅子パンチぐらいの差がある」
「うふふーーーその場合、勿論私は猫よね?」
「さぁて、ご想像にお任せしようかな?」
二人は笑顔の攻防を繰り返しながら、あははうふふと笑い合う。だが、楽しげな笑顔とは裏腹に、それを取り巻く空気は非常にピリピリとしている。
「ーーーま、兎に角。皮肉なものね」
しかし、レイファのその言葉でガラリと空気が変わる。
手に持つ扇を開いたり閉めたりと繰り返し、レイファは微笑み続けるゼクセンから視線を外した。
守る立場の人間だからこそ、レイファは誰よりも彼女を彼女の立場を追い詰めなければならない。
守るために、傷付ける。
それを、皮肉と言わずにいられるだろうか。
だが、何にしても、優先されるべきは彼女の命、これだけだ。
そのために、レイファはここへ戻って来た。楽しかった思い出のある、この場所へ。そして、同じぐらい辛く、苦しくなる思い出が残るこの場所へ。
時が止まっていたのは、レイファも同じ。
きっと、この場を逃げ出したあの瞬間から、自分の時も表面は進んでいるように見えて、その実、進んでは居なかったようだ。場所の端々で瞳に映る幻影は、ひどく懐かしくありながら、深く心を締め付ける。
『ほら、レイ!この薔薇の花、綺麗だと思わない?この色はね、貴方の髪の色と同じなの。だからね、貴方の髪も綺麗な色に違いないってわけ!!』
さらりと、レイファの髪が風に揺れる。視界を彩る自分の髪と、はらりと舞う薔薇の花。
色が重なり合うそれに、かつて親友が言ってくれた言葉が脳裏に響く。
あの頃レイファは、自分の髪の色が嫌いだった。でも、光を弾いて輝くその色が、久しぶりに綺麗な色だと思ったのだ。
親友がまだ居た頃、肩よりも短かった髪は今や腰先程まで伸びている。
『ね、だから伸ばしてみようよ!伸びたら私が髪を結ってもいい?』
『ーーー嫌よ。だってあんた手先は壊滅的に不器用じゃない』
『え〜?!!酷い!!わ、私不器用じゃ無いよ!!』
『この前刺繍するって言って持って行った私のハンカチの末路を、もう忘れたの?翌日細切れになったって、泣きながら持って来たのはどこのどなただったけ??』
『あ、あれはだって!!針を刺して行くうちに布が何故かああなっちゃって……』
『普通に刺繍してれば、布はまず小さくならないから。よって、あんたにだけは絶対結わせてあげないわ』
『ひ、酷い…』
『ーーーふん!ま、でも気が向いたら結わせてあげてもいいけれどね?』
『え?!本当にっ?!!』
『その代わり、練習してからして頂戴。細切れにされたく無いから』
『う、うん!!する、するから、約束だよ??!』
あんまり落ち込んだ表情をするから、つい、交わしてしまった約束。
それはもう、一生叶うことは無いけれど。
「…ねぇゼクセン」
「ーーん?」
「私は、ロゼリア様をよく知ら無い。でも、それでいいと思うわ。だからこそ、とことん追い詰められるし、罪悪感を感じずに居られるから。だから、私は彼女を知らないままで居るわ。この問題が解決するまで」
「……そっか。うん、君がそうと決めたなら、そうすればいいと思う」
「彼女にとっては暫く辛い日々が続くかしら」
「………どうだろうね。あの方は始終笑顔でいらっしゃるから」
「案外肩の荷が下りたわーとか考えてたりして」
「あり得なくも……無い、かな」
「「………」」
「ゼクセン」
「……なんでしょう?」
「あいつに、頑張りなさいって言っといて。事は兎も角、後のことは知らないわよ私は」
「厳しい一言だ」
空を仰いで呟かれた言葉に、レイファは短く鼻を鳴らして、配置し終えた様子の侍女達の元へと向う。
「ーーーごめんなさいね、ロゼリア様。例え貴女にどう思われようとも、私はこの手に持った刃を下ろすわけにはいかない」
この身を持って、長引いてしまった茶番に幕を下ろす。
レイファにとっても、この事件は他人事では無い。喪ったものは彼女が初めて得た、友なのだから。
ユリアナはレイファにとって初めて出来た、同性の、気の置けない友達だった。彼女にとっての不幸。それは、幼馴染があの二人だったと言うことだろう。一人は次期王位継承者、もう一人は先先代の王から右腕として仕えている宰相の孫。あの二人の元に嫁ぎたい令嬢及び、娘を嫁にと目論む家は後を絶たない。そんな彼らにとって、幼馴染という肩書きを持ち、いつも一緒に居たレイファは、目の上のタンコブと言ってよかった。
まだ幼かったレイファは、今程口が回るわけではなく、延々と繰り返される悪意に深く心を傷付けた。
笑顔を振りまきながらレイファに近付き、心を許したその瞬間に手酷く裏切られた事は数知れない。そういうこともあり、次第に人を信用出来無くなるまで、そう時間はかからなかった。
両親が綺麗だと何度も褒めてくれた髪も、口々に周りから貶められた影響でいつしか劣等感を覚えるようになり、うっとおしく思ってバッサリと短く切り捨てた。
その姿を見た両親は、泣き出すわ怒り出すわ、かと思ったら顔を青くしてバタバタと部屋を駆け回った。
その後はドレスを脱ぎ捨て、男装するようになったのだが、口調も変えて何より髪が短かったせいか、周囲からは弟だと思われたらしい。彼女のその姿は、確かに二つ年下の弟とよく似ていた。レイファ自身はいつもと変わらずに幼馴染とつるんでいるのに、途端にぱったりと止んだ嫌がらせ。
自分を虐めた令嬢達は、虐めた本人の顔をろくすっぽ覚えていなかった。元々顔の良かった彼女が、近づいて来る令嬢達に微笑めば途端に顔を赤くして恥じらいを見せる。
レイファは女であることを隠していたつもりは無い。それでも、彼女の家も、位の高い貴族の一員である。
近づいてくるものは掃いて捨てるほど居たのだ。
復讐のつもりだったのかと問われれば、少しはその気もあったのだろう。近付いてくる彼女達と親密な感じになった途端、レイファは態度を変えてこっぴどく彼女達を振って泣かせた。
そのせいか、誰が付けたか【女泣かせの赤獅子】と影で呼ばれ、その名は今や全然関係の無い弟へと引き継がれてしまった。「姉さんの所為で、僕は一生彼女が出来ないんだ…」などと嘆いている弟には大変悪いことをしたと今では彼女も思っている。
ともかく、そんなレイファが漸く心を許したのが、三年前に死んだユリアナだったのだ。
だからこれは、彼女にとっても、絶対に解決しなければならない事件だった。
一度逃げ出した自分は、ユリアナの親友だと言えるような立場では無いのかもしれないけれど…それでも、レイファは今度こそ逃げないと決めたから。それにーーー同じ決意の元、やっと前を向いて歩き始めたリヴァルトの為にも。
全てに片を付ける。どれほど悪評を被ろうと、彼女に失うものは何も無い。
「…見ててよユーリ。あんたの仇は、必ずとってみせるから」
前を見据えて呟くと、彼女はキュッと拳を握りしめ、お茶会の最後の準備に取り掛かった。
私情ですが、パソコンが使えずスマホでちまちま書いてる為、一ヶ月一話更新にしようと思っています。流石に次回更新に一年もはならないと思いますので、誠に申し訳ありませんが気長にお待ちいただけると幸いです。
…ところでサロンって、何するんでしょうね(._.)詳しく調べようにも情報が。うん、取り敢えず脳みそを振り絞ろう!!ただお茶飲むだけとかあり得ないもんねっ(泣)