第26話 邪神の使徒とフェル
アンネリーゼがコールドポーションを作っては、ポーション瓶に詰める。
まさか、冒険者ギルドでフランクさんにあんなことを言われると思ってなかった……。
ランスロットが現れなかったら、落ち込んでたかもしれないなオレ。
こんな窮地をかぎつけてくるあたり、いつもタイミングがいいんだよな。
オレは魔力欠乏症で倒れてすぐのときも、ランスロットが見つけてくれたし。
オレは見様見真似で米を洗うと、アンネリーゼの流水をいれて魔導炊飯器にセットした。
たしか、しばらく水につけるんだったな。給水だっけ。
「フェル、40本出来た! あとは頼んでもいい?」
「おう、ランスロットつれて行ってくるぜ」
問題は、ランスロットが武力では役立たずなところだ。
あんな怒ってる人の群れに、あいつで大丈夫か?
薬草畑に出ると、やつはコハクさまと話し込みながら薬草を摘んでいた。
順応はやっ……。
オレをお供に下町で食べ歩いたりしてたときも、見事に擬態してたもんな……。
「行くぞ、ランスロット。コールドポーション40本だ」
「よし、行こう。一番に回復させるのは冒険者ギルドのメンツだ。協力してくれれば、頼もしいからね――行ってきます、コハクさま」
『頑張って~』
コハクさまが畑の回復するのを見届けながら、オレたちはカンテラを出した。
このあと何往復するんだろう……。
フランクさんには、あんな悪意のある言い方でガキと呼ばれたことはなかった。
アンネリーゼは、あんなにイラついてるフランクさん相手に凄いと思う。
やっぱ、ああいうとこが使徒なのかな……。
「元気がないね、フェル。アンネリーゼ様の前では見たことがないほど、リラックスした顔をしていたのに」
「うっせー。お前こそ、アンネリーゼの前でまたあのウソをついたな! 仕方ないから黙ってたけど、自分で話せよ」
ランスロットは、アンネリーゼに自己紹介のときに嘘をついている。
子爵家なんて、大嘘だ。
でも、本当の立場を言えば、アンネリーゼはやっぱり怖がンのかな。
ランスロットも、立場で傷ついてきたのを聞いてるから言わないけど……。
でも、アンネリーゼは鑑定がある。オレにもランスロットにも使わないで信じてくれたんだな。
「貴族街にも、闇の神の使徒がきたそうだ。さすがに貴族は無料につられて飲んではないが、使用人が一人、飲んでしまって大騒ぎでね。俺がそこにたまたま居合わせたのさ」
「相変わらず、身軽なのな」
「まあね。俺の唯一の取柄だからね」
オレは身体強化を足に強くかけてるからいいけど、ランスロットは息切れが始まった。
相変わらずひ弱だな、ほんと。
ちょうどエイムの森を抜けて、大通りに出たあたりだ。
仕方ないので、オレは少しペースを落とした。
「……酷い有様だね」
ランスロットが呟いた。
つかみ合いしてるやつら、怒鳴りあうやつら。
しかも、冒険者ギルドにいる連中は武器を持ってるんだ。
背筋が、ぞっとした。
「急ごう、ランスロット。……フランクさん戻ってっかな……」
「じきに戻るだろう」
ランスロットが、冒険者ギルドの正面扉をあけた。
すでに殴り合いを越えて、武器を手にするやつらがたくさんいた。
上級冒険者たちが討伐に行ってなきゃ、死人が出てたな……。
一部は、怪我を負って床で呻いている。
「なんだぁ、てめえ!」
「やんのか、この野郎!」
問題はコレだ。
こんなにブチぎれてる連中に、どうやってコールドポーションを飲ますんだ?
説明しても、聞きそうにもないのに。
「皆! 俺がいいものを持ってるんだ、これを飲むとなんと金が儲かるぞ!」
はあ?
ランスロットは何を言い出したんだ。
「よこせ! 全部おれのもんだ!」
「いや、おれによこせ!」
「はいはい、並んでくれれば全員に配るよー」
ランスロットに催促されて、オレはコールドポーションを取り出す。
身体強化を腕に流しながらだったから、オレの手はへし折られなくてすんだ。
怒り狂った連中が、次々にコールドポーションを飲むと、次第にきょとんとした顔になる。
「おれはなんであんなに怒ってたんだ?」
「おれもだ……なんで武器で仲間を殴ったんだ……?」
「みんなはたちの悪いポーションを飲まされて、怒り心頭だったんだ。このコールドポーションを飲むと、怒りが収まる。心当たりがある人たちに、飲ませて欲しい」
持ってきた40本は、ほぼ冒険者ギルドにいた人間が飲んでしまった。
謝りあったり、ポーションで怪我を治したりしたがそこは冒険者だ。
すぐに立ち直って、おお! と叫ぶ。
「アンタがこのコールドポーションを作ってくれたのか?」
「まさか、とんでもない。アンネリーゼという錬金術師の少女だよ」
「この騒ぎが終わったら是非お礼をいいてぇな。あんたらもありがとうよ」
オレは知ってる、アンネリーゼが一番好きな言葉。感謝のこもった言葉。
そして、アンネリーゼが一番使う、ありがとうという言葉。
「俺たちは、このあとも出来立てのコールドポーションを持ってくる。みんなは武器を取り上げて、できれば縄で拘束してくれないか」
「おう、まかしてくれ」
「それと、この1本はギルドマスターのフランクが帰ってきたら飲ませてくれ」
ランスロットが残してた1本。
さっきの貴族の使用人に渡すのかと思ってたらフランクさん用か。
「まじか、ギルマスと戦って勝てるか……?」
「フランクさんは、そこまで怒ってないから話は聞いてくれるはずだぜ」
魔導士ローブを着てるし、オレも口を添える。
「そうか、それなら良かった。そういやあんたら、名前は……?」
オレの名前はまずい。
追っ手たちは、オレの名前を知ってる。
「ランスとロットだ。よろしくな」
誰がロットだ!
ツッコミたいが、オレの名前は出せないし、仕方ない。
「ランスはここで指揮しててくれ。お前じゃそう何回も走れないだろ。いったんオレが行ってくる」
「分かった、じゃあ次のポーションが届く前に被害になったひとたちを把握しておく」
ランスロットは、普段さぼるだけで適格に動けるやつだ。
それに、オレの速さについてこれないし。
オレはローブに気を付けながら、来た道を戻る。
「ああ、フェル。お疲れ様! どうだった? 飲ませられた?」
「ランスロットが、飲めば儲かるポーションだとかわけわからんこと言ってうまく飲ませたぜ。みんな、アンネリーゼに感謝してた」
「よかった、飲んでくれたんだね」
ほっと微笑むアンネリーゼは今日も可愛い。
既にたくさんのコールドポーションが出来上がっている。
「今度は60本作ったよ。足りるといいけど……」
「おお、行ってくる」
「全然休んでないけど、大丈夫?」
「アンネリーゼだって、休みなしだろ? オレはアンネリーゼより年上だぜ」
とはいえ、喉は乾いた。
やかんのお茶を飲むと、リラックスと魔力の落ち着きを感じる。
最初は流水のおいしさに気が付かなかったけど、アンネリーゼの流水を使ったものは魔力とよくなじむ。
もしかすると……オレがエヴァリディアス様を信仰することになったからか?
「ランスロットさまにも、持って行ってあげてね」
「おう。薬草摘む係がいないけど、大丈夫か?」
「今のペースならなんとか……コハクも頑張ってるし」
『そうだよ~回復させつつ、摘んでるんだからぁ~』
さすが聖獣さまだな。
でも、フランクさんが戻ったらランスロットはこっちに戻ったほうがいいな。
本来、あいつも目立っていい立場じゃねえもんな……。
水筒にお茶を入れて、空間収納にしまう。
コールドポーションも受け取った。さあ、走るぞ。
カンテラを揺らしながら、身体強化で駆ける。
大通りは、縄で縛られながら怒ってる人たちが転がっていた。
「ランス! 追加の60本持ってきた」
「ああ、ロットくん。ありがとう。おーい、みんなー!」
ランスロットが、声を張り上げて冒険者たちを呼び戻す。
オレは、いきなり肩を叩かれて振り返った。
フランクさんだった。
「フェルだよな……? すまん!! おまえとアンネリーゼさまに俺はなんて態度と言葉使いを……! ほんとうにどうかしてたんだ!!」
いかつい顔をくしゃくしゃにして、フランクさんは謝り続ける。
「アンネリーゼは気にしてないぜ。本音じゃないって最初に言ってた」
「アンネリーゼさまは……?」
「いま、コールドポーションを頑張ってたくさん作ってる。フランクさんはランスロットに代わって指示だししてくれ」
そうだ、八歳なのにアンネリーゼは頑張ってる。
オレなんて運ぶことしかできない。
「あのお方も、まあ、無茶するな……」
キビキビとコールドポーションを配るランスロットを、フランクさんは呆れたように見る。
でもフランクさんは、ランスロットの偽の身分を信じてるしなぁ。
ほんとのこと知ったら、倒れるかもな。
「ランス、フランクさんが代わるって」
「そうか、じゃああとは頼んだよ。ブラウザー伯爵家にも人をやって、使用人用に1本届けてやって欲しい」
「はい、かしこまりました」
フランクさんに引き継ぎをしたランスロットは、汗をぬぐう。
オレは水筒を差し出した。
「アンネリーゼの流水で入れたお茶だ、驚くぞ?」
「見たことがないわくわく顔でいうね。どれどれ」
一口飲んで、ランスロットは顔色を変えた。
屋敷では、平民よりおいしい流水を出す使用人がいるだろうが、アンネリーゼに勝てるわけない。
「こんな……こんなに違いがあるのか!? 流水で?」
「そうなんだよ。使徒ってすごいよな」
「自分の流水が飲めなくなるね……」
感動しているランスロットに、報告を聞いていたフランクさんがまた戻ってきた。
「闇の使徒がポーションを配布していた時間、残っていた露店の一部の商人も受け取ったと、正気になった兵士から報告されました。手分けして冒険者が家を訪ねて回っていますが、まだ30人以上の被害者がいそうです」
オレは先に駆け出した。
アンネリーゼに伝えなきゃ。
こんなにコールドポーションを作らされて、ほんとうに平気なのか?
でも、街はいまアンネリーゼを必要としてる。
オレは、いくらでも走るから。頑張ろうな、アンネリーゼ。




