遭遇
「ふぅー、凄い楽しかったー!」
ステージから戻って来たあおいは、満足そうにそう呟いた。
結局、あおいのバク宙から始まり、そくてん、ハンドスプリングなど、ステージでやる動きではないものを次々に繰り出し、色々と観客の度肝を抜く、普通じゃない想定外の動きを見せ続けたあおいは、ショーを大いに盛り上げることができた。
「良かったな」
「良かったわね」
ただ、ショーが盛り上がった分、水しぶきはどんどん勢いを増した。
ショー後にアナウンスをしていたお姉さんの話によると、今回のショーは通常の三倍近く水が減ったらしい。
「それにしても、晃輔の服、びしょびしょね……」
びしょびしょの晃輔を見て、ななはそう告げた。
「ななは……意外と大丈夫そうだな」
「まぁ、ほら私はあおいの分も着てたから」
どうやら、晃輔がレインコートを三つ買ったのは無駄ではなかったらしい。
結局、晃輔が用意していたタオルをバッグから取り出して、館内を歩くのに支障が出ない程度に身体を拭いた。
「ありがとね」
「ん。大丈夫」
「ねぇねぇ、次はどこ行こうか?」
イルカショーで散々暴れ回ったあおいだったが、まだまだ遊び足りないらしく、あおいはうずうずとした様子だ。
「取り敢えず、クラゲの所と、触れ合いができる所に行こうかと思ってる。あとはお土産のところも」
「やったー!」
晃輔がそう言うと、あおいは心底嬉しそうな表情をした。
「見るのも良いけど、その前に、そろそろお昼ご飯にしましょう」
「そうだな。そろそろ良い時間だし、食べるか」
腕に着けた時計を見ながらななはそう告げる。
時間で言うと十一時半を少し回ったところだ。
お昼にするには少し早いが、恐らくそろそろ混んでくる時間なのでちょうどいいだろう。
イルカショーの会場から歩いて晃輔たちがレストランに着くと、三人分の席を確保しそれぞれ食べたいものを注文した。
「可愛いー!」
「そうね、可愛い……」
ななとあおいは注文したもの見て、少し興奮した様子でそう告げた。
ななが注文したのは亀の形をしたメロンパン。
あおいが注文したのはカニの形をしたパンとヤドカリの形をしたパンで、晃輔はアザラシの形をしたパンとカワウソの形をしたパンを注文した。
どれもとても可愛らしく出来上がっており、食べるのが少し躊躇われる。
「お、こー兄のも良いねー。一つちょうだい?」
あおいは晃輔の注文したパンを覗くとそう告げる。
「駄目だ。自分のあるだろ」
「えー、ケチー」
晃輔がバッサリと切ると、あおいは不満気に顔をぷくーと膨らませる。
やがてあおいは晃輔からパンを貰うのを諦めたのか、ななの方へ振り返った。
「ねぇ見て見て……おねえ、ちゃん? どうしたの?食べないの?」
「え。あ、いや……食べるんだけど……なんか、このパンたちが可愛い過ぎて食べられない……」
パンを凝視して固まっているななを見て、不思議そうな表情のあおいが尋ねると、ななは顔を若干赤くしながらそう告げた。
「ふ」
なながとても可愛いらしい発言をするので、晃輔は思わず吹き出してしまう。
「な、何で笑うのよ!」
「いや、ごめんごめん。ずいぶん可愛いことを言うなぁって思って」
「なぁ……!」
ななは顔を赤くさせて晃輔を睨むと、テーブルの下にある晃輔の足を蹴った。
「痛ッ」
足を蹴られた晃輔が、抗議の意を示すためにななの顔をジトッと見つめると、ななは顔を赤くしたままぷいっと顔を逸らした。
「……こー兄、お姉ちゃん、ここ家じゃないんだからさ……あんまり……ね?」
「ご、ごめん」
「ごめんなさい」
静かに晃輔とななのやり取りを見ていたあおいに、呆れたような表情でそう言われてしまった。
***
晃輔たちはお昼ご飯を食べ終わると、まだ見れていないクラゲのゾーンに向かった。
館内のクラゲゾーンは、半ドーム式の空間の壁面に大小異なる水槽があり、ホールの中央には球型水槽が配置されている。
「見てー! クラゲだよー!」
あおいはクラゲを見てテンション高めに声を上げた。
「クラゲね」
「クラゲだな」
「ねぇ、もうちょっと楽しようにしてよー」
「楽しんでるわよ」
「俺も」
「いや、そういうふうには見えないんだけど……顔がっていうか、二人共目が死んでるんだけど……」
クラゲゾーンでも元気なあおいとは対照的に、晃輔とななはとても静かにクラゲを鑑賞し、堪能していた。
「どちらかと言うと、こう……何でこんなにも凄く癒やされるのかしらね……」
「ほんと……だな……なんか凄いな……」
「……二人の語彙力が……」
「でも、ほんとに良いわね……」
「だな……」
午前中、あおいがやらかしたイルカショーの破茶滅茶によって肉体的にも精神的にも疲れていた晃輔たちにとっては、こういうクラゲがふわふわと水中を漂う空間は最高の癒やしとなっていた。
クラゲを見て癒やされた晃輔たちは、続いて生き物と触れ合いができるコーナーへ向かった。
「ねぇ見て!」
タッチプールにいたネコザメに手を伸ばし、ネコザメを触っていたあおいは楽しそうに告げた。
「このサメ、ザラザラしてるー!」
「うん? お、ホントだ、ザラザラしてる」
あおいの反応に興味を持った晃輔も、あおいと同じように水中にいるネコザメに手を伸ばす。
「たぶん、そのザラザラしているのはサメ肌ね」
晃輔の横にいたなながそう告げる。
かなり耳に近いところで、ななの声が聞こえたため、晃輔の心臓がどきりと跳ねた。
「へぇー。ところで、お姉ちゃんは触らなくて良いの?」
「私は大丈夫よ」
「そう? せっかくだから触ってみれば良いのにね?」
なながそう答えると、あおいは少し残念そうな顔をするも、突然にぱッと笑い、ななの手を取って水中に突っ込んだ。
「ちょっと!」
「ほら、怖くないよ〜。ね、お姉ちゃん」
ななが抗議の声を上げるも、あおいはそれを完全無視して無理矢理ネコザメに触らせる。
「……」
「そんな怖い顔しないで、ほらね。ザラザラしてるでしょ?」
「……そうね」
あおいに無理矢理させられた割には、ネコザメを触っているななの顔はまんざらでもなさそうだった。
***
「水族館ほんとに楽しかったねー!」
触れ合いコーナーを堪能した晃輔たちは、水族館を出て二人の住むマンションに向かった。
「そうね、楽しかったわ。ありがとうね」
「ありがとな、あおい」
「ううん、どういたしまして!」
晃輔とななに立て続けに言われて、あおいは珍しく照れていた。
このまま何事もなく終わってくれれば良いな、と晃輔は二人を見てそんなことを思っていた。
「「あっ」」
つい最近聞いたことあるような、聞き覚えのある声がした。
恐らく、声の主の一人は昌平でもう一人は希実だろう。
「「え」」
あっ、と言う声に反応した晃輔とななの声が重なる。
振り返ると、エントランスのところに見覚えのある集団がいた。
「えっと……な、なな?」
「え、楠木……と藤崎?」
「何でなながここに?」
「えっと……梨香子、潮谷、絢音……そっちこそどうして……?」
「な、何でお前らがここに……?」
まさかこんなところで、こんなタイミングで鉢合わせをするとは思わなかった晃輔は、その顔を思いっきり引き攣らせた。




