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オーバー・レブ・ヒストリー 〜車を愛し過ぎた少年の国家魔改造録〜  作者: tky@複数作品を同時連載中
第4章:軍縮と国防強化の先にあるもの

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第46話 極東の挑戦状と、平和への花嫁

昭和二十三年(一九四八年)春。


帝都・東京の中心に位置する壮麗なホテルの大広間は、穏やかな祝福の空気に包まれていた。


窓の外には、空襲の傷跡など微塵も感じさせない、活気に満ちた美しい街並みが広がっている。


九条家の長女である華子が、純白のウェディングドレスに身を包み、参列者たちの前で恥じらいながらも幸せそうな微笑みを浮かべていた。


新郎は、西條財閥の遠縁にあたる植物学者の青年であった。


兵器の硝煙やエンジンの油の匂いとは無縁の、純粋に花を愛する穏やかな男だ。


芳信は、会場の隅でシャンパングラスを傾けながら、姉の晴れ姿を静かに見つめていた。


「お前が軍や政治を縛り付けたおかげで、華子は心から望む相手と結ばれることができた。……感謝するよ、芳信」


隣に立つ兄の秀一が、感慨深げに呟いた。


「僕の趣味ではありませんよ。ただ、姉さんには静かなセダンが似合うと言っただけです。それに、僕自身もそろそろ年貢の納め時らしいですからね」


芳信が肩をすくめると、秀一は苦笑した。


芳信の婚約も、すでに内々に整っていた。


相手は、西條隆明が強引に引き合わせた、西條家本流の令嬢である綾子だ。


芳信の狂気にも似た「車への執着」を理解し、その隣で「面白い人」と笑ってのける度胸を持った、聡明で美しい女性であった。


乳母のお菊も、ついに「坊ちゃま」が身を固めることに涙を流して喜んでおり、九条家は今、完全な安息の時を迎えていた。


だが、芳信の視線は、幸福な宴の席から遥か遠く、海を越えた異国へと向けられていた。


史実であれば、この昭和二十三年という年は、敗戦国である日本が占領下で喘ぐ一方で、欧州ではポルシェ356が産声を上げ、イタリアではエンツォ・フェラーリが自身の名を冠した自動車メーカーを本格的に始動させる、自動車史における重要な転換点である。


しかし、芳信が強引に書き換えたこの歴史においては、世界の自動車メーカーの首脳陣は皆、極東の島国から届いた一通の「招待状」に度肝を抜かれていた。


九条自動車工業が主催する、賞金総額が国家予算規模に匹敵する国際自動車レース『第一回・富士インターナショナル・グランプリ』の開催通知である。


アメリカのフォードやゼネラル・モーターズは、自社の大量生産技術が世界一であることを証明するため、巨大な排気量を持つレーシングカーの投入を決定した。


一方、モータースポーツの伝統を誇る欧州のアルファロメオや、新進気鋭のフェラーリは、「アジアの新興メーカーにエンジン技術で遅れをとるわけにはいかない」と、プライドを懸けて徹底的にチューニングされた真紅の弾丸を送り込む準備を進めていた。


「西條の資本を湯水のように使って海外のメディアを煽った効果が出ているな。欧米の連中は皆、極東の怪物の鼻を明かしてやろうと躍起になっているぞ」


いつの間にか近づいてきた西條隆明が、芳信のグラスにシャンパンを注ぎ足した。


「彼らのプライドに火を点けるのが目的ですからね。血を流す戦争は終わった。これからは、技術とスピードで世界の頂点を決める『平和な戦争』の始まりです。彼らが本気で来なければ、我々が勝つ意味がない」


芳信はグラスを掲げ、不敵に笑った。


数日後、芳信の姿は富士の裾野にあった。


そこには、かつて泥濘の演習場だった荒野を切り拓いて造られた、巨大なアスファルトの帯が横たわっていた。


全長六キロメートルに及ぶ、超高速の直線と複雑なコーナーを組み合わせた、世界最高峰の規格を誇るサーキットの建設現場である。


すでにコースの舗装は完了し、数万人の観客を収容できる巨大なグランドスタンドの建設が急ピッチで進められていた。


「総帥、テスト走行の準備が完了しました」


作業着姿の黒木伝蔵が、ヘルメットを抱えて芳信の元へ走ってきた。


ピットレーンには、太陽の光を弾いて輝く流線型の車体が静かに息を潜めている。


九条自動車がこのレースのために開発したスポーツクーペ、『紫電』のプロトタイプであった。


軽量なアルミ合金製のボディの下には、神崎の海軍航空隊で培われた航空力学のデータが惜しみなく注ぎ込まれている。


そして心臓部には、戦闘機のエンジンを極限まで小型化し、高回転型にチューニングした五リッターV型十二気筒エンジンが搭載されていた。


芳信は自らステアリングを握るテストドライバーに歩み寄り、窓越しに声をかけた。


「いいか。遠慮はいらない。あのストレートで、限界まで回してこい。ゴムが焼き切れるまで、悲鳴を上げさせろ」


テストドライバーが力強く頷き、ゴーグルを下ろした。


次の瞬間、V12エンジンが目覚め、耳を劈くような甲高い咆哮が富士の裾野に轟いた。


それは、かつての泥濘を這いずり回る無骨なトラックの音でもなく、空を舞う兵器の音でもない。


純粋に「速さ」だけを求めた、芸術品のようなエキゾーストノートであった。


『紫電』はピットレーンを飛び出すと、瞬く間に点となり、やがて巨大なストレートを甲高い音を残して駆け抜けていった。


その圧倒的な加速力と、地面に吸い付くようなコーナリングに、建設作業員たちも手を止めて見入っている。


芳信は、風に乗って漂ってくる焦げたゴムとオイルの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


前世で狂おしいほどに愛し、そして失った匂い。


二度目の人生で、国家の命運を弄り、軍隊を冷徹なシステムへと変え、莫大な資本を動かして、ようやくたどり着いた彼自身の「本当の居場所」であった。


「さあ、来い。アメリカの巨人ども。ヨーロッパの貴族ども。僕の造ったこの最高のアスファルトの上で、誰のエンジンが一番優れているか、勝負しようじゃないか」


芳信の視線の先には、雄大な富士山がそびえ立っている。


間もなくこの場所に、世界中の熱狂と欲望、そして自動車技術の粋が集結する。


血を流さない闘争。


白煙とスキール音が支配する、新たなるモータースポーツという巨大な熱狂の渦が、九条芳信という一人の男の執念によって、世界を巻き込んで動き出そうとしていた。

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