第10話 アンネリーゼと、異世界の神々①
出来立てのご飯を前に、いただきますをしようといたら。
フェルが、何か神様にお祈りをささげた。
こんなの、コハクからなにも聞いてないよ!
フェルは、スープに手を伸ばしかけてから私の困惑に気づいたらしい。
「アンネリーゼ……もしかして、食事のお祈りも……?」
「うん……初めて聞いた……」
「え……聖獣さまは昨日、なんも言わなかったのか?」
『え~だって、ボクらテティス様の使徒じゃないし』
ええ~そんな理由!?
いいの? そんな感じで。
「だって、フェルはこうやってお祈りしてるよ?」
ぐぅ。
私は慌ててお腹を押さえた。
朝から大冒険してて、そういえば空腹だ。
杏奈時代は、ずっと点滴と流動食で健康的な空腹なんてなかったから……。
コハクもフェルも、笑ってるし。
『まあまあ、食べながら話そうよ~』
コハクはあとで、モフモフの刑だからね!
昨日より長く耳とか肉球いじってやるんだから。
コハクにも言われたし、温かいうちが一番だよね。
「は~、おいしい」
「オレもベーコン入りのスープは久しぶり」
おいしいけど、私気が付いてしまった。
このスープ、野菜とかが新鮮だからおいしいけど味が薄い。
病院の味つけに近い。
昨日、メックのハンバーガーを食べて気づいてしまったよね。あのうま味。
ずばり、コンソメが足りない。
錬金術のレシピにコンソメがあったなぁ。
鳥……鳥の骨……。
「……でも、こんなうまかったっけ?」
「うん?」
「孤児院じゃベーコンどころか野菜も少なかったけど、こんなにうまくなかったし。孤児院出たあとも、屋台のスープは買ったことあるけど、なんかどろどろしてたな」
「どろどろ?」
どういうことだろう。
「じゃがいもが煮崩れたとかじゃなくて?」
「そーいうんじゃなく、うーん……具材が新鮮なのを差し引いても……」
『アンネリーゼの流水だからじゃない?』
やわらかいカブを飲み込んだコハクが、鼻先をスープで濡らしながら言った。
私の流水? だって生活魔法って、異世界ものだとみんな均一だったりしない?
『アンネリーゼのいた元の世界って、水質が良かったんじゃないの? 魔法はイメージだから、おいしい水を知ってればその水の味になるんだよ、きっと』
「あっそうか! 浄水されてた!」
そうか、そうか。
私が飲んできた水は、浄水器がついたものやミネラルウォーターだった。
そういう知識がなかったら、雨水とかの水のイメージになっちゃうのかも。
だとしたら、流水の時点で全然味は違うはずだよ。
「いいなぁ、アンネリーゼみたいな水、オレも出せたらなぁ」
「しばらくは、私が流水で出すから、フェルもその味を覚えるといいよ」
「コハクさま、生活魔法って変えられるかな?」
『言ったでしょ、イメージだって。アンネリーゼの味をイメージできればいいんだよ』
うーん、とフェルはうなる。
私は席を立って、コップに流水をしたものをフェルに渡した。
「うん、やっぱうまい! オレはこの味を覚えるぞ」
「フェル、頑張ってね」
コハクがジャムを欲しがっているので、コハクのパンにアグーレのジャムを塗る。
ついでに、自分にも塗って、と。
『おいし~!』
「ほんと? おいしい?」
『アンネリーゼは才能あるかもね~』
そうだといいなー。
まあ、レシピさまさまなんだけどね。
「ほんとだ、うまい! アグーレのよさが凄く出てる!」
フェルも夢中になって食べている。
初めてのジャム錬成だけど、ほんとによかった。
アグーレ自体が、ゆずとオレンジとはちみつの味がするんだもんね。
充分、おいしくなるにきまってる。
おねえちゃんなら、アグーレでなにを作るかな……?
炭酸水で割ったり、そのままジュースにしてもいいし、生クリームトッピングしてクレープにするとか?
おねえちゃんは小麦もののお菓子を作るのが得意だったな――今、どうしてるだろう。
両親は手のかかる私優先で、おねえちゃんは後回し。
それなのに、おねえちゃんは病室で作った料理の話をよく話してくれたっけ。
色んな料理のコツだとか、知識だとかをおねだりすると、何時間でも話してくれたんだよね。
「アンネリーゼ? どうした?」
フェルの声で、はっとした。
私、パンをもったまま固まってたみたい。
「ううん、なんでもないよ。考え事」
「――ホントに、平気なんだな?」
少し低くなったフェルの声に、私は笑ってみせた。
「前の世界のこと、思い出しちゃった。でも、今はこっちの世界になれるのが先だよね!」
泣きたくても、泣くのは夜にしよう。
会ったばかりのフェルに心配かけたくない。
私たちは、ジャムとパンとスープという質素だけど素敵な朝ごはんに舌鼓を打った。
エヴァリディアス様が用意してくれたパンは、これでおしまいだ。
お昼ご飯と、夜ご飯のパンは私が錬金術で作らないとね。
ん? でも、味噌も醤油もある世界ならお米もあるかも。
もう一回ちゃんと三階の荷物を確認しなきゃ。
「それで、フェル……食の神様? のことなんだけど」
コハクが見つけ出した茶葉で、私たちは食後のお茶を飲んでいた。
なんと緑茶だった。
これなら、紅茶もウーロン茶もあるよね。同じ茶葉なんだし。
「まあ、まずは基礎からいくぞ。アンネリーゼは命の神様のエヴァリディアス様の使徒だけど、オレたちはたくさんいる神様から自分の信仰する神様を選ぶんだ。俺の場合は石の神デスティリさまだな。孤児院がデスティリさまの神殿だったのもあるけど、オレは食い物がないときに石でたくさん獲物をとっててそれに感謝してる。でも、信仰する神様の数は決まってないんだ。そうだなあ、農民なら風の神、エアリスさまとか、収穫の女神、オーリオンさまとか。自分が欲しいご加護に祈るんだ。朝起きて一回。夜寝る前一回。勿論、欲しい加護が多いなら、神様の分だけ祈らないといけないし、信仰札も下げなきゃいけない」
フェルの話を聞きながら、私はコハクの肉球をふにふにする。
本来ならこのモフモフ聖獣は説明すべきな気もするけど……訂正しないってことはあってるんだよね。
多神教なんだな。
日本でいうところの八百万の神みたいな感じかな。
「お祈りすると、実際に効果があるの?」
「してないよりは、って感じかな。でも、女子なんてみーんな、美の女神、フォロラディアさまとか、恋の神、ライネアさまとか絶対信仰してるもんな。でも、する前よりは肌とか髪の調子がいい、みたいなこと言ってたぜ」
「へぇ~……凄いねぇ。……でも、人気が偏りそうな……?」
ポンとコハクが私の膝から飛び上がった。
肩に手をあてて、銀色の子狐は私の顔を覗き込む。
『そ・こ・で・使徒の出番なんだよっ! 信仰心を、強制じゃなく自主的に増やす広報活動が、使徒の仕事なのさ! アンネリーゼはここからどんどん自立して、慣れてきたら旅をして、エヴァリディアス様の広告塔になるのがお仕事だよ!』
ええっ! 私は自分の寿命を集めるのが重要ミッションなのですけど!?
両立、できるのかな、それ。
でも、旅かぁ……。八歳女子と子狐で、平和に旅なんて出来るのかなぁ。
「なあ! それ、オレもついてっていいか!? そりゃオレは追われてるし、その理由も言ってないし、怪しいかもしんないけどさ……アンネリーゼのことは全力で助けるし、オレができることはなんでもやる! だから、連れてってくれよ!」
フェルが、お茶を置いて立ち上がる。
コハクの耳がぴぴぴと動いた。
”鑑定、しなかったの?”
いきなり脳内でコハクの声がした。
なにこれっ……あ、もしかして念話ってやつ?
”ご名答! 聖獣と使徒の特権さ。アンネリーゼが鑑定すれば、フェルの隠してること、多分見れるよ”
うーん、プライバシー侵害だし、あんまりやりたくないなぁ。
フェルなら、いずれ話してくれると思うし。
”アンネリーゼがそう決めたなら、それでいいよ!”
私の聖獣さんは、わりと私を肯定してくれる。
あんまり甘えてばかりじゃダメだね。
でも、フェルのことはもう決めたんだ。
「フェル、孤児院にも他にも戻れないなら、一緒にこの家に住まない? 多分、多少は他より安全だとおもうよ?」
フェルは、ぽかんとした。
藍色の目は、点になってる。
「どう? それとも、他にいく? でもフェルは私のポーション売ってくれるって約束してくれたよね?」
「ありがとう――世話になる。アンネリーゼのことは、絶対オレが守るし、オレが危ない目に合わせない!」
異世界二日目にして、同居人を得た。
心強い、友達として。
私、なかなか異世界生活うまくやってる気がするよ。




