第十一話:飲み物の外へ
数日後。
広場の景色は――一変していた。
「泡酒一杯!」
「職人酒もあるぞ!」
「今日は新しいのも来てる!」
ざわめきの中。
俺は、新しく置かれた箱を見る。
(……そろそろだな)
「次、これ出す」
行商人に言う。
「……まだやるのか?」
半分呆れた顔。
「酒で十分儲かってるだろ」
「“酒だけ”だからダメなんだよ」
俺は箱を開ける。
中身を見せる。
「……なんだこれ」
並んでいるのは――
見慣れないものばかり。
パン。
瓶。
透明な液体。
色のついた液体。
「飲み物と食い物だ」
「は?」
その日の昼。
新しい札が貼られる。
――【焼きたてパン:銅貨二枚】
――【オレンジジュース:銅貨三枚】
――【リンゴジュース:銅貨三枚】
――【ブドウジュース:銅貨四枚】
――【お茶:銅貨一枚】
「……なんだこれ」
「酒じゃねぇのか?」
人がざわつく。
当然だ。
この町で“飲み物”といえば――酒しかない。
(だからこそだ)
「試しに飲んでみろ!」
行商人が叫ぶ。
半ばヤケだ。
最初の客が手を出す。
「……これでいいのか?」
リンゴジュース。
飲む。
止まる。
「……甘い」
静かに言う。
「……なんだこれ」
もう一口。
「うまい」
その一言で――
一気に流れが変わる。
「おい、俺も!」
「それ、子供でも飲めるのか!?」
「酒じゃねぇのか!?」
「酔わねぇぞ!」
人が、集まる。
酒じゃない。
だが――
売れる。
「こっちくれ!」
「パンもあるぞ!」
「温かい……!?」
焼きたてのパン。
香りが広がる。
(勝ちだな)
酒は強い。
だが制限がある。
酔う。
時間を選ぶ。
だが――
「これは違う」
いつでも飲める。
誰でも飲める。
「市場が、別だ」
夕方。
ギルドの中。
「……なんだこれは」
中央の男が呟く。
報告を聞きながら。
「酒以外で……売れてる?」
「はい……それも、かなり」
「客層が違います」
「女と子供が増えてます」
沈黙。
「……そんな市場、あったのか」
(なかった)
正確には――
「作った」
その夜。
リュカが瓶を手に取る。
「……これも、お前のか」
ブドウジュース。
「そうだ」
「……酒じゃないな」
「だな」
一口飲む。
止まる。
「……甘い」
「だろ」
「……だが」
少しだけ考える。
「これ、発酵させたらどうなる」
(来たな)
俺は笑う。
「やってみろ」
翌日。
さらに札が増える。
――【発酵果実酒(試作):銅貨六枚】
「はやっ……!」
行商人が引く。
だが――
リュカは止まらない。
「まだ足りない」
「もっといける」
(完全にハマったな)
広場。
酒。
ジュース。
パン。
全部が並ぶ。
人が流れる。
止まらない。
「なんだこの店……」
「全部うまいぞ……」
「他行く必要ねぇな」
(囲ったな)
飲み物。
食い物。
滞在時間。
全部、こっちに寄る。
「どうだ」
俺は行商人に言う。
「……やばいな」
本音が漏れる。
「酒だけの話じゃなくなった」
「ああ」
頷く。
「これは――」
一歩、先に進む。
「“店”じゃない」
視線を広場全体に向ける。
「“市場”だ」
だが――
その動きを見ている者がいる。
高い場所から。
「……好き放題やっているな」
貴族の屋敷。
窓の奥。
男がワインを揺らす。
「酒だけでは飽き足らず……」
笑う。
冷たく。
「食まで握るか」
グラスを置く。
「面白い」
夜。
屋根の上。
風が強い。
「……来るな」
俺は呟く。
酒は広がった。
飲み物も。
食も。
「次は――上だ」
なら次は。
権力。
貴族。
国家。
「いい」
口元が歪む。
「全部、飲み込む」
発酵は、もう止まらない。
それは酒だけじゃない。
この街、そのものだ。
そして――
その中心に、俺がいる。




