縁起
俺は暫く人の変わった丹澤の部屋のドアに、回想に耽りながら背を預けていた。
「……どうかしたのか?」
どうやら俺が未だここにいることが、ばれてしまっているらしい。その問いかけは正に俺に向けられたものであった。
「…………夜怪は……人を……喰うのか?」
俺は不意の問いかけに思わず、そう口を滑らせていた。恐らくは光華のあの言葉が俺の深層に未だ、食らいついていたのだろう。
「ああ、喰うよ。精神よりはそっちの方がよっぽど好みらしいしな」
「……そうか」
別にその話を信じたわけではなかった。だけれど何故なのか、思わずそう納得したかのような言葉を口に出してしまった。そう言うしかなかったのかもしれない。そうして俺は預けていた背中を戸から外し、靄のように頭にたちこめた疑問の数々を振り払うように早足で自分の部屋へ向かった。
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豪華極まる部屋の高級感漂うベットに身体を沈みこませながら俺は、無意識に自分の髪を掻き毟るように乱暴に触った。
『髪、切ろうかな』
とりあえず、変えたかった。何も知らないでいた自分と弱い自分を。自分を変えるなにかをせずにはいられなかったのだ。
『思い立ったが吉日』
俺はベットから跳ね起きテーブルに置いてあったバックを手に取り、その中を絨毯に守られた床にぶちまけた。
『……あった』
俺はスッポリ一つ手に収まりそうな程小さなハサミを手に取ると、鏡で確認もせずに長く伸ばした想い出溢れる漆黒の後ろ髪を……切った。
絨毯に受け止められた髪のことはさておき俺は、自分の頬をピシャリと思いっきり叩いた。肩に引っかかっていた髪の残骸が名残惜しむようにゆっくりと落ちていくのが眼に映る。それと同時に懐かしき記憶が鮮明に思い出された。
『なあ、渉ってどうして髪伸ばしてんの?』
幼き日の明の声が聞こえる。それに、
『んっ、これか? これはさ縁起担ぎだよ』
俺の声だ。
『縁起? 変なのーわ・た・るは変な子だー……まあいいや、それでなんの縁起?』
『日々! 強くなる縁起さ』
『じゃあ、中々髪切れないねー』
切ってしまった。忘れてた、縁起のこと。
『まあいいか、悔やんでもしょうがねえしな』
切り落とした縁起物を片付けることなく俺は再び柔らかベットに身を沈ませた。電気も消し、暗闇が飽和した室内には一切の音という音がなかった。それは無音という名の子守歌。俺はゆっくりと瞼を閉じた。
握力について 水無月 渉 (右手 67KG 左手 65KG)




