第9話 異世界の普通に混乱するアンネリーゼ②
異世界生活二日目の朝。
朝食用のジャムに使う果物を、コハクに内緒でこっそりと出たら色んなことが起きてしまった。
大人に追われていたフェルをかくまって、信仰札を知って……。
まだまだ私って知らないことだらけだな。
「フェルー、浄化する前に畑からスープ用の野菜、取ってきてくれる?」
「分かった!」
アグーレの実全体に浄化と流水をかけたあと、私は皮を剝いていた。
凄い素敵な柑橘系の香り……!
この皮も、捨てずになにか出来ないかな?
フェルが畑に出ている間に、私はエヴァリディアス様特製のスマホで検索した。
素材検索で調べると、匂い消しポーションの素材の一つだった。
やっぱり、なにかに使えそうだと思ったんだよね。
匂い消しって、消臭剤かな……?
わからないけど、あるに越したことがないよね。
「ちょっと味見……」
実の、欠けたところだけ口に入れてみる。
これって……これ一つでゆずとオレンジとはちみつの味……!
子供の頃に食べた味は、ひとつひとつ、しっかり覚えている。
そういえば、中学生の頃に新しい服薬で少しだけ元気だったとき、おじいちゃんが色んなものを食べさせてくれたっけ。
すっかり闘病生活で忘れていたけど、そのときもゆずのジュースや、オレンジジュースで感動した記憶がよみがえってきた。
「おいしい……」
呟いたときに、フェルが野菜を抱えて戻ってきた。
外で浄化したのか、野菜は土汚れがない。
私だったら、流水で汚れを落とすけど浄化のが早いのかな?
フェルがもってきたのは、カブとほうれん草だった。
アグーレをいったんお皿にどかして、まな板をあらっ……浄化しないと。
「ああ、こっちはオレがやるよ。アンネリーゼはジャムの作業してていいぜ」
フェル、かっこいい……!
予備のまな板と包丁で、フェルは手慣れたようにカブの皮むきを始めた。
アグーレの皮を剥くのに四苦八苦した私とは、手慣れた感じがしてレベルが違う。
私は深い鍋に流水を注ぎ、冷蔵庫からベーコンを引っ張り出す。
「フェル、ベーコン使ってね」
「マジかよ、肉なんて久々だぜ……!」
そういえば、今更だけど私はフェルのことを何も知らない。
家庭の事情で肉が久しぶりなのか、ここの暮らしがそういうものなのか、区別がつかない。
追われてた事情も知らないし……。
「フェル? あのね、フェルの普段の生活って聞いてもいい?」
「ごめん、そうだよな……。オレは元は孤児院で育ってて、普段はエイムの森の入り口で薪拾いとかしてたんだけど、オレ、変わったスキル持ってて。そのスキルでちょっと稼いでからは、街の隅っこでテントで暮らしながら冒険者ギルドの雑用とかやってて……でも、そのスキルのせいで厄介なやつらに目をつけられて、追われてて……」
綺麗に野菜をカットしながら、フェルは鍋にいれていく。
こういう料理の基本も、その孤児院で教わったのかな?
「あ、でも、そのスキルは犯罪に使ったんじゃないからな! 信じてくれよ!」
「うん、信じる。フェルを見てて、危ない感じはしないもん」
直感で、信じられる。
でも、こういうの、世間知らずの私が決めちゃって大丈夫かな。
「いい……よね? コハク」
『アンネリーゼは小さくても神の使徒だからね。直感を信じて大丈夫だよ~』
そんな緩やかでいいんだ……。
「フェルをおっかけてきた人たちからは、目の感じがなんか暗くて怖い感じがしたよ。フェルを追ってたことを知ってたからかもしれないけど」
『それは、悪意を探知したんだね。よっぽど巧妙なやつじゃない限りは、アンネリーゼは悪意は見抜けるはずだよ』
そっか、そういう機能が私の中にあるんだね。
アテにしすぎるのも怖いけど、ここぞという時には役にたつものがあるのは安心だ。
アグーレの皮を剥き始めて二十個目で、私はやや疲れてきた。
こういうこと、杏奈のときは出来なかったから作業そのものは楽しいんだけど、いかんせん八歳は力が足らない。でも、とりあえずは朝食用だけ足りてればいいかな。
あとは、ごはんの後頑張ろう。
ジャムのレシピは――あ、スマホの中だ。
そっとスマホをポケットから取り出すと、フェルは火のかかった鍋に集中してる。
フェルには、もう使徒だって話してあるし……別に秘密にする必要はないか。
ボウルに皮を剥いたアグーレを入れて、錬金窯にそろそろ移動。
レシピを見て砂糖を測る。
「――我が元に具現化せよ! 再構築」
ポーションの時みたいに光って、魔力が吸われる。
錬金窯の中にはだいぶ嵩が減ったアグーレがとろりと光る。
スプーンを探して、少しつついた私はそのままぺろりと舐めた。
「うわっ凄いおいしい!!」
『アンネリーゼの好きな味だったー?』
「うん!!」
「そうか、アンネリーゼはアグーレ食べるのも初めてなんだな」
異世界人まるだしで喜ぶ私に、コハクとフェルが微笑ましい顔をむける。
うう、前世では二十歳こえてたけどリアクションがまんま八歳児だ……。
ちょうどいい瓶詰めが見つかったので、ジャムを流し込むと私は錬金窯を浄化した。
こういうとき、浄化はすごーく便利。
八歳児の今の体では、持ち上げて移動できない重さだもんね。
コハクはふわふわと上の階に行ってしまった。
もうすぐご飯なのにな。
「フェルはスープできそう?」
「ああ、すぐに煮える具を選んだからな」
すごい、フェルが凄い。
そんなことも織り込み済みで、野菜選んでたなんて。
私も、杏奈時代に野菜図鑑とか魚図鑑とか、お肉図鑑とか食べられないからこそ読んで想像したりしてたけど、煮えるのが早いとかは漫画やドラマの知識でしかないもんな……。
「食器は……けっこうたくさんあるな」
「そうなの、エヴァリディアス様のお陰で」
「さっきの、白い板も命の神さまから貰ったやつか?」
あ、スマホね。
「そう、レシピとかが入ってる魔導具みたいな感じ。前の世界にあったものなんだけど」
言いながら、フェルに見せてみた。
でも、フェルは不思議そうな顔をしている。
「……なんも見えねぇ。使徒さまだけか、アンネリーゼだけしか見えない設定じゃないのか?」
「見えないのかぁ」
「ていうか、アンネリーゼって呼び捨ててるけど、アンネリーゼさまって呼ばなくていいか? 使徒さまに失礼してたか?」
あやうくむせるとこだった。
他の人はどうしてるかわからないけど、私はフェルにアンネリーゼさまなんて呼ばれたくないな。
「いいよ、私はアンネリーゼって呼ばれたい」
「そっか、よかった」
照れくさそうに笑うフェル。
ああ、やっぱり信じてよかったなぁ。
二人で、三人分の食器を並べていると、すいーっとコハクが下りてきた。
「コハク、ちょうどいいところに。なにしてたの?」
『ボク、二階と三階に浄化してきたの。部屋がピカピカだよ~』
「コハク、偉い!」
一階は、食べ終わったらやろうかな。
出来立てのスープ、温めなおしたパンと、私が作ったアグーレのジャムが並ぶ。
椅子に座って、私は手を添えた。
「いただきま「食の神、テティスよ。 あなたの御力に感謝を。 あなたの御恵みに感謝を。その御加護が我らと共にあらんことを」
え……?
これは、また異世界問題か!!




