22 芽が出る時
「先日、前線へ聖女ハルカより『偉大なる神の盾』がもたらされたとの報告があった。戦争を終結に導いた聖女と長く前線で戦い抜いた辺境軍へ、王より大義であるとのお言葉、有り難く受け取られよ」
朗々と響いた宰相の言葉に、会場がざわめく。聖女が前線に行ったことも、戦争が終結したことも、意味のわからない盾も、彼らにしてみれば青天の霹靂で信じ難いこと。
「其方を召喚した私も鼻が高い、大義であった」
図々しくもそう宣う王は、この場が私の功績のために用意された舞台だと、気がついてもいないのだろう。
「加えて、魔獣問題の解決も見事であった」
宰相から続けられた言葉は、王にとっては想定外の内容だったはずで、ピクリと眉を動かした。玉座で宰相を振り返るわけにもいかない。
「ノックス公爵家、ゾフィー侯爵家、デュエル公爵家、メーフィル伯爵家、キャンベル伯爵家他、多数の家門より感謝の言葉が報告されております、陛下お言葉を」
「う、うむ。両者面を上げよ」
全く把握していなかった王が、戸惑いながらも鷹揚に声をかけた。
名だたる名門貴族の家門に、動揺が広がる。何故我が領地では魔獣被害を収めてくれないのだと、厚かましい囁きすら聞こえ始めた時に、宰相がかき消すように声を張った。
「その功労に褒美を与える。寛大なる陛下へ希望を述べてみせよ」
こういった場で本当に欲しいものを話す馬鹿はいない。皆「お言葉だけで充分です」といったようなことを、王への美辞麗句と共に伝えるのだ。
だから、この予定外の賞賛にも王は狼狽えない。最初の私の功労ですら、宰相に言われて嫌々やっているというのに、おくびにも出さないのは腐っても王。
だけどその腐り落ちている玉座の上では、アドリブには耐えられまい。
「では王よ、恐れながらもわたくしが、救国の聖女と呼ばれる理由をお考えください」
「なっ......」
「国は荒れ果て、隣国には侵略戦争を救国だと宣われ、民は飢え、魔物が蔓延っているというのに、王は、貴族は、豪奢に暮らしている。
私が救国と呼ばれたのは、果たして誰から救って欲しいとの願いか。王よ、おわかりですか?」
「無礼な!余もここにいる貴族たちも皆、神に選ばれし貴き血を持つもの。下々の暮らしと違って当然ではないか」
「その神が、貴方を見放したと、何故わかりません。私は、救国の聖女として貴方の破門を宣言いたします。この国を返してもらう」
言い切った私の横にラファエルが顔を上げたまま寄り添う。
「王よ。我が軍は褒美は結構だ。我らは聖女様のもの。新しき王に褒美はもらう。御前、失礼する」
顔を真っ赤にして口をパクパクさせる王が、宰相を見やる。宰相は王に笑顔で頷きかけ声を張り上げた。
宰相がなんとかしてくれる、とほっとした王は次の瞬間地獄へ突き落とされた。
「道を開けよ!扉を開けよ!新しき時代の始まりである」
王の隣から下へおり、私の後ろへと続く宰相が振り返ることはない。その段階はとうに過ぎている。
貴族たちが一様に道を開けていく最中、あのお茶会で集まった貴族たちが私たちの後ろに続いた。
王が何かを叫ぶ。その声にならない声は、異様に静まり返った会場内に嫌に高く響いた。
夜会の会場から出て、ズラリと居並ぶ貴族たちの顔を一人一人見る。あの時声をかけたものの中に王に与する人はいなかった、そのことが何より心強い。
「今この場にいてくださる皆さまへ感謝を」
「勿体ないお言葉ですわ。私たちは貴女に希望を見ただけのこと」
「聖女様なら、素敵な景色を見せて下さるでしょう?」
社交会のツートップが派閥の垣根を超えて、私に微笑みかける。
芳しい花の香りに、微笑み返して頷いた。
「私は救国の聖女。そのためにここにおります」
ぐるりと見渡せば、老いも若きも、男も女も一様に目を輝かせる。ゾクリと肌がその期待に粟立った。
「辺境軍は既にメーフィル伯爵領を抜け、チャーチル男爵領にて待機しております。3日後この王都は私たちの手にあるでしょう」
チャーチル男爵が誇らし気に頭を下げる。お茶会の数日後、テレポートした私をチャキチャキと迎えて下さった奥方を思い出して微笑む。
「文官は既に宰相閣下の元こちらに集っております。国王の元に残った貴族の私兵は、魔塔の魔法使いたちに無力化してもらいました」
あの教会での出来事を知っている貴族たちばかりであったので、皆それぞれに頷いている。
「あとは、王、王妃の私兵と近衛隊だけ。辺境軍と私の力で容易く制圧できますが、どうせなら華々しく行きましょう」
にこりと笑んで手を広げれば、拍手が起こる。
「決戦は3日後、王都の門前にてお待ちしております」
華麗に退出した後、宰相が用意した潜伏場所へとテレポートする。
待っていてくれたヨハンに手伝ってもらいながら、ドレスから騎士服へと装束を変えて行く。
そろそろ信頼できる侍女を用意したい物だと思いながら、前回も女っ気が全くなかったなと遠い目になった。
「よくお似合いです」
ミシェルが恍惚とそう言いながら跪く。小柄で平均的な日本人体型の私に白のパンツと赤の騎士服が本当に似合っているとは思えないが、何事も形からだろう。私の旗に記された紋章と同じ色彩だ。
赤字に白百合の旗。
多くの命を踏み台にこの地に戻ってきた私には、赤はお似合いだと自嘲した。
「待たせたわね。シモンの元へ飛びましょう」
先にラファエルを、続いて宰相とミシェルの手を握ってチャーチル男爵領にて待機しているシモンの元へと飛んだ。




