夕暮れ時の2人
「……きれい」
「ああ……」
窓の外に見えるなな色に輝く虹を見つけた晃輔たちは、二人してその幻想的な光景に見惚れていた。
「なな」
「なに?」
「折角だし、気分転換に散歩に行かないか?」
「……うん」
晃輔がそう尋ねると、ななは静かに首を縦に振った。
「そしたら、少しだけ時間ちょうだい。今日は家出るつもり無かったから髪とかやらないと……あと、顔もぐちゃぐちゃだし」
そう告げるななは先程まで晃輔の腕の中で泣いていたためか、ななの目は少し腫れている。
「別にそのままでも十分問題無いと思うんだけど……?」
正直、このまま外に繰り出しても特に問題無いよな、と晃輔は思った。
一緒に暮らしているから分かるが、ななは普段から身なりなどには特に気を遣っているためか、顔は目こそ少し腫れているが、いつもの手入れのおかげか髪はさらさらで綺麗だし、お肌も普段からの手入れですべすべで何ら問題は無いように見える。
「……そう?」
「! ……おう」
晃輔の腕の中にいるななが上目遣いでそう言うので、晃輔はそれだけで心臓がどきりと跳ねる。
「……ん……やっぱり十五分時間頂戴。すぐ終わらせるから」
「その間に虹消えそうだな」
「別に良いでしょ? 散歩が目的なんだから」
「だな。それじゃあ俺も着替えるから十五分ぐらいしたら出ようか」
「ええ、楽しみね」
ななはそう告げると、何故か嬉しそうな表情で自室に向かっていた。
あっと言う間に十五分が経ち、晃輔とななの支度が終わり二人は家を出ると、既に虹は消えていたが、代わりに、眩しすぎる程の夕焼けが辺りを橙色に染めていた。
「綺麗ね」
「ああ」
マンションを出た晃輔とななは、すぐ隣の海を眺めながら歩ける公園まで歩きに来た。
公園は整備された広い道路が続いており、海を眺めながら歩くことでき、ランニングコースや散歩のコースに使用されている。
「朝あんだけ降ってたのに、まるで嘘みたいだな」
「ふふ、そうね」
夕暮れ時の公園には仕事終わりのサラリーマンや犬の散歩をする人が行き交っており、晃輔たちの周りを見ると、晃輔やななと同じ若いカップルや老夫婦が仲良く手を繋いで公園に佇んでいる。
「……」
見てるこっちが恥ずかしくなるため、晃輔は出来るだけその光景を直視しないようにしてななの方を見ると、ななも同じ事を思ったのか、晃輔と同じように行き場を無くした視線が晃輔に向けられ、頬を紅潮させたななと目が合うという形になった。
晃輔とななは互いに目を合わせるが、恥ずかしくなってしまい二人してすぐに別々の方向へ目を逸らした。
勇気を出してもう一度ななの方に目を向けると、ななは夕日と同じぐらい顔を真っ赤にさせて晃輔を見つめていた。
気まずくなって晃輔が目を逸そうとすると、逃さない、と言わんばかりにななが晃輔の手をぎゅっと握ってきた。
晃輔はどきりとして頬を赤らめつつ、その手を離さずにぎゅっと握り返し、そのまま手を繋いで二人で歩き出した。
晃輔は、自分の心臓の音がななに聞こえるのではないかと思った。
隣にいるななを見ると、夕日に負けないぐらいに顔を真っ赤にさせつつ、幸せそうな表情で歩くななを見て余計に心臓の鼓動が速くなった気がした。
晃輔とななは耳まで真っ赤にさせてしばらくの間無言で歩いていたが、やがてこの空気に耐えられなくなった晃輔が静かに口を開いた。
「そ、そういえば、もう少ししたら夏休みだな」
「そうね……でもその前に期末テストが先よ?」
「……」
テストという単語が出た瞬間、晃輔が思いっ切り嫌な顔をすると、それを見たなながふっと小さく微笑んだ。
「晃輔、そんなあからさまに嫌な顔しないの」
ななはどこか楽しそうな表情でそう告げる。
「いや、嫌な顔するだろ。好き好んで定期テストをやりたい、っていう輩がいたら逆に見てみたいわ」
「ふふ、そうかもね」
「テ、テストはともかく、ななは夏休みは楽しみなのか?」
「? それはそうよ。だって晃輔と一緒に遊べるんだから、楽しみよ?」
「! ……おう」
どういう風の吹き回しか分からないが、先程からななが素直になっていて、晃輔はななの言動ひとつひとつにドキドキさせらる……非常に心臓に悪い。
正直、家に帰るまでに晃輔の心臓が持ちそうにない。
「今年は色々と楽しみね。去年は去年で楽しかったけど、今年はもっと楽しそうね。行きたいところもあるし」
「海とか?」
「海もそうだしキャンプとか、久しぶりにしたいわね」
そう告げるななの表情はとても活き活きしており、ななからは、夏休みが楽しみ、というそんな感情が溢れ出していた。
「あと、みんなで家でお泊まり、とか」
「殆どあおいが前に言ってたことだな」
「! ……確かにそうかも」
「気付いてなかったのか……でも楽しそうだな」
「他人事みたいに言ってるけど、晃輔も決定事項だからね」
「マジか……」
「マジよ。それに、私は晃輔と遊べるのが何よりの楽しみなんだがらね?」
「そりゃあ……どーも」
満面の笑みのななにそう言われて嫌だ、と返せるほど晃輔の肝は据わってない。
ななのストレートの言葉に頬が内側から熱くなっていくのを感じながら、晃輔はなんとか取り繕う。
「楽しみ過ぎてテスト疎かにするなよ?」
「ふふ、それは大丈夫よ。今回も私は一位だから」
「すげーな……」
まさかの期末テスト一位宣言に晃輔は苦笑いしつつ、なななら宣言通りに一位を獲れるのではないかと思った。
「逆に頑張り過ぎて体調壊すなんてことは……?」
「それもしない……流石にね」
ななは定期テストが迫ってくるとかなり無理をしてしまうため、体調を壊してしまうことがある。
けれど、今回はそんな無理をするつもりはないようで安心した。
定期テストの度に体調を崩されたりしたら……ななを心配する晃輔の身にもなってほしいものだ。
「それに……頼っていいし、甘えても良いんでしょ?」
そう言って、ななは歩きながら晃輔に寄りかかり、ピタリとくっついてきた。
「……なな、歩きづらい」
ななと物理的に距離が近いため……むしろほぼゼロ距離のため、ななの体温やいい匂いがダイレクトに伝わってきて、悶えそうになる。
「聞こえないわ」
「えー」
「これからもっと甘えるし、頼るつもりだから」
ななは一旦晃輔から離れると、とびっきりの笑顔で告げた。
「改めて、これからもよろしくね!」
夕日に照らされたななは、大袈裟かもしれないが、絵画にしたら億ぐらいの値が付くのではないかと思うぐらい、とても綺麗だった。




