23 決戦2日前
「我ら辺境軍は国民のために前線で長く苦しい戦いを続けた。王は我らを省みず、終わりの無い戦いに逃げ出したい夜もあっただろう。しかし、神は我らを見放さなかった。今、ここに、悪虐の王を打ち倒し、聖女様を玉座へと連れて行く!」
ラファエルの鼓舞は相変わらずよく響く。良い声で良い言葉だ。つられて私まで胸が熱くなる。
割れるほどの歓声を受けて兵たちの前に立った。何を言うかと期待する彼らの熱い眼差しを受けて、不敵に笑む。
「強く、気高き、我が辺境軍よ!神の国を建国するその誉を受けなさい!我が子へ我が孫へ誇りを持って語り継ぎなさい。明日の我が国を作ったのは自分だと!王を玉座へ導いたのは自分だと!
誇り高き国軍よ!私を信じろとは言いません、ただ、ついてきなさい!」
地響きすら生温い雄叫びに、ひきそうになった足を留めてラファエルを見上げた。
頷く彼にあとは任せて、宰相、ミシェルと共に天幕へと帰った。
「演説、お見事でございました」
「シモンとラファエルが良い仕事をしていてくれたわ」
事前に王への反意を高め、聖女への信仰を広めてくれたのはシモンだ。ラファエルのカリスマ性に当てられた彼らが、ラファエルの推す私に好意的な目を向けるのは当然のこと。
順調すぎて怖いぐらいだが、相手の人望が無さすぎるというのもある。
「ここから王都まで2日。王都近くに基地を作り翌日他貴族の私兵と共に一気にたたむ。正門からは私とミシェルが、近衛の詰所のある東門はラファエル。西門はシモン。南門はゾフィー侯爵が陣頭指揮を取り貴族の私兵が対応してくれるわ」
何代か前には戦果でのし上がってきた家門だ。今は戦う機会は少ないとはいえ、訓練は怠っていない。
「問題があるとすれば、近衛騎士団の団長でしょうか」
王妃の親衛隊は見栄えで選ばれたものばかりなので、ミシェルの敵では無いだろうけれど。近衛騎士団の団長だけは別格。
「宰相は幼馴染だったわね」
「ええ。共に父から代替わりしたのも最近です」
「貴方達ぐらいの爵位と実力なら王太子殿下の側近になりそうなものだけれど」
そういえば、前回も王太子殿下には合わなかったな。
「王太子殿下には我々が側にいると不愉快だと」
「優秀すぎて?」
「......まぁ、ええ」
なんとも、幼いことだ。あの親にしてこの子あり、と言うべきか。
「今回の作戦に騎士団長を誘わなかったのは彼の性格に問題があってのこと?」
「彼は、己の職務に誇りを持っておりますので。何があっても己の主を変えることは無いでしょう。友人の命より、御身の覇道を優先する私を、薄情だとお思いですか?」
宰相が初めて見せた自嘲気味な笑みが、どこか自分と重なる。痛いほど握られた拳を、開くように包み込んだ。
「私は、あなたよりこの国を思う人を知らないわ。貴方を薄情だと言う人がいるなら私の元に連れてきなさい。戦地へ転送してあげる」
微笑めば何度かの瞬きの後、潤んだ瞳で頷いた。
それにしても、友人にしてそう言わしめる騎士団長が、現場でこちらに寝返れば、随分と王に絶望を与えられそうだ。
「少し、仕掛けておきましょうか」
私の言葉に首を傾げた宰相へ、ゆったりと微笑んだ。
決戦の2日前の夜、宰相に教えられた騎士団長の部屋へとワープする。
思ったよりもこじんまりとした部屋は、逆に彼が寝るためにしか戻っていないことを表していた。
「......誰だ?」
青年らしいしっかりとした声の方を見ると、瞬間雲間から月光が差し込んだ。当然演出である。
「聖女、ハルカ」
「初めまして、騎士団長様。お休みでしたか?」
起き上がった瞬間剣を手に取り、警戒しつつこちらを見つめる。
瞳が絶え間なく周囲の様子を探っていた。本当に私一人なのか、私の魔力で隠された誰かが近くにいるのか。
「闇討ちとは、恐れ入る。神がそんなことを許すとは思えないが」
「ああ、誤解させてしまったかしら。特にここで貴方をどうこうするつもりは無いわ。安心して」
武器を持っていないことを示すために両手を上げれば、皮肉気に鼻で笑われた。
「聖女様なら指先一つで俺を殺せるだろうよ」
「わかっているじゃない。だから闇討ちをする必要は無いわ。明日王の目の前で殺すだけよ」
しばらくの沈黙の後、まだ警戒を解かない彼はひどく馬鹿にしたようにベッドの中から私を見つめる。
「闇討ちじゃないなら夜這いか?さすがその手管で宰相、将軍を篭絡しただけのことはある」
「......私をそう思っても仕方ないことだけれど、真面目な彼らのことは貴方の方がよくわかっていると思っていたけれどね」
微笑んで見せれば、硬く鞘を握りしめていた手をそっと緩めた。
「わからんな。じゃあ何をしに来たのだ」
「別に。貴方がどんな人なのか知りたくて来ただけよ。チェスでもする?」
「......ヨハンに頼まれたのか?俺を引き抜いてくれ、と」
イエスともノーとも取れる曖昧な笑みに、焦れたように、私の答えを待たず「俺はそちらには行かない」と声をあげた。
「我が家門は王家のための剣。そのための武力。ここで王を見捨てることが正しいとは思えない」
「宰相閣下からは何も頼まれていないわ」
それはそれで、傷ついたのだろうか。痛そうな顔をして、顔を伏せた。腹芸のできないタイプだな、と冷静に見つめながらも頭は悪くなさそうだと判断する。
「宰相は、貴方のことを主を簡単に変えるような人間じゃ無い、と言っていたわ。お互いによくわかり合っているのね」
「ああ、俺とアイツは幼馴染で、共にこの王国のために働いてきた。共に研鑽してきたかけがえの無い友だ」
手元にある剣を手放すでなく、かといって握りしめるでもなく。迷っているわけではなさそうな彼は、何か私に聞きたいことがあるのだろう。
「今の俺があるのはヨハンのおかげだ」
「宰相閣下もそう思っているのでしょうね」
疑問はあればあるだけ良い。それが2日後の迷いになる。私はひびを入れに来たのだ、あなたのその忠誠心に。
最期の瞬間に少しでも揺らいでくれれば良い。
「あいつは頭が良いから俺に思いもつかない方法を示してくれる。俺はあいつを信じていれば良いと思っていた」
だけど、今回はついてこなかった。聞いていたよりもずっと、彼は宰相を認めていて、恩義を感じている。
何が彼をこの場に留めているのだろうか。
「だからよくわからないんだ。あいつが......君みたいな少女を盾に戦っていることが」
ドクンと体が脈打った。
「異世界から無理矢理召喚された君を、使い潰すようなやつじゃなかったはずだ。少なくとも、君が来るまでは」
心臓が、熱い。バクバクと音をたてる。
「この国のことはこの国に住む人間の責任だ。外から来た君に命をかけさせる、責任をとらせる、そんな非道俺にはとてもできない」
正論が、元の世界のような優しい大人の言葉が、1年前喉から手が出るほど欲しかった言葉が、今目の前の男から発されている。
「聖女ハルカ、今ならまだ間に合う。そんな修羅の道を歩む必要は無い。君が王権を取ったとしても、国の復興に何年かかる?最初は君を聖女と崇める民衆もすぐに変わらなければ君を攻撃し始める」
知ってる、そんなことは知ってる。
復讐のために王権を取って、ラファエルのために彼が生きられる世界を用意する。
そのためだけの目的だったのに。
私を信じて、私に託して。沢山の大人たちの想いが肩にのしかかる。
この国を、腐り切ったこの国を立て直すためには時間がかかる。その時間民衆は待ち続けてはくれまい。心無いことを言われるだろう。
そこまでの大義が、そこまでの思い入れが、本当は聖女でない私には、ただの異世界の高校生である私には存在しない。
「君がそんな重荷を背負う必要は無い、責任を負う必要は無い」
なんてこと、疑問を持ってしまったのは、揺さぶられているのは、----私だ。




