第25話 邪神の使徒とアンネリーゼ
怒鳴り声、罵倒。
物を叩く者。
大通りは、怒り狂った大人たちが暴れていた。
私はロザリーさんが心配になったが、露店のほとんどはもう撤収している。
大丈夫だったみたい……。
でも、お酒の屋台や軽食の屋台は出ていて、お客らしき人たちと言い争っている。
「走ろう、アンネリーゼ」
「うん!」
なんだろう、暴動……?
露店じゃない店舗の、窓ガラスが割られる音がして首がすくむ。
「表から入ったら、凄いことになりそうだ。裏口に行こう」
冒険者ギルドの裏口のドアを、フェルが叩く。
ギルドの中にはお酒飲む場所もあったもんね。
確かに怖そうだ。
「……なんだ、フェルか。なにしにきた」
仏頂面のフランクさんが、顔を出す。
「栄養満腹ポーションの追加、持ってきた」
「……そうかよ。ガキがこんな時間、うろうろすんなよな」
フランクさんは裏口を開けてくれたけど、張りつめるほどの不機嫌は直らない。
明らかにおかしい。
フランクさんは、私が使徒だと知ってからは丁寧だったし、知る前から優しかった。
フェルもこんな言葉を投げられると思ってなかったに違いない。
表情がこわばっていた。
「栄養満腹ポーションが40本、一個大銅貨2枚だから銀貨8枚だな。じゃあ、早く帰れ」
品質を鑑定されなかったのは良かったけど、フランクさんは指でタンタンとテーブルを叩くのを止めない。
今までのフランクさんと違いすぎる。
緊急事態だし、仕方ない。こっそりフランクさんを鑑定してみた。
ごめんね、フランクさん……。
”フランク。ギルドマスター。46歳。憤怒状態。闇の神の使徒の手製の……”
手製の、なに!?
鑑定さんが未熟なせいで、途切れちゃったけど……。
私が嫌な気配に参ってた間に、邪神の使徒が手製の何かを配ってこの状況を起こしたんだ。
「フランクさん、なにがあったんですか? 闇の神の使徒から、なにか貰いました?」
「ああ……? アンタと違って、ただでポーションをくれたよ。あれはうまかったな……」
ポーション!?
「街の人にも配ってましたか?」
「ああ、そうだよ。なんだよ、質問ばっかり小うるせぇな……おい、誰かこれを上級冒険者に運べ! っち、誰もこないのかよ……仕方ねぇな、俺が運ぶか」
憤怒状態でも、フランクさんは暴れずに仕事している。
そこに、本当は優しいフランクさんの人がらが見え隠れする。
「さっさと帰れよ、ガキども!」
言い捨てて、フランクさんは栄養満腹ポーションを持って出て行った。
「なんで……どうなってんだよ、フランクさん……あんな物言い、今まで一度も……」
「フェル、真に受けちゃだめだよ! フランクさんは闇の使徒のポーションで、激怒してるの。本音じゃないよ」
今は、フランクさんが出て行って誰もいない。
空間収納(生)からコハクを出す。
『あれがギルドマスターかぁ。あのひと、アンネリーゼのポーションも飲んだのかなぁ』
「どうだろう……私の出した流水でお茶は飲んでたけど」
『ああ、だから他の人とは違うのか。わずかに理性があったね。でも他の人たちは、見事に邪神ノクス・ザヴィエラの瘴気でおかしくなってるね』
こういうことを食い止めるのが、私の使命のはず!
なにか、やれることはないかな……。
スマホをタップし続けて、私はレベルアップで増えたポーションの一つに目を付けた。
”コールドポーション……身に滾る怒りを鎮静化する、冷静になるポーション”
これだ、皆の怒りを鎮めるポーション!
「コハク、コールドポーションはどう?」
『体を冷やすポーションだっけ?』
「頭を冷やすポーションかな。冷静になって怒りを抑えるって書いてある」
「アンネリーゼ、みんなを助けられるのか!?」
「助けてみせるよ!」
特製魔力ポーションを飲んでてよかった。
必要な素材は……魔力水、太陽草、コルドの葉。
「ねえ、コハク。コルドの葉ってあったっけ?」
『新しい畑にあったのを摘んだよ~』
「じゃあ、大丈夫! 戻ってすぐ作ろう!」
ギ、と扉がふいに開いた。
「なにが大丈夫なのかな?」
黒髪に眼鏡をかけた、知的美青年が顔を出す。
見たことがない人だったけど、曇っていたフェルの顔が明るくなった。
「ランスロット! 無事だったのか、てめぇ」
「相変わらずの減らず口だな、フェル。なにか、手を貸そうか?」
ランスロットって、フェルが仲良くしていた貴族の人だったっけ。
確かに、着ているものはすべて質が違う。
シンプルな服装だけど、生地は全部絹だろうなあ。
「フランクにここに来たら会えると聞いたしね。しかし、まぁ……」
ランスロットの視線が、コハクに止まる。
そして、ランスロットは私とコハクに膝をついた。
なんか、こそばゆい……。
やっぱり、コハクで身バレするんだね。
「聖獣さまと使徒さま。わたくしはランスロット・クラウゼリアと申す子爵家の四男です。よろしければお仕えの神様とお名前をお教えくださいませ」
『ボクはコハク! 命の神のエヴァリディアス様の聖獣だよぉ!』
「私はアンネリーゼです。使徒になりたての錬金術師です」
ランスロットは、にこにこと片膝をついたまま私たちを見る。
遠慮のない視線だけど、緑の眼は人好きのする目だ。
「ランスロットさま、この騒ぎは闇の神の使徒の騒ぎです。私が、対策するポーションを作るのでお手伝い願いませんか?」
「アンネリーゼさま、ランスロットとお呼びください。是非、俺にやれることがありましたらお申しつけください」
お互いに、様よびはされたくないときた。
使徒は偉いらしいけど、貴族の人を呼び捨てていいんだろうか?
でも、フェルですら呼び捨ててるのを気にしてる様子はないし、規律にうるさくないタイプなのかも。
「今は急いでいるので自己紹介は改めて。アンネリーゼさま、俺に指示をください」
「アンネリーゼ、ランスロットはいいやつだ。万が一嘘ついたら、オレが教える」
そうだった、フェルは嘘が見抜けるんだった。
そんなフェルが信頼してるんだもんね。
私の心の中に問いかけても、警戒心は生まれない。
こんな大変なときだけど、人手は多いほうがいいに決まってる。
「ついてきてください、薬草を摘むのを手伝ってほしいです」
「わかりました」
私はコハクをまた空間収納に入れて、ランスロットとフェルと共に駆け出した。
走りながら、暴れている人たちを鑑定するけどフランクさんと似たり寄ったりだ。
フェルは、途中でカンテラを出すと「照明」と唱えてカンテラを明るくする。
ランスロットさまも、同じようにカンテラを持った。
やっぱり当たり前みたいに、空間収納もってるんだぁ。
「なんと。こんなところに家が……」
「ランスロットのとこみたいなお屋敷じゃないけど、すげえだろ!」
「アンネリーゼさまがいないと、この家には辿り着かないわけですね」
コハクを出すと、コハクとランスロットさまをペアにした。
フェルには、この激戦を戦うために夕食をお願いする。
これで、ランスロットさまが薬草を摘み、コハクが回復させ、私が作ることが出来る。
「コールドポーションが出来たら、俺とフェルとで飲ませにいきましょう。最初さえうまくいけば、あとは人海戦術で飲ませることができますから。一番大変なのはアンネリーゼさまですが、魔力を無理されないよう」
「そこはちょっと……裏技で頑張ります」
にこっと笑って見せると、ランスロットも微笑みかえしてくれる。
「コハク……ちょっと。あのね、今回のコールドポーションにも世界樹の葉を使っていい?」
『アンネリーゼの力がもっと強ければ、世界樹の葉に頼らなくても直せると思うんだけどねぇ、まあ、緊急だしいいよ』
こっそりとコハクの許可ももらい、世界樹の葉を数枚むしった。
錬金窯に魔力水をたっぷり用意して、私は素材が揃うのを待つ。
太陽草は、コハクが再生させまくったときにたくさんストックがある。
そうか、お茶の支度もしとこう。
フェルに残っていたポーションをテーブルに並べてもらい、私は小鍋にたっぷり流水する。
そして、お茶をいれてはやかんに注ぐ。
飲むとき冷めてるかもしれないけど、水かお茶を飲むか選べるもんね。
私が本格的に忙しくなったら、流水してる暇もないかもしれない。
「フェルも、私の流水いる?」
「ああ、あると助かるぜ」
野菜を刻んでいたフェルに言われて、大鍋にも流水を入れる。
そうこうしているうちに、ランスロットさまがカゴいっぱいのコルドの葉を運んできた。
「ありがとうございます、コールドポーションに取り掛かりますね」
「ポーション瓶のための魔石は足りますか?」
「昼間、たくさんホーンピッグを倒したから、それなりにあるぜ」
そう、ほぼ解体したのはフェル。
だから魔石もフェルが持っている。
「俺は仕事上、魔石はたくさん持っていますからいつでもお声がけくださいね」
そう言ってランスロットさまは、私の作業を覗きもせずに薬草つみに戻ってしまった。
「フェル、ランスロットさまも働きものだね?」
貴族って、なんとなく異世界ラノベのイメージだと動かないイメージがあったよ。
それに、ランスロットさまの手はゴツゴツしていたな……。
「アイツは変人だからな。なんでも言っていいんだぞ」
それでいいのかな……。
でも、今はそれどころじゃない。
ランスロットさまが働いてくれるなら、どんどんお任せしよう。
錬金窯に、コルドの葉を足して世界樹の葉を一枚入れる。
「――我が元に具現化せよ! 再構築」
邪神の使徒のポーションで、暴徒になってしまった街のみんなを助けてみせる。
転生させてくれて、この世界に送り出してくれたエヴァリディアス様に恥じない働きをしないと!




