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オーバー・レブ・ヒストリー 〜車を愛し過ぎた少年の国家魔改造録〜  作者: tky
第5章:狂熱のハイウェイと、緑の地獄

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第67話:神の檻と、鉄の悲鳴

昭和二十六年(1951年)冬。


帝都の地下深くに存在する、統合防衛司令部の特別尋問室。


一切の窓がなく、無機質なコンクリートに囲まれたその部屋で、ドイツ連邦から「回収」された要人の一人は、手錠も鎖もされていない状態でありながら、絶望の淵に立たされていた。


「不法な拉致だ! 我々には主権国家の代表としての免責特権がある! 国際法違反として、貴国は必ず世界の法廷で裁かれることになるぞ!」


男は血走った目で喚き散らしたが、彼の前で優雅に紅茶を傾けている九条秀一の表情には、微塵の揺らぎもなかった。


「国際法、ですか。……ずいぶんと懐かしい響きですね」


秀一は薄く微笑み、手元にある分厚いファイルを開いた。


「あなたがたが縋り付こうとしているその『国際法』は、先週のジュネーブ会議で、私が中心となって条文を改定したばかりのものです。もちろん、サイバーテロや通信網への不正アクセスに対する即時的な『防衛的排除権』も、加盟国の満場一致で可決されていますよ」


男の顔から、さっと血の気が引いた。


「満場、一致……? 馬鹿な、我々に同調していた国もあったはずだ!」


「ええ。ですが、彼らは我が国の『特別排除作戦』――宣戦布告からたった一日で、一発の弾丸も放たず、一人の死傷者も出さずに、あなた方十二名が「回収」された様を見て、すぐに考えを改めたようです。九条のシステムが牙を剥けば、軍隊すらも自走する檻に変わる。その圧倒的な現実を突きつけられて、なおあなた方の味方をするほど、彼らは愚かではありませんでした。今頃は、あなた方をスケープゴートにして、いかに自分たちが無実であるかを証明する書類作りに追われていることでしょう」


秀一は立ち上がり、男の前に一枚の書類を滑らせた。


それは、ドイツ新政府が発行した、彼ら十二名の「国家反逆罪」における逮捕状と、日本への全権委任状だった。


「祖国に見捨てられ、法にも見放された。……これが、九条のシステムに逆らった者の末路です」


「悪魔め……! 貴様らは、世界を技術という名の奴隷にする気か!」


男がテーブルを叩いて立ち上がろうとした瞬間、秀一の瞳が氷のように冷たく細められた。


「奴隷? 勘違いしないでいただきたい。我々は、あなた方に『豊かさ』を与えたのです。九条の通信網、九条の物流、九条の医療。それらに依存し、自国で技術を育てる努力を怠ったのは、あなた方自身の怠慢に他ならない」


秀一の静かな、しかし絶対的な重みを持つ言葉が、男の精神を少しずつ削り取っていく。


「物理的な拷問など、野蛮な真似はしません。あなたはここで、世界が九条の規格ルールの中でどれほど平和に、そして狂信的に繁栄していくかを、その特等席で永遠に眺めていればいいのです」


男は力なく椅子に崩れ落ち、二度と抗議の声を上げることはなかった。


同じ頃、群馬の山岳地帯に完成した『九条国際サーキット』は、政治の静寂とは対極にある、狂ったような爆音とオイルの匂いに包まれ、異様な熱気に満ちていた。


芳信が発した「無制限」の招待状を受け、欧州およびアメリカから集結した各自動車メーカーのワークスチームが、連日テスト走行を繰り返しているのだ。


だが、そこに広がっていたのは、彼らが夢見た栄光の舞台ではなく、文字通りの『緑の地獄』だった。


「ダメだ! サスペンションが底を打つ! この理不尽なアップダウンは、サーキットというより山岳地帯の拷問具だ!」


イタリアの跳ね馬をシンボルとする名門チームのピットでは、メカニックたちが頭を抱えていた。彼らの持ち込んだ美しいV12エンジンを積んだフォーミュラカーは、直線でこそ九条のマシンに肉薄する速度を見せたが、連続するコーナーと急激な高低差に耐えきれず、次々と足回りを破壊されていた。


イギリスからやってきた老舗メーカーのドライバーに至っては、強烈な横Gに耐えきれず、ピットに戻るなりヘルメットを脱ぎ捨てて嘔吐を繰り返している。


「あんな重力、人間が耐えられるわけがない……! 九条の連中は、戦闘機のパイロットでも乗せているのか!?」


VIPラウンジの防弾ガラス越しに、その無残な光景を見下ろしている四人の姿があった。


神谷蒼、赤星健、氷室涼、そして橘マキの四人である。


「……ひでえ有様だな。世界を代表するワークスチームが、まるで初心者みたいにコースアウトしてやがる」


赤星が、ガラスに額を押し付けながら、どこか共感と蔑みの混じった表情で呟いた。


「当たり前だ。あいつらの車は『速く走る』ことしか考えてねえ。九条さんの言う『狂った物理法則』に耐える骨格ができてないんだよ」


氷室が腕を組み、鼻で笑う。


「でも、笑い事じゃないわよ。……あの中の何人かは、確実にコースの特性を学習しているわ」


マキが指差した先では、アメリカの『アイアンサイド・スペシャル』が、不格好ながらも確実なライン取りで連続コーナーをクリアしていく姿があった。彼らはマシンの限界を悟り、ドライバーの首を固定する特殊なハーネスを急造し、徹底的なデータ収集モードに切り替えていたのだ。


「その通りだ、橘」


神谷が、静かに口を開いた。


「彼らは今は無様だが、莫大な資金と国家のプライドを背負っている。この地獄の環境に適応するのは、時間の問題だ。……お前たち、あいつらに追い抜かれる覚悟はできているか?」


神谷の挑発的な言葉に、三人の若き「牙」たちは一斉に不敵な笑みを浮かべた。


「冗談じゃねえ。俺のテールランプを拝ませてやるよ」


赤星が拳を鳴らす。


「直線でまとめてミンチにしてやるさ」


氷室が野獣のように目を細める。


「せいぜい、安全運転の仕方を教えてあげるわ」


マキが優雅に髪をかき上げる。


芳信が世界に突きつけた「純粋な速度の戦場」。


国家間の陰謀や政治の駆け引きすらも、ここではエンジンの咆哮にかき消される。


『九条国際サーキット』での世紀の決戦が、もう間もなく火蓋を切ろうとしていた。

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