第20話 フェルの内心①
オレは、急いで走るアンネリーゼの手を握った。
アンネリーゼは、この世界にきたばかりの使徒だ。
八歳なのに、オレよりどこか大人っぽい。
それに、いつも人のことを考えてる。
オレみたいな孤児院育ちは、半分流民みたいなもんだ。
オレは冒険者登録できて、やっと市民として認められたけど……たぶんアンネリーゼにはそういうことは関係なさそうに見える。
アンネリーゼは、オレのことをよく褒めるけど、それはオレのことを知らないからだ。
オレには、生まれた時から厄介なスキルを持っている。
スキルの名は、虚言看破。
つまり、どんな嘘でも見破れる。
孤児院は、嘘でまみれていた。
シスターも、孤児院長も「もっと食べなさい」という言葉の裏に嘘があった。
人気のある神様の神殿に併設されている孤児院は、お供え物に困らないというが、うちは人気のない石の神さまだ。
それに、本心で信仰してる人もほぼいなかった。
孤児院長ですら、祈る言葉に嘘があった。
十歳になってみて、アンネリーゼといるようになってから思う。
「もっと食べていい」という嘘には、食べるものがないという悲しい現実からきたものかもしれない。
でも、当時のオレにそこまでの分別なんかない。
世の中は嘘つきだらけだと憎んでた。食べたら迷惑なんだろう、と。
ただ、いいこともあった。
孤児院の外に出ると、悪い大人はたくさんいた。
ついてきたらいい仕事があるよ、という嘘には騙されることなく、嘘のない大人の仕事ばかり手伝っていたから損することはなかった。
あるとき、ギルマス相手に買い取った素材を持ち込んで、自分で討伐したと嘘をつくやつがいた。
オレは、オレなりの正義感でそれが嘘だと教えた。
ギルマスのフランクさんは、内緒にしてくれた。
けど、あるお貴族さまが、使用人同士の違う証言で誰がお屋敷の骨とう品を盗んだかが分からないと。
生産ギルドにも行ったが自白剤がないかと、フランクさんを頼ってきた。
フランクさんは、そうとう悩んでオレに話をもってきた。
困っているという声に嘘はなくて。
オレは、見えないところからどっちの話も聞いて、嘘だけ見破ると約束した。
それから、貴族の内々で嘘を見破れるものがいると仕事が殺到した。
嘘を見抜いたあとは、豪華な食事を食べさせてもらったり、気安く接してくれる人もいた。
でも、そう長く続かなかった。
嘘を見抜かれたやつらが、オレの存在に気づいたんだ。
仕事を解雇されたやつらが団結して、オレを追いかけてきた。
振り切るために孤児院に久しぶりに戻っても、やつらは追ってきた。
外で野宿していても、追跡はやまない。
魔物が多いエイムの森に隠れるようになってからは、もう他の街にいくしかないと思ってた。
もっと早くそうしても良かったのかもな。
でも、貴族の中でも話がわかるやつと最後に話したかった。
ランスロットという貴族の四男は、オレの虚言看破でお家騒動をまぬがれた立場だ。
誰かと話すたびに嘘に傷ついていたオレには、それなりにほっとする存在だった。
フランクさんとランスロットだけが、ホントのオレを知っている。
もう、それでもあきらめようかと思っていた矢先に、うそつき集団に見つかってしまった。
逃げまとっていたオレが出くわしたのが――アンネリーゼだ。
オレの信仰が、叶えられたと思った。
神様は嘘をつかない。
だから、どんな神様にもきちんとお祈りをしたし、救われたいと切実に願っていた。
オレは、そんなアンネリーゼにまだスキルのことを話していない。
こんなにも嫌われたくないと思ったのは初めてで――それでいて、アンネリーゼから一回も嘘は聞こえない。
一緒に住もうと言ってくれたときも。
アンネリーゼをおんぶから下ろしたときも。
もっと野菜を、ご飯をたくさん食べるように言ったときも。
いっさい、そこには嘘なんかなくて。
オレは、エヴァリディアス様にも祈ることにした。
エヴァリディアス様は、ふつう子供がほしい夫婦などが信仰する。
そして、信仰札が擦り切れると大体が感謝を示して返納して終わる。
あまり、一生崇められる神様ではないイメージだ。
いや、ランスロットが騎士の家族の中には信仰してる者がいるっていってたっけ。
「フェル、栄養満腹ポーションを届けたら、クッキーが10枚いれても余裕がある瓶の生成魔導具を帰りにかってきてもらっていい?」
エイムの森の入り口で、アンネリーゼが思い出したように口をきいた。
可哀そうに。身体強化をまだ使いこなせないアンネリーゼは、息が切れてる。
こんなに小さい女の子なのに、使徒としてやらなきゃいけないことも、自分の寿命集めもしなきゃいけない。
「急ぎじゃないんだけど、これから新しいポーションを作り出したら忘れちゃいそうで。フェルなら絶対覚えててくれるでしょ?」
「ああ」
嘘偽りなく、信頼されることが心地いい。
だから、オレも恥ずかしくても言おう。
「オレも、信仰札買ってきていいかな……? エヴァリディアス様の信仰札を下げようと思って」
「ありがとう! きっとエヴァリディアス様も喜ぶよ!」
紫紺の瞳に、笑みが広がる。
アンネリーゼがこんなに綺麗なのは、使徒だからかな。
でも、会わなかったらオレはきっと大事ななにかを失っただろう。
だから――たくさん感謝したいんだ。
エヴァリディアス様、ありがとう。こんなオレをアンネリーゼに会わせてくれて。
オレはオレの力がおよぶ限り、アンネリーゼを守るよ。
「はぁはぁ、着いた! コハクー! コハク―! 青羽草とタガルの葉は収穫してるー?」
『え~どうしたのアンネリーゼ。汗だくだよ?』
鑑定のないオレには、どちらも知らない葉だ。
「アンネリーゼ、オレが出来ることはあるか?」
「えーと、お昼ご飯をお願いね! 出来上がったら、フェルもまた冒険者ギルドにすぐ走るでしょ? 手軽なご飯だといいな」
「分かった!」
コハクさまが空間収納から色んな薬草を出している間に、オレはキッチンに向かった。
両手を浄化すると、魔導冷蔵庫を覗く。
神様が用意しただけあって、冷やすのに必要な魔石はまだまだ大きい。
普通はひと月も使ったら新しい魔石をセットしなきゃいけないけど、この大きさだと一年ぐらいは持ちそうだな。
ベーコンはなくなり、ハムがある。あとは多分オーク肉と、ワイバーン肉だ。
貴族のキッチンで、コックに見せてもらったことがある。
さしのはいり方と、霜降りが凄い。
あとは、マヨネーズやケチャップなんかの調味料。
それに、朝にアンネリーゼが作ってくれたふわふわの食パン。
孤児院で食べてた黒パンなんて、雑巾に感じるほどおいしい。
「パン、で挟むか……?」
アンネリーゼがブロッコリーと卵のサラダを作ってくれたときに、卵サラダの作り方は覚えた。
卵サラダを挟んで、あとは葉ものか……。
きゅうりだと水分が多いかもな。レタスにしとくか。
あとはハムを挟めば、充分豪華だと思う。
ただ、オレとアンネリーゼの豪華の判断は違う。アンネリーゼがきた別の世界では、一つの料理にたくさん具材を使うみたいだ。
オレの育ちが孤児院だから、孤児院視点になっちまうんだろうな。
ランスロットのところで食べたサンドイッチを思い出しながら、卵を茹でる。
レタスを取りにいったときに、トマトが目についた。
きゅうりと一緒で水分が多いけど、栄養はあるよな……。
ハムはまだあるし、トマトときゅうりとハムのサンドイッチも作ろう。
ほぼサラダだから、パンにはマヨネーズをぬって。
ハムは厚く切って、両面を焼こう。
少し離れたところで、アンネリーゼが錬金窯を使いだした。
薬草はあったんだな。
汗をかいたまま、錬金窯に魔力を満たしていくアンネリーゼはいつも神聖に見える。
コハクさまは、薬草畑に次の素材をとりにでかけていった。
オレが卵サラダを作り終える頃には、アンネリーゼは40本の栄養満腹ポーションを詰めていた。
「……きっと、数が足らないよ……でも、魔力がすっからかん……!」
エヴァリディアス様が用意したポーション瓶もなくなったらしい。
オレが、ネクターラビットの魔石をセットすると魔導具はどんどん新しくポーション瓶を生成し始める。
「とりあえず、あるだけ届けてくる! ないよりマシだろ」
「そしたら、フェル……魔力ポーションを買ってきて。品質が高いやつ。私も魔力が回復したら、まず魔力ポーションを作って、それからまた栄養満腹ポーションを作るから!」
多分、フランクさんに言えばそれくらいはただで融通してくれるはずだ。
なんなら、ポーション瓶用の魔石も用意してくれるかもしれない。
「ともかく、届けてくるからアンネリーゼはサンドイッチ食べてろ。あとは挟むだけだから」
「わかったぁ。あとは頼んだよ、フェル」
あとは、オレの仕事だ。
オレは空間収納に栄養満腹ポーションをしまうと足に身体強化をかけた。
しっかりとフードをかぶると、冒険者ギルドに向かって全力で走り始めた。




