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オーバー・レブ・ヒストリー 〜車を愛し過ぎた少年の国家魔改造録〜  作者: tky
第1章:大正の世を動かす少年

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第八話:黒船の影と、流線型の反逆

一九二四年(大正十三年)十一月。


三菱の資本で品川工場の稼働準備が進む裏で、俺は父と共に、内務大臣・若槻礼次郎の私邸を訪れていた。


「……九条男爵。お宅の坊ちゃんが、私に未来の地図を見せたいと言っているそうだが」


若槻は、眼鏡の奥の鋭い目で俺を値踏みするように見た。


その机の上には、俺が事前に提出した『帝都復興・道路舗装計画案』が置かれている。


「若槻大臣。今の東京の復興計画のままでは、道は泥濘のままです。私には、馬車ではなく自動車が物流の主役となる未来が見えています。そのためには、帝都の主要道路をすべてアスファルトで覆わねばなりません」


「アスファルトだと? 確かに欧米の主要都市では導入が進んでいるが、あれは高価だ。今の国費に、そんな余裕はない」


若槻が苦虫を噛み潰したように首を振る。


「財源はあります。軍事予算の一部を国防道路の名目で振り替え、さらに通行する自動車から燃料税を徴収する仕組みを今から整えればいいのです。それに、僕の背後にはすでに三菱がついています。土木事業への資本参加も取り付けてあります。これは単なる夢物語ではありません」


五歳の子供が、税制の仕組みから財閥の資本力までを交渉のカードとして切り回している。


若槻は深く息を吐き出し、やがて不敵に笑った。


「よかろう。君の熱意と、三菱の資本が本物か試させてもらう。まずは銀座の並木通り一箇所で、試験的に実施してみようではないか」


数週間後。


銀座の並木通りには、日本初の本格的な「アスファルト舗装」が施された。


スチームローラーが熱いアスファルトを押し固め、黒く滑らかな平原を造り上げていく。


俺は完成したばかりの舗装路に「九条型一号車」を停め、視察に訪れた若槻礼次郎を後部座席へと案内した。


「本当に、これが君の言う未来の道かね」


若槻が半信半疑の面持ちで革張りのシートに腰を下ろしたのを確認し、俺は静かにアクセルを踏み込んだ。


グォォォォォン!!


力強いエンジン音と共に、黒いタイヤがアスファルトをがっちりと掴む。


土の道では決して得られなかった凄まじいグリップ力が車体を押し出し、一号車は矢のように直線を駆け抜けた。


「なっ……馬車特有の突き上げるような揺れが、全くない……!」


若槻が驚愕に目を見開く。


車体は一寸の乱れもなく、無音に近い滑らかさで銀座の街並みを置き去りにしていく。


「若槻大臣。これが、自動車という機械が本来持つ性能です。この道が日本中に繋がれば、この国の物流速度は十倍になります」


俺が滑らかなブレーキングと共に車を停止させると、若槻は震える手で前席の背もたれを掴み、長く深い息を吐き出した。


「……負けたよ、芳信君。君の言う通りだ。この黒い道は、必ず日本を強くする」


若槻の言葉に、俺は確かな勝利を確信した。


だが、政治的な地盤を固める俺の前に、ついに真の「巨龍」が姿を現した。


一九二五年(大正十四年)初頭。


横浜に日本法人を設立したフォード・モーター社が、圧倒的な物量と実績を背景に、陸軍への食い込みを開始したのだ。


「芳信坊ちゃん。陸軍の上層部が、安くて実績のあるフォードを大量に買い付けるべきだと騒ぎ始めている。来月の習志野コンペ……そこで負ければ、すべてが水の泡だ」


進藤大尉が焦燥に満ちた声を上げるが、俺は油まみれのスパナを置き、静かに笑みを返した。


世界を席巻するアメリカの黒船を、この国の泥濘で迎え撃つ準備は、すでに行動をもって示してきた。


あとは、その結果を証明するだけだ。


季節は巡り、四月。


春の雨をたっぷりと吸い込んだ習志野演習場は、馬の足さえ抜けないほどの最悪の泥濘と化していた。


観閲台に陣取る陸軍の将官たちの横では、フォード社の日本法人代表と技術者たちが、泥にまみれた演習場を冷笑的に見下ろしている。


「オーマイゴッド。日本の軍隊は、こんな底なし沼を道と呼ぶのかね?」


仕立ての良いスーツを着た代表が、呆れたように肩をすくめた。


「構いませんよ、ボス。我々の誇るT型フォードは、世界中のあらゆる荒野を制覇してきた無敵の車です。極東の泥くらい、なんてことはありません」


技術者が自信たっぷりに笑い、スタートの合図を送った。


まず大量生産の象徴であるT型フォードが勢いよく走り出したが、その過信は一瞬にして打ち砕かれた。


細いタイヤは瞬く間に粘土質の泥に飲み込まれ、車体は大きくバランスを崩す。


「ゴッデム! もっとスロットルを開けろ! 止まるな!」


技術者が血相を変えて叫ぶが、非力なエンジンは虚しく泥を跳ね上げるだけで、車体は完全にスタックして沈み込んでしまった。


「ふざけるな! こんな路面状況で走れる車など、世界中どこを探しても存在しないぞ!」


フォードの代表が帽子を叩きつけて英語で喚き散らす中、将官たちは深い失望の溜息を漏らした。


その重苦しい空気を切り裂くように、進藤が震える声で告げた。


「お待たせいたしました。九条型一号車、走行テストを開始します」


静寂の中、演習場の入り口から姿を現したのは、鈍い光沢を放つアルミニウム製の流線型ボディを纏った異形の機械だった。


グォォォォォン!!


黒木がクラッチを繋いだ瞬間、二・〇リッターエンジンの太いトルクが後輪に叩きつけられた。


カーボン配合の黒いタイヤが泥をがっちりと噛み、車体は弾かれたように前方へ飛び出した。


「なっ!? あの加速、まるで平地を走っているようではないか!」


フォードが墓標のように立ち往生した泥の海を、九条型一号車は猛スピードで突き進む。


泥を高く跳ね上げながら軽やかにスラロームをこなし、そそり立つ急斜面を五十馬力の咆哮と共に駆け上がった。


頂上で車体が宙を舞い、砂煙を上げて着地する。


その瞬間、観閲台から割れんばかりのどよめきが沸き起こった。


フォードの代表と技術者たちは葉巻を落として絶句し、将官たちは身を乗り出してその圧倒的な機動性に釘付けになった。


「進藤大尉! 素晴らしい、実に素晴らしい! あれを明日から何台用意できるのだ!」


興奮した将官の問いに、俺は観閲台の隅から一歩前へ出た。


「品川の工場が、すでに稼働しております。必要なだけ、すぐにお届けしますよ」


アメリカの黒船を、俺の情熱と執念が完膚なきまでに叩き潰した瞬間だった。

第2章も読みたいと思って頂いた方は、高評価とブックマークをよろしくお願いします。

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