第十二話:値段のない場所
翌朝。
広場は、昨日よりもさらに人で溢れていた。
「ジュース三つ!」
「パン追加!」
「発酵のやつもくれ!」
声が重なる。
列が伸びる。
止まらない。
(……ここまでは順調だな)
俺は少し離れた位置から、それを眺めていた。
そのとき――
「……あれ、なんだ?」
行商人の声。
視線の先。
広場の外に、馬車が止まっていた。
装飾付き。
護衛付き。
明らかに、ただの客じゃない。
「……来たか」
空気が少しずつ張り詰める。
人が割れる。
馬車の扉が開き、一人の男が降りてくる。
整った服。
落ち着いた足取り。
そして――
こちらを見る目。
(値踏み、か)
男はゆっくりと歩き、俺の前で止まる。
「お前が、この商いを?」
「ええ……まあ」
俺は軽く頭を下げる。
「細々とやらせてもらってます」
男の眉がわずかに動く。
「細々、ね」
周囲の賑わいを見て、ふっと笑う。
「随分と大きな“細々”だ」
「運が良かっただけですよ」
あえて強くは出ない。
まずは様子見だ。
男は少しだけ頷き――
本題に入る。
「この街で商売をするには、許可が必要だ」
「……やはり、そうですよね」
俺は素直に受け止める。
「勉強不足でした」
行商人が横で驚いた顔をするが、無視。
「規模も規模だ。税も発生する」
「承知してます」
「売上の三割」
ざわめき。
だが俺は、すぐには否定しない。
少しだけ考えるフリをして――
口を開く。
「……正直に言います」
男を見る。
「三割は、厳しいです」
「ほう?」
「仕入れが特殊でして……安定もしません」
嘘ではない。
「このままだと、長く続けられない」
静かに伝える。
「できれば、もう少し現実的な形でお願いできませんか」
強くは出ない。
あくまで“交渉”。
男はしばらく黙る。
そして――
「例えば?」
(乗ってきたな)
「優先的に商品を回します」
「新しいものも、最初に」
「その代わり――」
少し間を置く。
「割合ではなく、一定額でどうでしょう」
「……固定か」
「はい。売上に関係なく払います」
リスクはこっちが取る。
その分、自由は確保する。
男は少し考え――
視線を広場に向ける。
人の流れ。
商品の動き。
すべてを見ている。
「悪くない」
ぽつりと呟く。
「さらに言えば」
俺は続ける。
「もし外に広げるなら、協力します」
「外?」
「この街だけじゃ、もったいないでしょう」
男の目が細くなる。
「……ほう」
「量も調整できますし、情報もまとめて出せます」
あくまで、“使える商人”として見せる。
対立じゃない。
利用価値だ。
数秒の沈黙。
そして――
男は小さく笑った。
「いいだろう」
「三割はやめる」
ざわめきが戻る。
「代わりに――優先権と固定の上納」
「それで手を打とう」
「ありがとうございます」
俺は素直に頭を下げる。
男は一歩近づき、小さく言う。
「ただし」
「妙な真似はするな」
「……ええ」
「こちらも、長くやりたいので」
視線を合わせる。
火花は散らさない。
だが――
理解はした。
(これで繋がった)
男は踵を返し、去っていく。
空気が一気に緩む。
「……お前、さっきの何だよ」
行商人が小声で言う。
「普通に断ると思ったぞ」
「無理だろ」
俺は肩をすくめる。
「上には上のやり方がある」
広場を見る。
人が動く。
物が動く。
金が動く。
「でも――」
小さく呟く。
「これで、外に出せる」
その夜。
画面を開く。
【残高:増加中】
数字が伸びる。
止まらない。
「街だけじゃ終わらないな」
次は――
領地。
そして、その先。
「ゆっくりでいい」
無理に奪わない。
だが確実に広げる。
「全部、繋げる」
カートに入れるだけで、
世界は、静かに変わっていく。




