第31話 アンネリーゼと美容品③
いけない、寝てた!
体を起こすと、コハクが椅子に丸まって寝ていた。
フェルはいなくて、ランスロットさんがテーブルでなにか作業をしている。
テーブルには200ミリリットルくらいの赤色のボトルが、たくさん並んでいる。
「ランスロットさん、フェルは……?」
「おはよう、アンネリーゼちゃん。フェルなら一応ローブ付きで腹ごなしの狩りに出かけたよ」
やっぱりフェルは休みしらずだなぁ。
あんなに動き回って、もう運動にいくなんて。
それにしても……。
「綺麗なボトルですね」
「魔石を魔力で染めたものですよ。どうですか? レディとして」
赤色のボトルは、白い花の柄付きだ。
普通の瓶より、つやつやして光沢がある。
ボトルの魔導具も、キラキラした赤色の魔石がはまっていた。
「すごく綺麗だと思います!」
「美の女神、フォロラディアの貴色を使ってみました。これなら、貴族女性に馴染みがありますから」
なるほど……!
信仰札のカラーが赤なんだ。
絶対女性人気一位の神様だね。
「ランスロットさんが入れ物を用意してくださってありがたいです」
「この魔導具は、俺が作ったんですよ」
「さすが、魔導具師ですね!」
貴族の四男といえど、腕は一流なんだろうな。
「ランスロットさんは、どこのギルドに所属されているんですか?」
「一応は商業ギルドですね。しかし、仕事の大半は家の方から頼まれるんですよ」
自分で売り込むんじゃなくて、こういうものを作って~と頼まれてから作るオーダー制なんだ。
人気があるから出来ることだよね。
私は、化粧水に必要なシャムの実の皮を剥く。
実はボウルに入れて、やわらかいくるみののような皮をぺりぺりと剥がす。
りんごやみかんみたいなものだったら大変だったけど、これなら八歳児の体でも簡単だ。
「俺も手伝いますよ」
ランスロットさんがそう言って、並んでシャムの実を取る。
長期戦になるな。
私が二人分のお茶を淹れると、ランスロットさんはおいしそうに笑顔で飲んだ。
「お茶ばかりは手伝いますよと言ったところで、アンネリーゼちゃんの流水には勝てませんからね。お世話をかけます」
「いいえ。私の少ない取柄ですから」
シャムの実の皮を剥がす音が響く中、すっとランスロットさんの口調が改まる。
「アンネリーゼちゃんの来た世界は、どんな世界ですか?」
「ええと、まず魔法がなくって。科学と燃料でいろんなものが動くんです。移動するときは、飛行機とか電車とか車に乗って――」
そういえば、生姜焼きはお父さんの大好物だっけ。
お母さんがよく作るのは、そのためだったな。
小さいころ、焼くのは危ないからたれ担当で、何回も作ったなぁ。
北海道のおばあちゃんちに行くのには、いつも飛行機に乗って。
わくわくしながらも、どこか怖くっていつも窓側の席を選んでたっけ。
「元の世界に戻れないのは、お寂しいですか?」
「もう絶対戻れないんです……それは分かっているんですが……時々」
駄目だ、泣くな。
私が泣いたって、ランスロットさんが困るだけ。
今の私があるのは、エヴァリディアス様のお陰で、ほんとなら死んだっきりだったんだから。
「前の世では子供ではなかったのかもしれませんが、今は八歳です。いつでも泣きたいときは、私の胸をお貸ししますよ。我慢せずに泣いてください」
ポンポンと頭を撫でる手は、あたたかい。
本当に、感覚が子供のころに戻ってしまった気がする。
「使徒で良かったです、こんなによくしてもらえるなんて」
「使徒だから優しくしているわけではありませんよ。街のあちこちで暴れまわる大人がいる中、冷静に自分にやれることを考えて、損得も考えず他人を助けるために無茶をするアンネリーゼちゃんが優しかったから、私も優しくしたくなっただけです。あまりご自分を卑下するものではありませんよ」
ランスロットさんがそう言って、軽くウインクした。
フェルでだいぶ美形慣れしたと思ってたんだけど、ランスロットさんはまた別種の美形だ。
眼鏡の奥の翠の瞳が、穏やかに笑う。
「あれ、赤くなりましたね。いいんですよ、アンネリーゼちゃんが成人したら私を選んでも。貴族ならこのくらいの年の差はよくあることですし、大人になるまで待てますよ」
「もう、茶化さないでください! 私は子供なんですよ!」
「ただの子供ならこんなこと言いません。かつて大人だった貴女だから言っているんですよ」
絶対茶化してる。
ランスロットさんの貴族ブラックジョーク、酷い。
化粧水のボトルが、カチャカチャと静かに量産されているテーブルの向こうへ向く。
あれ……でも、今さっきのランスロットさんって”私”って言ってなかった?
いつもは一人称は、俺だよね?
もしかして素の喋り方って、私なのかな?
「ただいまー、コハクさまがいないとやっぱ大物は狩れないぜ」
バタンとドアが開いて、フェルが帰ってきた。
その音に一瞬びくりとした私に、ランスロットさんが囁いた。
「さっきの話はフェルには内緒ですよ?」
その声があまりにも甘くて、少し体が固まった。
いい大人が、子供をからかわないで欲しい。
「ランスロット、距離が近いぞ! アンネリーゼ、顔が赤いけどなんかされたか? オレ殴ろうか?」
「な、なんでもない! そんな簡単に殴るとか言わないの!」
フェルは、なにか不穏な空気でも感じたのか、フェザーバードを持ったままランスロットさんをじろじろ見た。
「アンネリーゼ、化粧水ってやつは作れそうか?」
「今、シャムの実を剝いてるけど、ほとんど終わったところ」
これが終わったら、またシャムの実を取らなきゃ。
ポーションをかけると、また増えちゃうかなぁ。
だとしたら、コハクの回復頼みだけど……。
コハク、寝すぎじゃない?
テーブルの下から、コハクを覗くとコハクの眼は開いていた。
こ、この子……さてはずっと聞いてたね!?
コハクはニヤニヤすると、鼻の頭をぺろりと舐めた。
「……コハクの分のデザート、なしにしようかな」
『えーー! なんでぇ、酷いよアンネリーゼ!』
「コハクさま、そこにいらっしゃったんですか?」
ランスロットさんに至っては、コハクの存在を忘れてたみたい。
その鼻先が、ほのかに染まる。
「コホン。入れ物はどんどん作っていますし、アンネリーゼちゃんも化粧水を作りますか?」
「はい、そうしましょう!」
私は錬金窯に魔力水と大量のリピームの実を入れて、向いたばかりのシャムの実の皮を入れていく。
リピームの実は、コハクががんがん畑に再生をかけていたときに取ったので、在庫はまだまだある。
案の定、シャムの実の皮が一番少なくて私は魔力水を少し減らした。
「コハク、起きてるんならシャムの実をよろしくね~。おいしいデザート食べたかったら頑張ってねー」
『はーい』
「オレも、この解体が終わったら集めるぜ!」
これで何個できるんだろう。
ポーションと食品以外、まだ作ったことがない。
「――我が元に具現化せよ! 再構築」
光った錬金窯は、中身を白に変えた。
シャムの実が入ると、白くなるのかな? アンチエイジングポーションも白かったし。
”化粧水:ランクD。紫外線から肌を守り、美肌に潤す。UVケアつき”
凄い。鑑定さんによると、UVケアがついている。オールインワンジェルだって、そうそうUVケアはついてないよね。これは画期的かも。
そこからは、ランスロットさんと赤いボトルに詰めていったけど地味に時間がかかる。
浄化したおたまでいれていったけど、毎回これをやるのは大変だ。
「錬金窯から容器に簡単に移し替える魔道具が必要ですね。薬師にでも聞けば、なにか便利なものを持っているかもしれませんね」
「そうですね。たくさん作るのはいいけど、この作業はしんどいかもしれません」
うーん、少ない。
でもポーションと量が違うもんね。
できるだけ目いっぱい作ったつもりだけど……。
そこから、フェルとコハクがシャムの実を摘みまくり、私とランスロットさんで皮向きが本格的に再開した。
出来上がった化粧水は、全部で60本。
「ランスロットさん、これでも足りますか?」
「アンチエイジングポーションもありますから、なんとかなるでしょう」
ようし、あとで冒険者ギルドに行くとしてみんなにデザートを作ろう。
みんなをシャムの実の皮むきに回して、私は苺をつみにいった。
生クリームやカスタードは、特製魔力ポーションを飲んだときに作ってコハクに収納してもらっている。
ふわふわの生地に生クリームを塗って、スポンジの間には甘酸っぱい苺と洋ナシとライチの味がするシャムの実が交互に挟まったフルーツケーキ。
なにがいいって、杏奈時代はひとつひとつ作らなきゃいけなかったけど、今は素材を用意してイメージするだけで済むってこと。
販売用と思わず、貴族の方が買ってくれたおまけにフルーツタルトをつけてもいいかもしれない。
ケーキワンホールはさすがにやりすぎだけど、タルトならいいよね。
ないとは思うけど、ロールケーキでカットしたらなにかしら不敬になったりしてもいやだし。
「アンネリーゼ、またシャムの実をとってきたのか?」
「違うよー、みんなお疲れ様でしたのケーキ!」
「ケーキ!? 貴族の家で出てきたやつか」
フェルはやっぱりケーキを知っていた。
ようし、錬金術師パワーでみんなをねぎらうよ!
ケーキ登場。そして次回もややランスロットのターン。




