21 夜会という名の戦場
前回、初めての夜会ではマナーを教えてもらう間も無いまま、珍獣を披露するかのように紹介された。
後でそれを知ったライオネル様に謝罪され、先生をつけられたけれど、最初の印象というのは中々覆せないもので、その後どれだけ頑張ってマナーを身につけても所詮はつけ焼刃と嘲笑われた。
生まれてからずっとそのように過ごしてきた彼らには確かに劣るけれど、1年頑張った成果は多少あるのでは無いかと思う。
「胸を張れ、ハルカ。今日の主役は貴女だ」
少しのトラウマに表情が翳ったのだろうか。横に立つラファエルにそう声をかけられ、口角を上げた。
「ありがとう」
堂々と、胸を張って。
今日が待ち望んだその日なのだから。
「辺境将伯家ラファエル・ド・メーフィル将軍閣下、聖女ハルカ・アサヒ様のご入場です」
朗々と呼ばれて入場すれば、ザワリと会場が揺れた。甲冑を取ったラファエルの美貌への動揺か。或いは国防の要である辺境将軍をパートナーとした私への驚きか。
ざわめく会場の中、見知った顔をみつけて声をかけた。
「リーリア様、ごきげんよう」
「ハルカ様、ごきげんよう。お声がけいただきありがとうございます。そのドレスもよくお似合いですわ」
「リーリア様に選んでいただいたのですもの、衣装に負けぬよう背筋が伸びますわ」
「ふふ、ハルカ様の御髪も瞳も、象牙色の肌も。とても魅力的でどんなドレスが映えるか、久しぶりに楽しく選ばせていただきましたわ」
ファッションアイコンとして名を馳せる侯爵夫人へ、私から声をかけたことも、名前を呼び合ったことも、彼女が私の衣装を選んだという事実も。ましてや彼女の隣で私からの声かけを待っている侯爵の姿も。あのお茶会の参加者以外には信じ難いことだろう。会場の中心が私たちとなる。
「ゾフィー侯爵。直接お会いするのは初めてですね」
「聖女様、お初お目にかかります。私からも領地を代表して感謝の気持ちをお伝えしたく......」
頭を下げようとする彼を手で制す。
「気持ちは、結構よ」
「......何をお望みで?」
チラリ、と領地を他国に売る野心家の火がチラつく。野心家、結構なことだ。この滅亡一歩手前の国でその野心を燃やしながら立っていられるこの人を純粋に尊敬する。
「......聖女である私が、神の子たる臣民のために身を尽くすのは当然のこと、国軍が国のために働くのも当然のこと。それでも感謝をいただけるなら、私の道を共に歩んでほしいの」
「......聖女様の、道」
「あなたが国を想い続ける限り、主は貴方と共にあり続けるでしょう」
微笑んで胸の前で手を組めば、その切長の瞳を意外そうに開く。領地を売ろうとすることを知っていると、その上で私に、私の覇道についてこいと言外に匂わす。
「妻の言う通りですね」
「あら、リーリア様はなんと?」
「慈悲深い聖女様はこの国を救おうとしていると」
「ふふ、その志だけを持ってここにおりますから」
「まさしく救国の聖女であらせられる。長きその道にこの家門がお役に立てることを嬉しく思います」
胸に手を当てた侯爵の姿に目を見開いたのは私の方だった。命を捧げることを示すそのポーズが、まさか私に向けられるとは思っていなかったのだ。
ラファエルを見上げたくなる気持ちをぐっと堪える。
王を目指すのに、忠誠に狼狽えてどうする。
「あなたの忠誠を受け取るわ」
華やかに、堂々と微笑んで見せた。そのやりとりに私たちの周りだけがシンと静まり返る。
王が現れるその前の出来事に、どうしたものかと周囲の目配せから困惑が見て取れた。
「さすがは成り上がり貴族」
数代前に戦時の功績を称えられて子爵から侯爵へと成り上がったゾフィー家は、ともすれば建国以来の名門伯爵家から嫉妬混じりに揶揄されることもあるとリーリア様から聞いた。
案の定口さがない貴族の声が聞こえて振り返れば、ウェーブがかった赤毛の、肥え太った中年男が醜く歪んだ笑みでこちらを見ていた。
モーグ伯爵、違法の通行税をかけ、民の飢えを気にかけない愚かな領主。前回はこの夜会の後暗がりに連れ込まれそうになったけれど。
「爵位も持たぬ、どこの者とも知らぬ小娘に忠誠を捧げるとは、冗談が過ぎますな」
貴族の忠誠は王に捧げるものでしょうに。と、笑む。周りも追従するように相槌をうち、頷いていた。
「そういえば、伯爵は、馬鈴薯がお好きと伺いましたわ」
伯爵の側にいた女性、お茶会に来ていた名門公爵家の夫人が話をふる。不思議そうに首を傾げて、それでも自分よりも高位貴族の美しい女性に尋ねられては無下にも出来ず、戸惑いながら答える。
「ば、馬鈴薯ですか?公爵夫人、女性はお詳しくないのかもしれませんが、馬鈴薯は庶民の食べ物ですぞ」
「あら、私、庶民の言葉に詳しく無いので間違っていたかしら。領民からその名を冠したとあだ名で呼ばれていると伺いましたわ。あだ名をつけられるなんて、人望が厚くていらっしゃるのね」
口元を隠し、微笑む公爵夫人の眼差しは妖艶で、馬鹿にされていると気がつくのに一拍遅れた。
「馬鈴薯伯爵」
モーグ伯爵がカッとなって言い返す前に、ボソリとどこからか発せられたその言葉は、さざなみのように広がっていく。
嘲笑となって、興味の、好奇心の対象となって。
「ハルカ様はモーグ伯爵領へ行かれたことがあるのですよね?いかがでしたか」
リンと鈴が鳴るようなよく響く声でリーリア様が私に問いかける。モーグ伯爵からの当て擦りなどなかったような、夫婦共に穏やかな笑みで。
「民たちは懸命に生きておりましたわ。馬鈴薯しか手に入らないのだと聞いた時は憐れで涙が溢れるほどに」
「そなた、領へ来たなどとよくもそんな嘘を」
少し離れたところから、歩み寄ってくる彼を避けるように道ができる。ズンズンと向かってくると彼と私の間にラファエルが立ち塞がった。
「モーグ伯爵。嘘ではありませんよ。私もそこにおりましたから」
ラファエルに高いところから見下ろされる形で詰められて、一歩後ろへ下がる。
「聖女様と共に王都へ帰還したのですが、宰相閣下のご指示通りモーグ伯爵領を通らせていただきました。ああ、ご心配なさらず、きっちり通行税は納めましたとも」
輝く微笑みでラファエルにそう告げられれば、通行税の言葉に周りの目が白くなる。
どこに国軍から通行税を巻き上げる貴族がいるのだ、王への忠誠が聞いて呆れる、と。
「違う、何かの間違いだ、聖女が前線に居たなど聞いたことも無い......」
弁明にもならない言い訳を呟くモーグ伯爵を救ったのは、王の登場を告げる「国王陛下のご入場です」という声だった。
名誉を挽回出来なかった彼が、八つ当たりとして選ぶのは自分だろう。前回の借りを返すことができるその時が今から楽しみだ。
王と王妃の登場に、参加者が揃って頭を下げる。簡単な挨拶が終わり歓談となった。王に何事かを耳打ちした宰相がこちらに目配せをする。
合図だ、と頷き返した。
「メーフィル将軍、聖女ハルカ、前へ」
宰相の声が会場へと響き渡る。一様に私たちへと視線が集まる中、王の前へと頭を下げた。




