32 答え合わせ
明かり取りの窓から差し込む夕陽に埃が反射する。敷かれた赤い絨毯が、響かせるはずのヒールの音を吸収した。
「居心地はどう?」
王宮図書館の管理人として、賢者を再度司書に任命した。出ることを禁じ、魔法を封じる結界付きで。暗殺未遂に対する罰としては軽いが、彼にはゆっくりと聞きたいことが山ほどあった。
「快適さ。我が家に帰ってきた気分だ」
「それは良かった」
前王と同じ措置に対する皮肉は聞き流しておく。自業自得というものだ。
「宰相の尋問に黙秘しているそうね」
「聞きたいことがあるなら本人が来るべきだろう」
胡散臭さい笑顔を浮かべる。殺されかけた私本人がここに来ることになったのは、賢者がこの一点張りだからだ。
「ええ、だからここに来たのよ」
正直、チート魔法がどこまで賢者に通用するのかわからない。この魔法を封じる結界もどこまで効いているものやら。だからこそ、彼の真意を聞かないことには安心して過ごすことは出来ない。
「何故、私を殺そうとしたの?」
「さて、私が女王陛下を殺すなど恐ろしいことするはずもないだろう」
「......質問を変えるわ」
私に殺意を持つモーグ伯爵をあの場に召喚したことは、彼にとって違う意味を持つのか。
「何故あの場にモーグ伯爵を召喚したの?」
「何故だと思う?」
「問うてるのは、私よ」
睨みつけても薄ら笑いを浮かべたまま。話す気が無いのなら時間の無駄でしか無い。苛立ちから机を叩きたくなるのを堪える。冷静さを欠いては相手の思う壺だ。
「......私に、何かを選ばせようとしていたわね」
「そうだね」
意外な程あっさりとした肯定に、思わず続けて思考が口から出た。
「国か、個か。公か私か。選ばせようとしていた......?ううん、それならラファエルを選んだ時点で妨害があるはず。選ばせることで、見極めようとしていた、の?何のために?」
「うん、それが真に知りたいことだね」
まるで教え子が正しい答えを導けた時のように、満足そうに頷いた。
「私は何歳に見える?」
面倒なOLのようなことを言い出したな、と思えば、私からの答えを待たずに「実はこの国が出来るより前から生きているんだ」と衝撃的なことをサラリと言われた。
「私はね、死なないのだ。神の逆鱗に触れてしまってね、死なない呪いにかかっている」
神、が実在することにまず驚いた。そうなると、神の御使を勝手に名乗るのは結構不味い気がする。
「心配しなくても、人間のゴタゴタに神は興味が無いからね。名前を出したところで気にもしないよ」
見透かしたような物言いが腹立たしいが、ほっとした。
「何千年と歳を重ねても死ぬことができない。老いることも無いから人里に定住ができない。それなのに腹は減るし喉は渇く。風邪も引くし、腹痛にもなる。死なないだけで私の肉体は人とそう変わりはない。わかるかい?この苦痛が」
その環境が生易しいものでは無いことは、簡単に想像ができた。
衣食住が必要なのに、不老のために社会生活を送れない。飢えても、渇いても、凍えても死なない。それはまさに、生き地獄なのだろう。
「この呪いを解く方法を片っ端から探した。魔法はその過程で身につけた。元々できの悪い私でもこれだけの時間があるんだ。時間をかけてゆっくりと多くの技を身につけた。幸いなことに、多量の魔力を有する魔法使いは老いにくい。魔法使いだと名乗れば、多少の不老は誤魔化せたし、どこにいっても食うに困らなくなった。」
賢者、と呼ばれるに至った背景はそうならざるを得なかったから。自分の境遇と似た部分を感じて、相槌も打たずに聞き入る。
「だけどだめだね。今度は人との繋がりが欲しくなってしまった。良くしてくれた人とは一度別れてしまえば二度とは会えない。そんな生活を続けているとね、寂しさに気が狂いそうになるんだ」
塔に幽閉された数ヶ月ですら、自暴自棄になったのだ、数百年という単位で孤独を味わうのは一体どんな気分だったのだろう。
「そんな時に出会ったのが、建国の女王である彼女だよ」
溢れ出る魔力と神力を持ち、侵略国家から土地を守るためにこの国を興したこの国の祖。第一聖人として祀られる女王陛下が実在したことにまず驚いている。こういうのって、大体後の権力者が権威づけのために創作してるから。
「彼女はこの王宮に私の居場所を作ってくれた。賢者という称号を与えて不老の理由をわかりやすくしてくれた。私の不死性について疑問に思わないような魔法を一緒に考えてくれた」
女王の思い出を語る彼の瞳は、見たことが無い程柔らかい。
「彼女にお願いされたんだ。この国を守ること、彼女の王統を守ること。先王もその前の王も余りにも愚かだった。国を守るために聖女の召喚を提案したのは私だよ」
黙って聞いていたらとてつもない真実を投下された。
「実際に進言と実行をしたのは伯爵だけどね。魔法陣を刻んだのは私だよ」
「......それっておかしいわ」
1回目は、私の召喚によって確かに時間は延ばせたが、むしろ私を助けに来た民衆によって革命が起きていた。王統が維持できていない。
「ああ、君は一度巻き戻っているんだったね。前の世界で君が君臨していないなら、差し詰め利用されて幽閉された、ってところかな?」
「ええ、市民革命まで起こったわ」
「しかし、先導は貴族だろう?王制が無くなるとは思えない。前の私はその貴族を説得して、彼女の血筋の者を正妃に据えるつもりだったのだと思うよ」
確かに、この国での信仰は私が前にいた国とは比べ物にならないほど重い。第一聖人である建国の女王の血筋は保つべきだという声は少なからず上がるだろう。
「では、前の世界があなたの望んだ世界だったの?私がこうして女王になったことが予定外で殺そうとしたの?違うわよね、だってあなたは見極めようとしたのだもの」
「そうだね、君があの王を倒すことは予想のうちの一つだった。先にも言った通り、私は君を殺そうと思ったことなど無いよ。仮にモーグ伯爵に貫かれようと、私が助けたさ。君が女王に立っても、王配か後継を女王の血筋に据えれば良いのだから」
勝手に私の夫を決めないで、と怒りたい気持ちを堪える。ここで激昂しては話が逸れるだけだ。
「いい加減に教えて。何を見極めようとしたの?」
「簡単な話だ。この国を壊すつもりかどうかだよ」
「壊す?」
「物理でも、国としてでも。君はこの国に無理やり呼び出された。当然この国に恨みはあるだろう。なのにこの国を先王から助けると言う。君が君臨することは予想通りだけど、心まで予想することは出来ないよ。私は本来頭の出来が良い方では無いからね。だから君にとっての優先すべきものを確認することにした」
「......私は、ラファエルを最優先にした。この国では無いわ」
「いや、宰相殿がすごく良いことを言っていたよ。彼はこの国の国民で、彼もまた守るべき民であると。私としては、一人と、今後の国としてのあり方で、一人を取った時点で危険だと思ったんだけれど。彼の言葉で考えを変えたよ」
......あの問答に思った以上の意味があったことに驚いた。あれが無ければどこかのタイミングで妨害されていたのだろうか。
「彼がいる限り、君はこの国を守るだろう。そう確信できたから大人しくここに戻ってきた。女王陛下からの司書の任、有り難く賜るとするよ」
「私に王統を守る義理も無ければ気も無いわ。後継は血の濃さではなく能力で選ぶ。王統とはいえ、女王の血筋が入らない可能性だってあるのよ。自分の子を王にしたいと言い出すかもしれない。それについてはどう考えているの?」
「ああ、正式に即位してから交渉するつもりだったんだけどね。なに、騙し討ちで女王の血筋を側室にすることは造作もないことだよ。寝室に忍ばせることもね」
その言葉にゾッとする。
「そんなことを聞いて、あなたをこの王宮に、国に留まらせておくと思うの?」
「......やめた方がいい。彼女が私の居場所を作ってくれたと言ったね。これは祝福であり、呪いだよ。私をこの王宮から出そうとしたものは、実行役から命令したものまで死ぬ。そういう魔法が王国全体に組み込まれている」
最悪だ。それでは最初から交渉になどならないじゃ無いか。
「いいじゃ無いか。ある程度目処が立ったら元々王統を戻すつもりだったのだろう?一人目をつけている少女がいるんだ。その子を王に相応しく育てていけば良い」
「......はぁ。自分で決めるのと、恨みのあるあなたに指示されるのでは、気分が全然違うのよ」
どうせならうまいこと操って、自分で決めたように思わせてくれれば良かったのに。
「いや、君には申し訳ないことをしたからね、罪滅ぼしとして嘘は無しで付き合っていこうと思っているんだ。彼女に誓っても良い」
「一応、喚んだことを申し訳なくは思っているのね」
「それもだけれど、どちらかと言うと君が帰ることが出来ると嘘をついたことかな」
「ああ、......は?え、......は???」
は?
「正式には可能性は0ではないけれど、リスクは大きすぎるよね。今ここにいる君が消えてなくなるだけの可能性の方が圧倒的に大きいよ」
「......今、本当に心の底から殺したい」
「奇遇なことに私も殺して欲しいんだよ」
ニコリ、と向けられた笑顔に、心からの「最悪だ」が漏れ出た。




