第18話 アンネリーゼとクッキー①
目がぱっちりと開いた。
夢も見ずに、熟睡したみたい。
スマホを取り出すと、朝の六時半だった。
なんか暖かいな、もしかして暖房入ってる?
ごそごそと寝間着で起きだすと、居間は薪ストーブがついていた。
さては、もうフェルは起きてるな。
抱っこしていたコハクを起こさないように、そっと体を起こすと衝立の後ろで着替える。
今日の服は、パステルカラーのワンピース。
もっと作業に特化した服をきたいんだけど、エヴァリディアス様が用意してくれたのはワンピースばっかり。ズボンは寝間着だけだ。
うーん、お金貯めたら、服も買おう。
一番は、マジックバッグだけどね。
そうそう、朝のお祈りをしないとね。
「偉大なる命の神、エヴァリディアスよ。あなたの御力に感謝を。 あなたの御恵みに感謝を。その御加護が我らと共にあらんことを……」
キッチンはトマトスープがことことと煮えていて、ボウルに卵が溶いてある。
フェルは畑かな?
窓から畑を覗こうとしたら、玄関が開いてフェルがじゃがいもを持って現れた。
「おはよう、アンネリーゼ。早いな」
「おはよう。フェルこそ早いね」
「孤児院を出てから野宿生活だったから、柔らかいベッドに未だ慣れねんだよな」
フェルは恥ずかしそうに言って、頬をかく。
昨日私が作った魔導士ローブは、さっそく使っているみたい。
家の敷地内は安全だけど、そこまでするフェルは用心深いのかも。
「朝ごはん、なに作ってるの?」
「じゃがいもと卵でオムレツを、と思って」
「待って待って、それじゃあれも」
私は畑にかけて行って、ほうれん草と玉ねぎを掘り出してきた。
スパニッシュオムレツには、ほうれんそうは多いかもしれないけど、栄養を取っておくのは大事だ。
「ベーコンの残りをいれてもいいかもー」
「それは贅沢すぎないか!? 昨日あんなお腹いっぱい食べたのに」
そうか……フェルは孤児院での生活がメインで、私は健康だったころの日本の食生活が基準なんだ。
トマトスープも、トマトしか入ってないし。
「フェル、少なくとも野菜は取り放題なんだから遠慮しないでたくさん入れてね。ベーコンだって、賞味期限……痛んじゃう前に使いたいし。私はポーションが作れても、フェルの空間収納がないとギルドまで運べないんだよ? こっちの世界にきたばっかりで何も知らないし、フェルがいないと成立しないんだから、フェルにはたくさん食べて元気でいてもらわないと困るんだからね。もう孤児院じゃないから、遠慮しないで食べていいんだよ」
フェルはこくんと頷いた。
我慢して当たり前だったと思う孤児院生活から、どんどん私が食べさせなきゃ。
ポーション類は少なくとも売れるし、そんなに贅沢しなきゃ肉も森で狩れるんだし、食うに困ることはないはずだ。
「頼んだよ! 相棒」
フェルの手を握ると、フェルは嬉しそうに笑った。
私の手を握りかえす手は、あたたかい。
「相棒か、いいなそれ。引き受けた」
気のせいでなければ、藍色の瞳は少し涙でにじんでいた。
たまねぎの皮を剥いている私の隣にたつと、フェルはじゃがいもの芽をとって皮をむいていく。
私が、じゃがいもは七ミリ程度のいちょう切りにすると教えると「そんなに分厚くていいのか……」と呟く。
そういえば、カレーの具もフェルのはけっこう小さくカットされていた。
前世年齢二十二歳としては、もっと早く気が付けばよかった。
スパニッシュオムレツを作っているあいだ、フェルはぽつぽつと孤児院の生活を教えてくれた。
一日二食のスープとナッツ、そしてたまにチーズ。
スープの具材は少なく、そもそも流水がよくないので葉っぱの味しかしなかったらしい。
でもその時は、私の流水の味も知らなかったし、とにかく空腹だったのでそれでも満足だったそうだ。
フェルは孤児院では孤立していたらしく、五歳で生活魔法を授かると薪取りや、厨房仕事を教わったという。
食べ物は年長者が優先され、おやつなどは食べたことがなかった。
半年前に十歳になったところで、フェルは冒険者ギルドに登録して雑用をしながらこのエイムの森で飢えを凌いでいた。
私のように鑑定は持っていなかったので、何度か毒にあたったこともあったようだ。
途中、親切なひとに会い、お腹もふくれて屋台で買い食いできるレベルでお金も入ったので孤児院にはよりついていないという。
「ほんとは十二まで孤児院にいていいんだ。十二で成人だし、孤児院生まれのやつはだいたい住み込みで仕事につくから……でも、オレは戻りたくない。オレは集団生活に向いてないと思う」
傲慢かもしれないけど、もうフェルに飢えてほしくない。
ポーションはたくさん作るし、フェルのことももっと頼っていこう。
フェルが自分は役立たずだなんて思い始めたら、それは私の配慮不足だ。絶対そんな思いはさせちゃダメ。
けど……フェルは私よりずっと思いやりが強いと思う。
今日みたいに、起こさずにご飯の用意してくれたり、歩くときも速度を確認してくれたり。
そんなフェルが、集団生活に向いてないなんてことがあるかな?
もしかすると、フェルが追われてる理由と関係するのかもしれない。
「フェル、なんでも我慢せずに話してね。ほら、私はまだ常識がないし」
「気にしかたがへたくそだな、アンネリーゼは。オレは……多分、アンネリーゼにならなんでも話せる、と思う。だから心配すんな」
多分じゃあ困るな。
でも、フェルは私の髪をくしゃくしゃにするとフライパンに卵液を流し始めた。
私はコハクを起こしにいった。
あつあつで食べてほしいからね。
***
朝ごはんのあと、私はポーション20本。魔力ポーション20本。匂い消しポーション20本を錬成した。
クッキー100枚は、エヴァリディアス様からご褒美でもらった紙袋に10枚ずつ包装して9袋になった。三枚は私たちが味見しちゃって数が足りないからね。
今日のエヴァリディアス様のToÐoリストは、①冒険者ギルドに納品すること②ポーションを作ること③アグーレの実をとることの三つだ。
エヴァリディアス様って、私たちのこと見てるよね……?
優しいToÐoリストで助かるけど。
「アンネリーゼ、こっち」
魔導士ローブをかぶったフェルが、私の手を引く。
今は、冒険者ギルドにまっしぐらだ。
「アンネリーゼが今一番欲しいものはなんだ?」
「やっぱりマジックバッグかなぁ。私の空間収納はいきものしか入らないし」
「じゃあ、しばらく食費は節約して、貯金しながらマジックバッグを買うことを目指すぞ。アンネリーゼが栄養を気にしてるのは分かるけど、食費にばっかお金使ってらんねぇからな」
「たしかに!」
今の所持金は銀貨1枚と大銅貨7枚。
匂い消しポーションが大銅貨1枚で売れたとしても、マジックバッグはきっと高い。
「フェル、マジックバッグっていくらするの? どこで売ってるかわかる?」
「冒険者ギルドに売ってるぞ。値段は……買おうと思ったことないから覚えてない、わるい」
まあ、空間収納もってたらマジックバッグはいらないもんね……。
ん? もしかしてマジックバッグって全然売れないんじゃ……。
「他にマジックバッグって誰が買うの?」
フェルが、通りすぎる人ごみの中を軽く指した。
「あの人と、あの人はマジックバッグだな。バッグをみたら、マジックバッグだと思えばいい。露店で野菜を大量に売ってる人とか。あとは貴族の使用人なんかは、空間収納はプライベート。マジックバッグは仕事用に持ってることが多いな。貴族も、自分のモンを空間収納に入れられるのは気分がわりぃだろうからな。あとは稀に空間収納を持ってない人もいる」
ふむ……なるほどね。
でも、それってバッグを盗まれたらひと財産が消えちゃうんじゃ?
私も、せっかくマジックバッグが買えたとして中身もバッグも盗まれたら悲しすぎる。
「フェル、すりとかに狙われない?」
「すり? ああ、物取りか……まあ、普通はしねえんじゃないか? 相手に恨みがあるとかならともかく。マジックバッグは初めて使うときに、魔力登録するからな。バッグ奪っても中身は出せないし、自分の荷物もいれらんねぇし、何の得もないぜ」
そっか、個人登録できるんだ。さすがファンタジー。
それなら、盗まれることもないね。
「マジックバッグを作るのは、錬金術師? それとも魔導士?」
「空間魔法のスキルがないと、バッグに付与できねえな。孤児院にも空間魔法が使えるやつがいたけど、すぐに引き取られてたな」
むむむ、まだこの世界の常識に慣れるまで時間がかかりそうだな。
空間魔法使いかぁ。
マジックバッグを作り放題な能力、羨ましい。
そんな話をしながら、私たちは冒険者ギルドに入った。
さて、クッキーと匂い消しポーションはギルマスのお気に召すかな?




