20 将軍閣下と妃殿下
手元に届いた招待状をペーパーナイフで開ける。気持ちの良い音と共に開封されたそれは、王家からの夜会の招待状であった。
月に一度の頻度で開かれるそれに、自分が招待されるのは戦争が始まる前以来で、王都にいるのだからという配慮なのだろうか。
あの日、自分に向けられた王の瞳は、ある種複雑な感情がこもっていた。
焦りと、不安と、微かな媚び。
それから、聖女様について知らないと答えた私に対する安堵。
明確にハルカを敵と見做した王の態度は、聖女に救いを求めて召喚した為政者のものでは無かった。
ひたひたと迫る破滅の足音が、あの男には聞こえているのだろうか。
前回は、ああなるまで気づかなかったと言うのに。
かと言って何か行動が変わるということもない。労いの言葉も、感謝の気持ちも示されることはない。
自然、詰めていた息を吐き出す。目を閉じて思い浮かぶのはハルカの明るい笑顔だった。
あの笑顔は戻ってきてから一度も見たことはない。お茶会で見せた振る舞いは既に政治の第一線で戦ってきた貫禄があり、自分を従える姿すら堂に入っていた。
今回の夜会も何か考えているのかもしれない。
あの状態の王がハルカを招待するとも思えないが、そこは宰相がなんとかするのだろう。
と、もう一通に目を通せば宰相からの呼び出しであった。衣装のことで相談があると。式典では無いので義務では無いが、とはいえ戦時中の身、軍服で参加しようと考えていたが宰相閣下は違ったようだ。
いや、誰に見られてもいいような内容にしたのか。
王城へ出かける、とタウンハウスの使用人たちに準備をさせて、王宮へ向かった。
「メーフィル将軍」
宰相の執務室へ向かう途中の王宮内で、日頃はここにいないはずの人に声をかけられる。
慌てて頭を下げた自分に声をかけたのは、王妃殿下であった。
「あなたの第一線での活躍はこちらまで届いております。これからも国のための活躍期待しておりますよ」
艶のこもった声で、優しい言葉をかけられるのは今回が初めてだ。いつもは硬質な声で、戦場の生臭さがうつるから早く王宮から出て行けというようなことを、オブラートに言われていた。
いつもと違う対応に戸惑いながらも「我が身には勿体なきお言葉、光栄でございます」と臣下の礼をとれば、王妃から顔を上げるよう声をかけられた。
「こんなに美しいと知っていたら、戦地に行かせませんでしたのに。メーフィル家は勿体無いことをしたわね」
扇で口元を隠しながらそう言う王妃の言葉に、カッと体が熱くなる。
私を、数多いる彼女の遊び相手の一人にでもしようというのか。クスクスと追従するように笑う侍女たちの声に目眩がする。
禍々しいまでに美しい容色が、欲に塗れた醜さを際立たせる。
「我が家門は陛下に頂いたこの任に誇りを持っております。妃殿下のお気遣いはこの身には過ぎたるものでございます。」
久しぶりの回りくどいやり取りに嫌気がさしながらも、面白くなさそうな王妃へ続ける。
「それでは公務中でございますので、御前を失礼致します」
今一番勢いのある家門にわざわざ不興を買いたくは無かったが、この女の目に自分の姿が映ることが不快でたまらなかった。
「ええ、ご苦労さま」
興味を失ったような瞳で、背を向けて歩いていく王妃にほっと息をついて、今度こそ足早に執務室を目指した。
「遅かったですね」
「ああ、妃殿下に呼び止められた」
「夜会が近いからその準備でしょうね」
あの方はいつまでも自分を着飾ることに熱心でいらっしゃいますから、と聞く人が聞けば、不敬で処刑されかねないことをさらりと口にした。
「夜会にハ......聖女様は出席されるのか?」
ハルカ、と言いかけるとピクリと眉が上がる。そっと言い直した。
「もちろん。卿には、聖女様のエスコートをお任せできますね」
「それは光栄なことだが......それで良いのだろうか」
意味を計りかねる、というように首を傾げる宰相に続ける。
「今回の夜会で何かしかけるつもりではないのか」
「その通りよ」
ふわりとドレスを見にまとったハルカが現れた。
「どうかしら」
「よくお似合いですよ」
「あなたは何でもそう言うじゃない」
ドレスのことはよくわからないが、それでもとても美しいことはわかる。
黒髪に映える深紅のドレス。金糸でオリエンタルな刺繍の施されたそれは、ハルカの顔立ちにもよく馴染む。凛々しさと可憐さを引き立たせるデザインだった。
「侯爵夫人がデザインしてくださったの」
お茶会にいた、あのご夫人かと頷く。ファッションアイコンとして各国に名を知られる彼女は流石の一言に尽きる。彼女は無事に味方に取り込めたようだ。あのお茶会の後も頻繁にお会いしているようで、ハルカの人心掌握術にも、流石と言いたいところだ。
「よく、似合っている」
言えば、さっとハルカの顔が赤くそまった。その年相応の反応が新鮮で、思わず口の端が上がる。
「コホン......聖女様」
「あ、ええ、今回の夜会で勢力図を塗り替えるわ。終戦の宣言、聖女の偉業、貴族の追従。それをもって王位簒奪を宣言する」
赤く染まった頬を覚まし、それらを告げるハルカの目は捕食者のそれで、その輝きに目を奪われる。
何かを強く渇望し、それに向けてまっすぐ進む聡明な少女の光に、長く希望に飢えたこの国の人間が惹かれないわけがないのだ。
「どこまでもお供いたします」
恍惚と跪く宰相の気持ちがわかる。私もうちから熱が湧き上がるのを感じる。
「ならば帰りのエスコートは不要だな」
一瞬不安に瞳を揺らすハルカに、今彼女からこの表情を引き出せるのは自分だけなのでは無いかと、優越感が滲みそうになり、自らを叱咤する。
「帰りは自ら先頭を歩くと良い。私は一歩後ろで、貴女の背中を守ろう」
ニッと笑うと、瞳に自信が戻る。ハルカが艶やかに微笑む。その笑みは焦がれたものではなかったが、それでも目を惹きつけてやまない。
「ええ、任せたわ」
その姿勢は既に王に相応しい貫禄を備えていた。




