第五話:治るという恐怖
昼。
昨日の女が、戻ってきた。
息を切らしながら、扉を叩く。
「開けて……!」
(来たな)
俺はゆっくりと扉を開ける。
女の顔は――
昨日とは別人だった。
青白さは消え、目には光がある。
「……どうだった」
聞くまでもないが、あえて聞く。
女は、震える声で言った。
「……下がった」
「何が」
「熱が……一晩で……」
沈黙。
そして。
「弟が、起きたの……」
その一言で、全てが分かる。
(成功か)
「……そうか」
短く返す。
だが、内心は冷静に回っている。
(効く。ちゃんと効く)
つまり――
「再現性がある」
商売として成立する。
女は、俺の前に深く頭を下げた。
「ありがとう……本当に……」
「礼はいらない。金はもらった」
そう言うと、女は顔を上げる。
その目は、昨日とは違う。
絶望じゃない。
――信仰だ。
(早いな)
一回でこれか。
「……もう一つ、お願いがあるの」
「内容次第だ」
「近所の子も……同じ症状で……」
(来たな、拡散)
「銀貨三枚」
間髪入れずに言う。
女は一瞬だけ迷い――
「……分かった」
頷いた。
(完全に市場ができた)
「ただし」
俺は指を一本立てる。
「使い方は守れ。量もだ」
「うん……!」
「間違えたら、死ぬ可能性もある」
わざと低く言う。
女の顔が引き締まる。
(これでいい)
依存はさせるが、暴走はさせない。
「じゃあ、持っていけ」
薬を渡す。
女は大事そうに抱えて走っていった。
――その様子を。
見ている影があった。
「……面白い」
低い声。
振り向く。
男が一人、壁にもたれていた。
身なりが違う。
布じゃない。
革でもない。
きちんと仕立てられた服。
(……金持ちか? いや――)
「何者だ」
俺が聞くと、男は笑った。
「こっちの台詞だな」
ゆっくり歩いてくる。
「この辺りで“病が治る”なんて話、聞いたことがない」
「偶然だろ」
「偶然で人は救えない」
男の目が細くなる。
「薬、か?」
沈黙。
それが答えになる。
「……やはりな」
男は小さく頷く。
「自己紹介がまだだった」
軽く一礼する。
「私は、この地区を管轄している医師だ」
(医者か)
「つまり――」
男は続ける。
「君のやっていることは、私の領分だ」
空気が変わる。
さっきまでの客とは違う。
これは――
「競合だ」
俺は笑う。
「で?」
「やめてもらおう」
即答だった。
「無許可の治療行為だ。責任も取れない」
「責任なら取ってる」
「どうやって?」
「結果で」
一歩も引かない。
男の眉がわずかに動く。
「……危険だ」
「治らない方が危険だろ」
言い返す。
「君の薬が原因で死んだら?」
「君の治療で死んだら?」
沈黙。
数秒。
だが、その間に分かる。
(こいつ……)
完璧じゃない。
むしろ――
「治せてないな?」
核心を突く。
男の目が、わずかに揺れた。
「……」
「だから困ってるんだろ」
一歩、近づく。
「俺が“治してる”から」
空気が張り詰める。
「……利益目的か」
男が低く言う。
「当然だ」
「人の命を、金に換えるのか」
「最初からそういう世界だろ」
即答。
「違うか?」
男は何も言わない。
言えない。
(綺麗事じゃ回らない)
「君のやり方は、秩序を壊す」
「違うな」
首を振る。
「“既存の秩序”を壊すだけだ」
一歩下がる。
「で?」
「どうする。力づくか?」
男は、少し考え――
「……いや」
首を振った。
「話を変えよう」
(来たな)
「協力しないか」
予想通りの言葉。
「君の薬を、私が扱う」
「その代わり?」
「君は表に出なくていい。リスクも減る」
「利益は?」
「分ける」
(中抜きか)
俺は笑う。
「何割だ」
「私が七割、君が三割」
「却下だな」
即答。
男の目が細くなる。
「では?」
「俺が五割」
「……私が五割か?」
「ああ」
沈黙。
数秒。
「……君は強気だな」
「価値が違う」
一歩も引かない。
「薬は俺しか出せない」
事実だ。
「あんたは代替が効く」
静かに言う。
「だが俺は効かない」
空気が凍る。
「……なるほど」
男は、ゆっくりと笑った。
「面白い」
その目は、怒りではない。
興味だ。
「では――」
踵を返す。
「一度、持ち帰ろう」
「好きにしろ」
男は去っていく。
その背中を見ながら――
俺は呟く。
「医者は来た」
次は――
「ギルドか、権力か」
どちらにせよ。
「止まらない」
画面を開く。
【仕入れ】
指を動かす。
「次は量だ」
水。
パン。
薬。
全てを、倍に。
「供給を増やす」
そして――
「選ばせる」
買えるやつだけが、生きる。
シンプルなルール。
「……悪くない」
小さく笑う。
この世界は――
もう、掴み始めている。




