第二十六話:仕組みの始動
――その夜。
閉店後。
店の中には、まだ熱が残っていた。
油の匂い。
火の余韻。
人の気配。
それなのに――静かだった。
「……正直に言う」
猫人が、椅子に崩れたまま言った。
「この店、人間の数が足りてない」
冗談じゃない。
疲労でもない。
ただの“計算”としての結論だった。
リオナも帳簿から目を離さずに言う。
「技術は問題ではありません」
「処理量が限界です」
「すまない。本日の日当は倍払う。」
そして俺は、厨房を見た。
鍋。
皿。
火口。
調理器具。
どれも複雑じゃない。
異世界から取り寄せた食材を――
切る。
温める。
盛る。
それだけ。
それだけなのに。
「……職人はいらない」
ぽつりと、俺は言った。
猫人の耳が動く。
リオナのペンが止まる。
「必要なのは、腕じゃない」
一拍。
「“仕組み”だ」
静寂。
その言葉だけが、店の空気に沈んだ。
俺は続ける。
「誰がやっても同じになるようにする」
「ミスが起きない構造にする」
「考えなくても動けるようにする」
猫人が目を細める。
「それって……誰でもできるってことだろ」
「ああ」
即答だった。
「誰でもできるようにする」
リオナが、ゆっくり顔を上げる。
「……逆に言えば」
「誰でも壊せる、ということでもあります」
鋭い指摘だった。
俺は頷く。
「だから“人”を選ぶ」
視線を外へ向ける。
窓の向こう。
まだ列は消えていない。
王都は、もう止まっていない。
「料理人を探すんじゃない」
「従業員を探す」
「才能はいらない」
「必要なのは、ルールを守れるかどうかだけだ」
猫人が笑う。
「それ、兵隊だな」
「料理兵だ」
俺も笑った。
だが、その笑いは軽くない。
リオナが静かに言う。
「教育は?」
「最低限でいい」
「切る」
「温める」
「出す」
「それ以上はいらない」
「むしろ邪魔だ」
空気が、少しだけ変わった。
“料理”という言葉の重さが、少しずつ薄れていく。
代わりに別のものが浮かび上がる。
――再現性。
――統制。
――拡張性。
猫人が腕を組む。
「じゃあ、採用はどうする?」
俺は外を見る。
人の熱。
期待。
ざわめき。
王が来たその余韻が、まだ街を支配している。
「人選はリオナに一任する」
一瞬、空気が止まった。
リオナがわずかに目を上げる。
「私が、ですか」
「ああ」
俺は続ける。
「条件は一つ」
リオナが聞く。
「何ですか?」
俺は言った。
「ルールを守れるやつだけ」
一瞬の間。
猫人が吹き出す。
「それだけかよ」
「それが一番難しい」
俺は淡々と返す。
リオナが小さく息を吐く。
「合理的ですね」
「そして最も選別しやすい」
「明日からだ」
俺は言う。
「看板を出す」
「“ここで働きたい奴は来い”」
猫人が顔をしかめる。
「雑すぎるだろ」
「でも、それでいい」
リオナが静かに頷く。
「それが一番“ふるい”になります」
外ではまだ、人が動いている。
噂が回っている。
王が認めた味。
それはすでに“事件”だ。
「……進むぞ」
俺は小さく言った。
誰に向けたでもない。
だが、全員が理解していた。
これは拡張だ。
終わりじゃない。
“仕組み”が世界に出ていく瞬間だ。
――王が認めた味。
それはもう、一つの店の領域を超えていた。




