29 悪魔の囁き
「変ね」
「聖女様もお気づきになりましたか」
あまりに王宮までの道のりが簡単すぎる。まるで誘い込まれているようだ。
「王が何か企てているのかしら」
「それを考えられる頭があれば今こうなってはいないと思いますが」
宰相の辛辣な言葉に思わず苦笑する。それもそうね、と返して馬を進めるも、嫌な予感が胸を占めた。前線で戦う兵たちのための盾と、国境に展開した盾で、使える魔力は少ない。自分を守るオートの盾も解除した状態で出歩くのは久しぶりだった。
ラファエル、ミシェルとも合流し王宮へと足を踏み入れた。
閑散とした城内を進み真っ直ぐに玉座の間へと向かう。玉座の間の前に立つ衛兵すら、迷いなく私たちを招き入れた。
「よくぞ来たな、魔女よ」
「......私を魔女と呼ぶのなら、教会の教義に従って貴方を破門し廃位を言い渡すわ」
「否、そなたは正しく魔女であろうよ」
玉座にふんぞり返った王は、鼻で笑った。すぐ側に騎士団長が立っている。不自然なほど人のいないこの場を疑問に思えば、「ついてまいれ」と、続きの扉へと促された。
罠かと警戒しつつも、侍従が開けた扉の先を見て、思わず王を振り返った。
聖堂に大きく描かれた魔法陣。その上に集められた多くの城内で働く人たち。
魔法陣には見覚えがあった。つい最近私が起動させた魔法。
「この魔法陣に見覚えがあるだろう。1000人の命と引き換えに時を遡った魔女!」
高らかに、宣言するような王の言葉に動揺が表情に出そうになるのを堪える。ラファエルだけでなく、この男もなのか?もしやここにいる1000人はあの時の?否、そんなはずがない。王が部下の一人一人を覚えているはずもないのだから。
繰り返される魔女の言葉に、ミシェルが殺気立つことだけがわかった。他の人の表情は振り返らねば見えない。しかし、振り返ることは肯定を意味していた。
「......私が裁きを下すまでもなく、王は乱心の様ね」
「ふん、その余裕も今のうちよ。将軍、そなたもあの場におったのだ、記憶があるのだろう。この魔女はそなたの命も使って、復讐のために時を遡ったのだぞ」
そうだ、ラファエルがいたのだった、と思わず彼を振り返る。しかし、当の本人は怪訝な顔をして首を横にふった。
「妄想が過ぎるようだ。王よ、仮に、時を遡ったとして、これほど後手を取っているならばあまりに愚かではないか?」
薄く、嘲笑の表情を乗せて返す彼に王は顔を真っ赤にする。
「不敬な!騎士団長!奴らに慈悲など不要だ。その命を魔法陣の養分にしてやろう!」
声を荒げる王へ、絶望を与えるために王の後ろに控える騎士団長へ視線を向けた。
損得勘定のできる彼は、既に腹を決めたように白けた表情で王を眺めていた。
「騎士団長、貴方の主はその男かしら」
昨日の最後の揺さぶりが効いたのか、あるいは1000人もの関係ない人間を簡単に生贄にする王にとうとう嫌気が差したのか。
「......いいえ、聖女様。神に仇なす悪逆の王は、我が主人には相応しくありません」
王の背後に控えていた騎士団長は大した逡巡もなく後ろ手に捻り上げた。
「何をする!無礼者!」
そのまま縛り上げるよう、ミシェルに指示をする。
「さて、北の塔が空いておりますわね。私がこの国をどうして行くのか、あなたには見届けて頂かなくてはなりません」
「はなせ!醜い魔女め!愚かで卑しい小娘よ!玉座は誰にも渡さぬ。儂のものだ!」
騎士団長に指示された衛兵たちに縄を引かれながらも、汚い唾を吐き散らかした。
こういう人間は反省しない。どこまでいっても自分自分自分。会えば会うだけ、こちらの精神が削られるだけだ。会わずに苦痛を与える方法はないかしら。
そうだ、しばらくしたら聖女を讃える歌を作らせて、塔の下で吟遊詩人に歌ってもらおう。物語を作っても良い。愚王を打ち破った聖女のお話だ。
あの塔の中は考える時間がたくさんある、私の名声を聞いて、長く長く考えてもらおう。それで......それで?
「少し待ってもらえるかな?」
暗い方向へと引っ張られていた意識が、場に不釣り合いなほど明るい声によって引き戻された。
「司書様」
「おや、私のことをご存知でしたか。はじめまして、聖女様」
小さく呟いた声は思いの外高く聖堂に響いた。
元の世界に戻る方法を探しに何度も図書館へ行った。その時に一緒に手伝ってくれた司書様は、この遡りの魔法を教えてくれた人でもある。
「賢者殿!どうしてこちらに?」
「王が幽閉を解いてくれてね。おかげさまで自由に動けるようになったんだ。別に図書館で不便は無いのだが」
宰相の言葉に、彼が賢者だと初めて知る。この世界のことを何もかも見通すような物言いをする彼は、なるほど物語に出てくる賢者のイメージに合致した。
「ここに来れば面白いものが見られると思ったんだ」
にこり、と微笑む彼は、見た目は若いのにまるで老獪な魔法使いのよう。
「それで、面白いものは見られましたか?」
そんなつもりは無かったが、思った以上に突き放した声が響いた。
初対面の人間に向ける声音ではない。
前の時にも特別何かされたことは無かったけれどずっと信用ならない人物だ。彼は私のこの莫大な魔力を使って、大規模で非人道的な魔法を使わせたがっていた節がある。その彼がこのタイミングでこの場に現れたことが不安を掻き立てた。
「うん。それは君次第だ」
ツイ、と視線を王へと向ける。「助けろ、お前の幽閉を解いてやったのは儂だぞ!」と尚も叫び続ける王の口を、指先一つでチャックのように閉じでしまった。
ようやく静かになったと言わんばかりに肩をすくめて、何事もなかったかのように話し続ける。
「巻き戻しの魔法、というものがあってね。聖女様がご存知かは知らないけれど......うん。1000人の命と引き換えに、1年時を巻き戻す。君の場合はこの国に来てからがスタートになるから召喚された時、になるのだろう」
「それがどうかしたの?」
この魔法を知っているか知らないかには答えない。賢者のその説明にも今さら何の意味もない。
「異世界から唐突に身勝手に、呼び出された君には知る権利があると思ったんだ。例えば、そこの王が君の魔力を使って魔法を行使すれば、召喚される前へと戻れる」
ドクン、と嫌な音が心臓から耳へと響いた。
「君はこの世界に来てからのスタートになるが、王にとっては生まれた時がスタートだ。当然召喚前に時間を戻すことが可能になる。しかも、君にとって朗報だと思うのだけど、王はこの魔法を使えば粉々に消えて無くなる。君の魔力に耐えられるものはいないからね」
喉が乾く。嫌だ、どうしてそんなことを今言うの。遡る前に教えてくれなかったの。
「元の世界に帰れて、復讐もできる。一石二鳥じゃないか」
ニコリ、と先ほどと同じ笑みなのに今度は悪魔の微笑みに見えた。
お久しぶりです
落ち着いてきたのでまた投稿週1のペースで投稿していきたいと思います
最後までお付き合いよろしくお願いします




