6.宇宙からの声
美咲は夫から特別の携帯電話を受け取っていた。宇宙と交信できる緊急連絡用のアイテムだった。美咲は恐る恐る電話をかけてみた。
「こちら宇宙ステーション管理局です。何か有りましたか?」
美咲はドキドキしながら声を発した。
「あの、こちら田中飛行士の家内です。どうしても連絡したいことが・・・」
暫く沈黙が有った。内容を訊くべきか迷っていたようだ。
「分かりました。お繋ぎします。一旦切ってお待ちください」
暫くして、初めて聞く不思議な受信音が鳴った。画面には、見慣れない番号が表示されている。恐る恐る電話に出ると、受話器の向こうから、聞き慣れた、しかし、どこか遠い声が聞こえてきた。
「…美咲か?」
その声は、夫、田中のものだった。
「…あなた!? 元気ですか?」
美咲は、驚きと喜びで、声が震えた。
「あー、元気だよ。7人のクルー全員元気だよ」
田中の声は、電波に乗って、わずかに遅れて聞こえてくる。彼は、美咲に、宇宙ステーションでの生活や、クルーたちに温かく迎え入れられたこと、そして、彼が満月だと思っていた記憶が、地球だったという事実を興奮気味に語った。
美咲は、夫の声を聞きながら、胸が締め付けられるような思いだった。彼は、今、確かに宇宙にいる。だが、彼が宇宙にいる理由、そして、これから彼に起こるであろう出来事を考えると、どうしても素直に喜べなかった。
そして、美咲は、意を決して、あの男から受けた依頼について話した。
「あのね…実は異星人と名のる人と会ったの」
「え!」
田中の声が、わずかに強張るのが分かった。
「…彼は、あなたに、宇宙から地球の自然を守るメッセージを発信してほしい、と。宇宙ステーションから、直接、国民に語りかけてほしいって…」
「…なぜだ?」
田中の声が、急に低くなる。
「彼が言うには、宇宙飛行士OB会の会見は、国民に刺さらなかったから、だって。そして、彼は、SNSに、宇宙人からのメッセージを流した、って言っていた…」
美咲の言葉に、受話器の向こうの田中は、無言になった。
「宇宙飛行士の会見も異星人のメッセージも知らない。詳しく教えて」
美咲は地上で起こった出来事を詳しく報告した。
「そして、男は私に宇宙からメッセージを出すように言ったのだね?」
「そう、携帯電話で伝えて欲しいと・・・」
「分かった。考えてみるよ」
美咲は話が通じたと安堵して電話を切った。しかし、その交信が田中を悩ませることだとは知る由もなかった。
電話を切った後、田中は作業に戻らず考えていた。田中は混乱していた。今までの事を振り返った。
男は私が異星人だと言った。宇宙船を乗っ取り、田中に成りすまして地球に帰還した。ところが着陸時の事故で私は記憶を喪失してしまった。彼は失った記憶は異星人の記憶だと言った。私は再びこの宇宙船に戻ってきた。何事もなく、順調に宇宙ステーション建設工事を進めていた。この時点で彼の話は虚言であったことが明らかだ。当然、彼も虚言がバレた事は分かっている。彼が美咲にも近づいた。そして美咲にも虚言を言った。ここまでは想像がつく。
「しかし」
思わず声を出してしまった。誰も聞いていなかった。
・・・彼は堂々と美咲に異星人だと名乗り、そして私に頼みごとをしてきた。どう理解すれば良いのだ。彼は、SNSにメッセージを流し、そして、自分に、宇宙からの発信を求めている。
田中は、再び、あの男の言葉が、妄言ではないのかもしれない、という疑念を抱かなければならなかった。そして、その疑念は、彼の心の中で、再び嵐のように渦巻き始めた。
その日の夜、田中は、宇宙ステーションの窓から、美しく輝く地球を見つめていた。この星を、本当に守らなければならないのか。そして、そのために、あの男の依頼に応じるべきなのか。
彼は、自分の失われた記憶と、そして、家族との未来との間で、再び、深く悩まなければならなかった。しかし、あれだけ悩まされた<私は異星人かもしれない>という悩みではなかった。




