18 お茶会という名の囲い込み
1週間後、約束通りラファエルを迎えに来た。丸投げする形で託したものの進捗が悪ければ私が対処する気でいたが、さすがあの乏しい物資で隣国と対等に渡り合ってきた辺境軍だ。動けるのが少数とはいえ、精鋭たちばかりで想像以上の働きだった。
「聖女様に救っていただいた命ですから」
そう言ってくれるのは、シモンによって選抜された、先日テントで私が治療した兵たちだった。
優秀な秘書官なだけあって、私の意図を正確に汲んでくれたようだ。
「ありがとう、ラファエル、シモン。この短期間でよく全てのエリアに回れたわね」
「兵たちが頑張ってくれたおかげだ。ハルカの資料も役立った」
「しかし、なぜ内密にする必要があるのです?辺境軍の地位や名声を上げる機会でもあるというのに」
まだ少し不服そうなシモンに対しての説明は、ラファエルに任せる。
「この辺境の戦争が、聖女の功績で収束したと知れば、王は辺境軍の存在意義を疑い、最悪の場合は解体しかねない。今はまだそう思われるわけにはいかないからな。我々は前線で戦い続けている、と思わせなくてはいけない」
敬愛するラファエルの言葉だからか、なるほど、とすぐに頷く。安心させるように私もラファエルの後を続けた。
「それに、今回あなた達に働いてもらった領の貴族には、次のお茶会で内々に公表する予定よ。だからラファエルを迎えにきたのだけれど、想定以上の手土産で何よりだわ」
前回の時に出たお茶会は腐敗した貴族たちだったが、今回は国を売ろうとしている貴族たちだ。よりタチの悪い方と交渉するのだから、武力の意味でも権威の意味でもラファエルにそばにいて欲しい。
表向き国王の忠実な補佐である宰相と、平民のミシェルにはついてきてはもらえない。
「わかった。頼んだぞシモン」
「は!お任せください!」
ピ、と折目正しく敬礼をしたシモンは人懐こい犬のような笑みを見せた。
前回の時には、軍内で唯一の同世代だった彼だが、今回は仲良くなれなさそうだな、と少し残念に思いつつも彼が敬愛するラファエルの元で働けていて何よりだとも思う。
あの革命の折に彼がどうなってしまったのか、私にはわからないけれど。
「待たせた。ハルカ」
「いいえ。じゃあ、頼んだわね」
ヒラヒラとシモンに手を振ると、敬礼で返される。生真面目な彼に苦笑を返してテレポートを行った。
「お招きありがとうございます。聖女様」
集められた貴族たちは、何故自分たちなのか訝しく思っているはずなのに、微塵も顔に出さずに微笑んだ。
「いいえ、あなた方とは一度きちんとお話したかったの」
名門から弱小まで様々な貴族を呼んだが、共通点は「領地を維持している」「他国へ売り込み亡命する疑惑がある」この2点だ。
この国の状況で領地を維持できる有能さを持ち、この国を見限っている彼らなら私の後ろ盾になってくれる可能性がある。
「まぁ、聖女様のお眼鏡にかなうなお話ができるかしら」
おっとりと微笑むのは侯爵夫人だ。ファッションアイコンとしても有名で、国内外にファンの多い彼女なら亡命も容易かろう。
「ふふ、私教会での聖女様を拝見しましたのよ。裁判を取り仕切るほど聡明な聖女様にご満足いただけるか不安ですわ」
王女が降嫁したこともある建国以来の名門の夫人の目は、まるで品定めするかのように笑っていない。
「しかし、派閥もバラバラ、性別も年齢も様々な我々が何を話すのか見当もつきませんなぁ」
神経質に痩せ細った体を支えるような立派な背広の男は、絹で財を成した伯爵。
いずれも政財界に名を知らぬ者はいない大物だ。
「そうねぇ。皆さん陛下に睨まれることを恐れずに来ていただけて、それだけで満足しておりますわ」
優雅にカップを持ち上げて微笑みかける。全員の顔から表情が消えた。私に与するつもりは無いとでも言うように、あるいは私の真意を探るように。
「そういえば、チャーチル男爵は、先日お子さんが産まれたとか、おめでたいことですわね」
突然に話を振られた彼は慌てながらも頷く。この百戦錬磨の猛者の中で、領地経営含めやり手なのは出産したばかりの妻だ。彼自身は肩身の狭い気持ちだろう。
「よろしければ近々お祝いに伺いたいわ。もちろん聖女として、祝福を授けに」
「しかし我が領地は遠方です。お忙しい聖女様がいらっしゃるには少々ご不便をおかけします」
家に聖女を迎え入れるという重要な事柄を自分一人では決めかねるのだろう。額に汗を浮かべる彼に微笑んだ。
「あら、かまわないわ。私ポータルが無くとも転移魔法が使えますもの」
さらり、と言えば流石のことに場がざわめく。
「とはいえ、出産されて間も無くはご迷惑でしょうから良い時期を奥様と相談して頂戴」
辺境軍が王都に上がってくるに当たって、中間に位置する彼の領地はなるべく味方に引き入れておきたい。決定権を握る夫人とも顔を合わせておきたかった。
何度かコクコクと頷く彼を確認してから改めて周囲を見る。私が転移魔法を使えると聞いて、びくりと肩を動かした何名かに当たりをつけた。
「私は神の子たる臣民のために、つまりあなた達のためにこの国に降り立った聖女ですから、この力をこの国のため以外に使うことはないわ。安心して」
この国以外に領地を売ろうとしている彼らに含むように伝える。
「ミラルバ伯爵?顔色が悪くていらっしゃるわ」
「......あ、いや。聖女様は前線へ行かれたことはあるのですか」
「?私はよく王宮でおみかけするぞ。前線へ行かれる暇なんぞ無かっただろう」
何人かの実務も行なっている貴族たちが首を傾げる。図らずも宰相の部下たちの口の固さが証明されたが、彼らの反応が普通だ。
「どうして?そう思うのです」
否定も肯定もしない私に目を泳がせた彼らは、隣国のあるいは他国の命で辺境軍にスパイを送り込んでいるのだろう。元々当たりはつけていたが、『偉大なる神の盾』の話を聞き、私を王宮で見たという話しも聞いて、さぞかし混乱していたのか存外あっさりと、まるで自分だと主張するように肩を跳ねさせた。




