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オーバー・レブ・ヒストリー 〜車を愛し過ぎた少年の国家魔改造録〜  作者: tky@複数作品を同時連載中
第3章:圧倒的な物量と鉄壁の防衛網

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第35話 巨人の目覚め、先駆者の賭け

昭和十三年(一九三八年)一月。


新しい年を迎えた帝都の空は、抜けるように青く澄んでいたが、その空気は刺すように冷たかった。


アメリカで可決されたヴィンソン案の衝撃は、日本の海軍省と軍令部をパニックに近い状態へと叩き落としていた。


数年後には、太平洋に浮かぶ米海軍の艦艇数が、日本のそれを倍以上に引き離すという残酷な数字が突きつけられたからである。


「芳信。海軍の連中が、いよいよ正気を失い始めたぞ」


川崎の九条本社、最上階の執務室。


進藤大佐が、忌々しげに一枚の内部文書を机に放り出した。


「大和型戦艦の三番艦、四番艦の建造計画だ。アメリカの物量に対抗するには、個艦の性能で圧倒するしかないと息巻いている。……馬鹿の一つ覚えだ」


芳信は、その文書を一瞥もせずに、窓の外に広がる広大な工場群を見つめていた。


「個艦の性能で圧倒する、という考え自体は間違っていない。ただ、その対象が戦艦だという点において、彼らは致命的な計算違いをしているんだ」


芳信は振り返り、進藤を見据えた。


「進藤さん。アメリカの工業力は、我が国の十倍、いやそれ以上だ。彼らが本気で拳を振り上げれば、戦艦などという旧時代の遺物は、空を覆い尽くす無数の航空機によって、ただの動く標的へと変えられる」


「分かっている。お前がずっと言ってきたことだ。だが、海軍の『大和』への信仰は、もはや宗教に近い。これを止めるのは、二・二六事件を鎮圧するより難しいぞ」


「宗教なら、奇跡を見せて上書きするしかない」


芳信の瞳に、冷徹な光が宿った。


「神崎中佐を通じて、横須賀の海軍航空隊を動かす。僕が設計した最新鋭の艦上戦闘機、九八式。これの『実力』を、戦艦派の目の前で叩きつける」


数週間後。


木更津沖の海上で、海軍首脳部が顔を揃える中、ある演習が行われた。


航行する旧式戦艦を標的に、芳信が密かに開発を進めていた航空魚雷と、急降下爆撃の複合攻撃試験である。


「……馬鹿な。あんな低空で、どうやって魚雷を水平に保っているのだ」


甲板から双眼鏡を覗いていた将官たちが、驚愕の声を上げた。


波を切り裂くように飛来した銀翼の群れが、神業のような精度で擬似魚雷を放ち、次々と戦艦の舷側を捉えていく。


芳信が主導した「航空機用ジャイロスコープ」と「新型安定翼」の技術が、従来の航空攻撃の常識を根底から覆していた。


「諸君。これが、数年後の海際における『唯一の勝利の数式』です」


司令席の端に座っていた芳信が、静かに立ち上がった。


「巨額の予算と数年の歳月をかけて造った戦艦が、わずか数十機、コストにして百分の一にも満たない航空機によって、数分で海の底に沈む。……この非対称な交換比こそが、劣勢な我が国が海軍力で対抗するための唯一の現実的な防衛策です」


会場は、凍りついたような静寂に包まれた。


芳信は、呆然とする将官たちを見渡し、さらに言葉を重ねた。


「アメリカの物量に、物量で挑むのは自殺行為です。僕たちは、彼らが戦艦を並べて悦に浸っている間に、空と、そして潜水艦による徹底的な補給線破壊に特化しなければならない。……この圧倒的な費用対効果による『不敗の防衛網』の構築こそ、今の海軍が選ぶべき道です」


この日、芳信が見せつけた「奇跡」は、海軍内部の力学を劇的に変え始めた。


「航空主兵主義」への転換。


それは、歴史の歯車を力ずくで回そうとする芳信の、あまりにも危険な賭けであった。


その夜。


疲労を色濃く滲ませて帰宅した芳信を、姉の華子が玄関で待っていた。


「おかえりなさい、芳信。……今日も、誰かを怖がらせるようなことをしてきたの?」


華子の澄んだ瞳が、芳信の心の奥底を見透かすように揺れている。


「……お姉様。僕はただ、みんなを助けるために、一番近道だと思える計算をしているだけだよ」


「そう。でも、計算だけで人の心は動かせないわ。あなたのその冷たい計算が、いつかあなた自身を独りぼっちにしてしまわないか、私はそれだけが心配なの」


華子は芳信の冷たくなった手を、自分の両手で包み込んだ。


芳信は、その手のぬくもりに、一瞬だけ感情が揺らぐのを感じた。


「大丈夫。独りにはならないよ。……僕には、守らなきゃいけない家族がいるからね」


芳信は優しい嘘をつき、華子の手を握り返した。


昭和十三年。


東洋の島国で、一人の少年が描く銀翼の影が、巨大な嵐の予感と共に、世界を覆い始めようとしていた。


巨人は目覚めた。


だが、その巨人の足元には、すでに幾重もの巧妙な罠が仕掛けられようとしていたのである。

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