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オーバー・レブ・ヒストリー 〜車を愛し過ぎた少年の国家魔改造録〜  作者: tky
第1章:大正の世を動かす少年

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第九話:量産の壁と、見込み生産の狂気

一九二五年(大正十四年)九月。


世間では、上野から浅草にかけて日本初となる地下鉄の建設工事が本格的に始まり、帝都の地下を掘り進む巨大な土木事業のニュースが新聞を賑わせていた。


春の習志野演習場での劇的な勝利により、陸軍は九条型一号車を制式採用し、「年内に百台の納入」という巨大な契約を結んだ。


普通であれば、この発注を受けてから慌てて材料を手配し、生産体制を整えるのが大正時代の常識である。


しかし、三菱から借り受けた品川の「九条自動車工業・第一工場」の敷地には、すでに完成した九条型一号車がずらりと並び、壮観な在庫の山を築き上げていた。


俺は軍のコンペが行われる前から、勝利を確信し、見込み生産で工場をフル稼働させていたのだ。


「坊っちゃま。第二ロットの五十台、エンジンと足回りの組み付け完了しました。あとは軍の要望に合わせて、幌の取り付けと陸軍カーキの塗装を行うだけです」


主任技師の黒木が、工場内に響く機械音の中で誇らしげに報告してきた。


新設された生産ラインでは、集められたばかりの若い工員たちが、次々と流れてくる部品を手際よく組み付けている。


そこに、かつての工房にあったような、手作業によるミクロの調整作業は存在しない。


すべての工作機械と治具(固定具)の中に、黒木たち熟練工の「神業」がすでにプログラムとして溶け込んでいるからだ。


「黒木さんたちのおかげだ。治具の精度が完璧だから、誰が組んでも全く同じ車が出来上がる」


俺がラインを見渡しながら言うと、黒木は稼働する巨大な旋盤を愛おしそうに見つめた。


「俺たち熟練工の仕事は、部品を一つ一つ手で削ることじゃない。機械が絶対に狂わないように調整し、誰が操作しても一万分の一ミリの精度を出せる仕組みを造ることだったんです。職人の魂は、ちゃんとこの鉄の塊の中に生きてますよ」


冷たい工作機械の中に、職人たちの誇りと技術が確かに息づいている。


「このペースなら、年内百台どころか、民間向けの販売モデルも並行して造れますね」


「ああ。フォードに日本の道を走らせる隙など、一ミリも与えない」


俺は完成したばかりの車体を撫で、次なる一手を打つべく、父・正和と共に再び丸の内の三菱本社を訪れた。


今回の議題は、既存工場の間借りではない、「完全な新工場の建設」と「燃料となる資源権益の確保」のための、桁違いの追加融資である。


すでに軍の制式採用と、見込み生産による圧倒的な納入スピードという実績がある。重役たちの態度は、一年前とは打って変わって恭順なものになっていた。


「九条男爵、芳信君。君たちの九条自動車工業には、わが三菱が総力を挙げて追加融資を行い、完全な新工場の建設に着手しよう。だが……」


岩崎小弥太が、眼鏡の奥から鋭い目を向けた。


「芳信君。君は本当に、ただ車が好きなだけの子供なのかね? 軍を抱き込み、道路を造らせ、三菱に石油の権益まで押さえさせる。君には、国家を動かそうという恐ろしい野心があるのではないか」


「いいえ。最高の車を造り、最高の状態で走らせたい。僕の望みは、本当にそれだけです」


俺は無邪気に、しかし確かな狂気を孕んだ笑みを浮かべて見せた。


「ただ、そのためには世界の方を僕の車に合わせて作り変える必要がある。だからそうするだけです」


その純粋すぎる機械への執念に、歴戦の資本家たちは戦慄し、そして脱帽した。


三菱の莫大な資金が、九条自動車の血管へと流れ込む。


大正の世が終わりを告げ、新たな昭和の足音が聞こえ始めていた。


俺の造り上げた鉄の心臓たちは、無数のクローンとなって、この国の景色を黒いタイヤで塗り潰すための準備を完全に整えたのだった。

第2章も読みたいと思って頂いた方は、高評価とブックマークをよろしくお願いします。

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