聖騎士の忠誠
「お待ちください聖女様」
掲げた手を止めたのは冷めた目をしたミシェルだった。
「止めないで」
「私の忠誠心に応えてくださるのでしょう」
「でも」
ミシェルの言葉に、今しがた固めた決意が簡単に揺らぎそうになる。そんな私の姿に、ミシェルは小さく溜息をついた。その姿は前回を通しても初めて見る姿だった。
「私はあなたに聖女様でいて頂かなくては困るのですよ。聖女様の国に、その礎に一点の曇りもあってはならない」
一度も、名を呼ばれたことが無かった。私を見ているようで見ていなかった。違和感が納得に変わる。
彼が狂信しているのは、神秘の力を持った私では無く、『救国の聖女』なのだと。
「私は!」
「止めることはいたしません!玉座の間に東門へのポータルがございます。私がそこへ着いたら、東門の盾を解除してください」
「ミシェル......!」
一個小隊を一人で潰したこともある彼のこと、もはや終わりかけの革命の中で兵を守り切ることは不可能ではない。ラファエルを助けながら、兵たちを死なせずにすむ。
「『聖女様』をお守りするためです。将軍閣下、1分、耐えて頂く」
「っ、ああ......頼んだ」
ふ、と口の端を吊り上げてミシェルは扉へと向かった。その背中を見つめながら60秒をカウントする。
場は奇妙なほど静寂につつまれた。1分が永遠に感じる。興味深げにことの成り行きを見守っていた賢者は思い出したように宰相に語りかけた。
「百人の国民よりも、一人の身内を取る者は王に相応しいのだろうかね、どう思う?」
「......一人の身内もまた、国民ですので」
「なるほど?では、優秀な側近を死地に送り出す者は?」
「それを評価しても良いのは送られた本人のみです、それに、部下を正しく頼ることができるのもまた、為政者の器です」
「なるほど、その考え方は興味深い」
57、58、59、60!
手を挙げて東門の盾を解除した。
魔力が体内に戻ってくるのを感じる。
『元に戻せ』
祈るように目を閉じて、ラファエルへと集中するとみるみるうちに傷が閉じた。目を開け、微笑むラファエルを確認して安心に力が抜けそうになる。
「盾を、張らなきゃ」
ミシェルが戦ってくれている、と再度東門へと盾を張りなおそうとした私に、宰相が駆け寄ってきた。
「聖女様、いえ、女王陛下。用意するのは盾では無く、国民全体に貴女のお声を届ける物です」
拡声器のことだろうか。そういえば、かつての聖女も魔法で使ったとか文献にあったな。
「ハルカ、勝鬨を上げろ。それで全ての戦いは終わる」
振り返れば王は既に騎士団長に捕えられており、玉座は制圧できている。賢者がいなければとっくに終わった戦いだったのだ。ラファエルが刺されたことに動転して気が付かなかった。
「そうね、聞きたいことはたくさんあるけど」
まずは、ミシェルや兵たちを助けてからだ。
『声を広げよ』
王国の隅々までをイメージする。かつて魔獣退治のために休む暇なく働かされたことを思い出す。
この国のあらゆるところに行った。その場所を地図と照らして思い出す。
「戦いは終結した。悪虐の王は、神より遣わされし私、ハルカによって、ここに王位を退いた。戦いを辞めよ。既に王位は我の手にあり」
言葉にすると、実感が遅れてやってきた。じわじわと胸の内を焦がす熱さが自然と声に乗る。
「繰り返す、王位は我、聖女ハルカの手にあり!戦いを辞めよ!今、苦しみの時代は終わった!新しき時代がくる!」
わっ、と王宮の外で歓声があがった。多分、味方だけの声では無かった。地鳴りがするほどの声が聞こえる。
辺境以外全ての盾を解除し、体内に染み渡る魔力を感じる。
『捕らえよ』
賢者には、余計なことをできないように魔力を封じた。途端に王が口を開こうとする。
「この国の者は、私を召喚したことをあなたに感謝するでしょう。よかったですね。王国史に名前が残りますよ」
命は取らないのだ。これぐらいの皮肉は許して欲しい。
「なっ!」
カッとなって言い返そうとしたその言葉は、集められた1000人の歓声にかき消される。
事情がわからないなりに、王に生贄として選ばれたことは察していたのだろう。兵ではない彼ら彼女らを命の天秤にのせた身勝手さを、今更ながら申し訳なく思う。さぞ怖かったことだろう。
「連れて行きなさい」
かつて私が入れられたあの塔へ。隙間風が吹く、高い高い部屋。時間だけはたっぷりあるのだ。己がしたことを、出来なかったことを一つ一つ噛みしめながら老いていくと良い。




