表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバー・レブ・ヒストリー 〜車を愛し過ぎた少年の国家魔改造録〜  作者: tky@複数作品を同時連載中
第3章:圧倒的な物量と鉄壁の防衛網

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/72

第34話 鋼鉄の防潮堤、アメリカの影

短かったので、本日2話目を投稿します

昭和十二年(一九三七年)七月。


北京郊外の盧溝橋で響いた数発の銃声が、泥沼の日中戦争へと繋がる導火線となった。


史実ならば、日本軍は戦果を求めて際限なく大陸奥地へと侵攻し、国際的な孤立を深めていく時期である。


しかし、この世界線の「参謀本部」には、九条芳信という冷徹な計算機が深く根を張っていた。


「進藤さん。現地軍の暴走を止めろ。北京周辺の確保で十分だ。それ以上の南下は、我々のロジスティクスの限界を超える」


川崎の九条本社。


もはやそこは単なる自動車メーカーではなく、国家の戦略を策定する「影の参謀本部」と化していた。


芳信の指示を受けた進藤大佐は、九条から提供される膨大な「補給シミュレーション」を盾に、拡大派の将校たちを黙らせていた。


「いいか、これ以上の進撃は燃料と弾薬の無駄遣いだ。芳信が計算した。これ以上進めば、我が軍の戦車は一週間で鉄のクズになる」


進藤の言葉には、九条製品という「物資」の供給を止められることへの恐怖が隠されていた。


軍部は、九条から提供されるパーツや輸送機を人質に取られているに等しい状態だったのである。


だが、芳信が真に警戒していたのは、大陸の戦火ではなかった。


太平洋の向こう側。


急速に軍備を増強し、日本への経済制裁の準備を固めつつある巨大な怪物――アメリカ合衆国である。


「義父上。アメリカからのスクラップ鉄と原油の輸入が、近く制限される可能性があります」


芳信は、西條財閥のトップである西條康隆侯爵の書斎を訪れていた。


「何だと。アメリカがそこまでするか? 我々は彼らの優良顧客だぞ」


「彼らは正義感を外交の道具にします。だからこそ、今すぐに『南洋の資源地帯』を見越した準備が必要です」


芳信は鞄から、極秘の設計図を取り出した。


それは、不気味なほど無機質な「プラント」の図面であった。


「これは、石炭から人造石油を合成する最新の化学プラントです。ドイツの技術をベースに、僕が効率を三倍に引き上げました。これを満州と九州に建設します」


「芳信君。そんなものに投資するより、新型戦艦の鋼材を造った方が儲かるぞ」


西條侯爵の言葉に、芳信は静かに首を振った。


「義父上。石油が止まれば、戦艦はただの浮き島です。僕たちはアメリカと戦う前に、自給自足の循環システムを完成させなければならない。これはビジネスではありません。九条と西條、両家が生き残るための『保険』です」


芳信の言葉には、逆らえない重みがあった。


二・二六事件で命を救われて以来、西條侯爵は芳信の先見明を神託のように信じるようになっていた。


「……分かった。西條の化学部門をすべて君に預けよう」


着実に進む自給自足計画。


だが、芳信の心は休まることがなかった。


その夜、芳信は久しぶりに九条の本邸で家族と食卓を囲んだ。


「芳信。最近、また少し痩せたんじゃないかしら」


母の静子が心配そうに顔を覗き込む。


父の正和も、酒杯を置きながら息子を労わった。


「無理もなかろう。今の日本が動いているのは、芳信の知恵のおかげだと言っても過言ではないからな」


「お父様、言い過ぎですよ」


芳信は苦笑したが、姉の華子がそっと手を重ねてきた。


「芳信。あなたが造るものが、いつか誰の命も奪わなくて済むようになればいいわね。私は、あなたが楽しそうに車の絵を描いていた頃の顔が一番好きなのよ」


「……お姉様」


華子の純粋な言葉が、芳信の心に深く刺さる。


『僕が造っているのは、平和を呼ぶ道具じゃない。地獄の中で、少しでも長く息を繋ぐための酸素マスクなんだ』


芳信は内心でそう呟きながら、家族の笑顔を脳裏に焼き付けた。


昭和十二年末。


芳信が主導する「人造石油プラント」と「南方航空輸送ルート」の構築が急ピッチで進められる中、ワシントンからの外交電報が、帝都に冷たい衝撃を走らせた。


アメリカ海軍の軍拡法案、通称「ヴィンソン案」の可決。


それは、アメリカという巨人がついに目覚め、日本を叩き潰すための鋼鉄の拳を握り締めたことを意味していた。


芳信は、川崎の工場の屋上で、夜の海を見つめていた。


「いよいよ、避けられない『嵐』が来るな」


彼はポケットから、一機の小さな紙飛行機を取り出し、闇へと投げた。


銀色の紙飛行機は、工場の煙突から出る煙に巻かれながら、暗い海へと消えていった。


マシな敗戦、そしてその後の「日本復活」のための、究極のギャンブル。


その幕が、ついに上がろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ