第三十三話:囲む時間
翌日
扉が開く。
「いるかーっ」
「 飯を食べにきたぞ」
姫だった。
一歩、店の中へ。
視線がこちらに向く。
俺は言う。
「姫様」
一拍。
「今日は餅撒きを手伝ってくれたお礼に、珍しい料理をご馳走します」
姫が少しだけ興味を示す。
「ほう」
――しばらくして。
店の奥。
普段とは違う準備が進む。
食材はすでに揃っている。
通販で取り寄せたものだ。
肉。
野菜。
整然と並ぶ。
牛肉。
豚肉。
鶏肉。
鶏肉を除き、どれも薄く切られている。
姫が眉をひそめる。
「……薄い肉だな」
俺は答える。
「これが美味しいんですよ」
納得はしていない顔。
だが、否定もしない。
テーブルの中央に鍋を置く。
中には出汁。
火にかける。
やがて、ふつりと音がする。
「始めます」
器を並べる。
刻んだネギ。
紅葉おろし。
生姜。
ニンニク。
ラー油。
柚子胡椒。
ポン酢。
ごまだれ。
猫人が覗き込む。
「薬味と調味料、多くねぇか?」
リオナが静かに言う。
「味を選べる形式ですか」
俺が頷く。
「そう。味をいろいろと楽しめる」
さらに小皿をいくつか用意する。
「例えば――」
俺は手際よく混ぜていく。
「おろしポン酢。大根おろしをたっぷり」
「ピリ辛ポン酢。ラー油や一味を少し」
「ねぎ生姜ポン酢。長ねぎと生姜」
姫が興味深そうに見る。
「ごまだれも変えられます」
「ラー油でピリ辛」
「にんにくや生姜で香りを足す」
さらに小皿をもう一つ。
「これは合わせ技です」
「他にごまだれとゆずポン酢を三対一の黄金比で混ぜる」
猫人が笑う。
「いろいろあるな」
俺
「味のいいとこ取りです」
湯気が立ち上る。
俺は牛肉を一枚、箸で持つ。
「こうやって――」
鍋へくぐらせる。
「しゃぶしゃぶっと」
赤い肉が揺れる。
色が変わる。
深い赤が、薄いピンクへ。
そして、火が通った色へ。
引き上げる。
ポン酢へ。
口に運ぶ。
俺
「美味しい」
姫がじっと見ている。
「わらわもやってみよう。貸せ」
同じように肉を取る。
少しぎこちない動きで、湯へ。
鍋へくぐらせる。
色が変わる。
その過程を、見逃さない。
引き上げる。
ポン酢につけてそのまま口へ。
一瞬、静止。
「……美味しい」
さらに言う。
「柔らかい」
もう一度。
「この食べ方は斬新だ」
そして、別の肉でも続ける。
「肉が違うと食感が違うな」
俺は頷く。
「はい。部位や種類で変わります」
さらに付け加える。
「煮過ぎると固くなるので、通しすぎないように注意してください」
姫は今度はくぐらせた肉を、ごまだれにつけて紅葉おろしを乗せる。
一口。
「……新たな食感だ。こっちは重い……だが、いい」
「味が変わるのが面白いな」
「この食べ方は斬新だ」
「焼きでも、煮込みでもない」
姫は真剣だ。
「一瞬で決める……面白い」
俺
「みんなも食べてくれ。」
犬人も手を伸ばす。
猫人も。
リオナも。
次々と肉が鍋をくぐる。
「うまっ……!」
「軽いなこれ!」
「止まらねぇぞ!」
「薄い肉は柔らかいな!」
野菜も入る。
出汁が少しずつ深くなる。
笑い声が増える。
昨日とは違う。
奪う場ではない。
囲む場だ。
しばらくして。
俺は鍋を見て言う。
「――別の食べ方もあるんですよ」
姫が興味を示す。
「まだあるのか」
別の鍋を用意する。
残っていた肉を入れる。
そこに、
醤油。
砂糖。
火にかける。
じわりと音が変わる。
甘い香りが立ち上る。
猫人が顔を上げる。
「おい、匂いが変わったぞ」
肉に色がついていく。
濃く、照りが出る。
「これは……」
俺は言う。
「すき焼きです」
箸で取る。
そのまま口へ。
「……うまい」
姫も続く。
一口。
「……これは」
一瞬、言葉が止まる。
「濃いな」
だが、すぐに笑う。
「だが、よい」
「さっきとは全く違う」
「これも斬新だ」
猫人。
「こっちは穀物が欲しくなるやつだな……!」
犬人も頷く。
「焼き肉とは別物だな!」
リオナが静かにまとめる。
「同じ食材で、別の料理になる……興味深いですね」
姫が満足そうに言う。
「よいな、これ」
猫人が笑う。
「餅撒きの次は鍋か」
リオナ。
「文化が増えますね」
俺は鍋を見る。
湯気が、ゆっくりと上がる。
静かで、
温かい。
そして――
少しだけ、甘い香りが混じっている。
外の世界は変わった。
だが――
この場所もまた、確実に変わっている。




