5.奇妙な依頼
宇宙飛行士OB会の会見で国会が紛糾し、謎のメッセージ動画がSNSで拡散された数日後、美咲の元に一人の男が現れた。
美咲が公園で子供と遊んでいる時に男は静かに声をかけた。
「田中美咲さんですね」
美咲は、その声に振り返り、男の顔を見て、一瞬、息をのんだ。彼は憔悴しているように見えた。
「ご主人は私の事何か言っていましたか?」
美咲は訝しそうに男の顔を見た。
「何も聞いていません」
「あの動画…見ましたか?」
男は、そう言って、美咲の反応を窺うように見つめた。
「なんの動画ですか?」
美咲は、戸惑いながら言った。
「異星人のメッセージです」
「…はい。でも、あれは…」
「そうです。私が発信しました」
男は、美咲の言葉を遮るように、はっきりと告げた。その言葉には、一切の躊躇いがなかった。美咲は、その真剣さに、彼が嘘をついているとは思えなかった。
「そうです。私は異星人なのです」
定かには信じ難かった。夫はこの男に遭ったことが有るのだろうか?美咲は考えた。もし遭っていたのなら、なぜ私にそのことを言わなかったのだろう?
男は美咲の表情を無視しているように言った。
「私は、宇宙飛行士OB会の訴えが、国民に刺さっていないのを残念に思います。彼らの言葉は、全て真実です。しかし、彼らは、もう宇宙ステーションを降りてしまっているからです。彼らの言葉には、切実さが足りません。もはや国民と同じ地上の人間です」
男は、熱を込めて語り始めた。
「私は、田中飛行士に、宇宙から、直接、国民に呼びかけてほしいのです。彼が宇宙から語る言葉は、国民の心に深く響くでしょう。それが、この星を救う、唯一の方法です」
美咲は、男の言葉に、心を揺さぶられた。夫の言葉が、この国を、そして、この星を救うかもしれない。
「…私に、何をせよと?」
美咲は、男に尋ねた。
男は、美咲の真剣な眼差しに、わずかな希望の光を見た。
「田中飛行士に、宇宙から、国民に語りかけてほしいのです。そして、その言葉が、国民の心を動かすでしょう。それが、この星を救う、唯一の方法です」
男の言葉は、美咲の心を、再び揺さぶった。彼女は、かすれた声で再び尋ねた。
「私は何をするのですか?」
「あなたは田中飛行士から宇宙と交信できる携帯電話を受け取っているはずです」
それは一般国民の知り得ない情報だった。美咲は「何故それを?」と言いかけたが慌てて飲み込んだ。本能的に、知らないふりをした。男は再び美咲の表情を無視しているように続けた。
「その携帯でご主人に語り掛けて欲しいのです。宇宙飛行士OB会の訴えたことを宇宙から訴えて欲しいのです。そしてそのことを私から頼まれたと言ってもらえば、きっと解ってもらえます」
「…分かりました。私にできることなら…」
男の顔に、わずかな安堵の表情が浮かんだ。しかし、その安堵は、まるで狂気が作り出した幻のようだった。
美咲は、知る由もなかった。 この男が、夫の言葉を借りて、自分の欲望を叶えようとしていることを。そして、その言葉が、夫の運命を大きく変えることになることを。




