第四話:薬は、命より重い
翌朝。
まだ日が昇りきる前だというのに、外が騒がしい。
「……来たか」
扉を少しだけ開ける。
――人がいる。
昨日の男だけじゃない。
五十人。
いや、六十人。
全員、同じ顔をしている。
「欲しい顔だな」
恐怖と、期待と、焦りが混ざった目。
「開けてくれ!」
最初の男が声を張る。
「水、あるんだろ!?」
「パンもだ!」
「頼む、妹が……!」
言葉が重なる。
(もう“噂”が回ってるな)
俺は静かに扉を開けた。
「並べ」
一言。
それだけで、全員が素直に従う。
(いいな、この感じ)
秩序ができている。
「水は一本、銀貨一枚。パンは一個、銅貨五枚だ」
「買う!」
「俺もだ!」
「全部くれ!」
一気に声が上がる。
「順番だ」
冷たく言う。
それだけで、全員が口を閉じる。
(完全に“売り手優位”だな)
昨日仕入れた水は六十本。
パンは百五十個。
あっという間に売れていく。
「……助かった」
「こんな水、初めてだ……」
「パンが柔らかい……」
感謝の言葉が飛ぶ。
だが――
俺は一つも受け取らない。
(これは“慈善”じゃない)
全て、対価だ。
最後の一人に商品を渡し終えたとき。
残ったのは――
銀貨六十枚。
銅貨七百五十枚。
銀貨60枚 × 1000円 = 60,000円
銅貨750枚 × 100円 = 75,000円
合計は―― 135,000円(13万5千円)
「一日でこれか」
軽く息を吐く。
だが。
「……まだ足りないな」
視線を上げる。
そこに、一人の女が立っていた。
青白い顔。
震える手。
「……遅かったか」
俺を見る目は、絶望だった。
「水も……パンも……もうないのか」
「ない」
即答する。
女の肩が落ちる。
「そう……」
そのまま、ふらりと後ろに下がる。
「待て」
思わず声をかける。
女が振り向く。
「何だ」
「……何があった」
少しの沈黙。
そして、絞り出すように言う。
「弟が……熱を出してる」
(来たな)
俺の中で、何かがはまる。
「どれくらいだ」
「三日……水も飲めなくて……」
「医者は?」
「高すぎる……無理だ」
拳を握りしめている。
(典型的だ)
この世界の“弱者”。
金がない=死ぬ。
「……ちょっと待ってろ」
俺は中に戻る。
画面を開く。
【医薬品】
検索。
【解熱剤】
【経口補水液】
【抗生物質(簡易)】
【パン】
並ぶ商品。
(どこまで効くかは知らんが――)
「この世界よりは上だろ」
カートに入れる。
合計。
【1580円】
「安いな」
迷わず購入。
――ドン。
静かに現れる小さな箱。
それを手に取る。
外に出る。
「これを持っていけ」
女に渡す。
「……え?」
「薬だ」
女の目が見開かれる。
「く、薬……?」
「熱を下げる。水も一緒に飲ませろ」
「……本当、に?」
信じられないという顔。
「信じるかは勝手だ」
俺は肩をすくめる。
「ただし――」
一歩、近づく。
「タダじゃない」
女の体がこわばる。
「い、いくら……」
「合計銀貨五枚」
一瞬、空気が止まる。
高い。
明らかに高い。
だが――
「……払う」
即答だった。
(だろうな)
命がかかっている。
値段の問題じゃない。
女は震える手で金を出す。
銀貨五枚。
それを受け取る。
「使い方は分かるか?」
「わ、わからない……」
「教える」
簡単に説明する。
量。
回数。
飲ませ方。
女は必死に頷く。
「……ありがとう」
その一言だけ残して、走っていく。
その背中を見送りながら――
俺は呟く。
「水で信頼」
「パンで依存」
そして――
「薬で支配」
手の中の銀貨を鳴らす。
チャリン。
「完成だな」
画面を開く。
【履歴】
売上が並ぶ。
増えていく数字。
「次は……規模だ」
一人に売るんじゃない。
十人。
百人。
「独占する」
供給を握る。
価格を決める。
命を握る。
「……悪くない」
ふと、空を見上げる。
昨日と同じ星。
だが――
見え方が違う。




