16 地獄を踏み越えていくために
救国という名の国盗りは着々と進んでいる。実務を行う政務官、辺境軍も協力を得られそうだ。
「順調すぎて、聖女様にはまるで未来が視えているようですね」
今頃は、ラファエルが陛下へと謁見を済ませていることだろう。私と共に戻ったことは伝えているかもしれないが、私から王に会うことはない。
宰相の元で頼んでいた魔獣被害の報告書に目を通していると、当たらずとも遠からずなことを口にする。
「そう見えるのならば、あなたたちが支えてくれるからよ。これからもよろしくね」
ニコリと微笑んで言えば、周囲の部下たちも誇らしげに頷いた。彼らほど承認に飢えているものもないだろう。どれだけ働いても王から認められることはないのだから。
「もちろんです。差し当たってご依頼のありました、豊かな領地の貴族にあたりをつけましたが、いかがいたしましょう」
「そうねぇ。近衛や王の私兵は大した実力でないけれど数が多いものね。私兵をもつゆとりのある、彼ら貴族の協力は不可欠だわ。愛国心を思い出してもらいたいものね。」
他国に献上して亡命するため、この国の状態でも領地を豊かにしている貴族たちだ。味方にできれば心強い。領地の名前に目を通し、魔獣被害のエリアと比較する。
「利と理で、味方に引き入れましょう。2週間後に彼らを招いてお茶会を開いて」
「かしこまりました。将軍の方はいかがです?」
「私を完全に信じたわけでは無いでしょうけれど、ひとまず味方にすることができたわ」
「辺境軍の威光を示せることは今後の駆け引きに大きな力となります。さすが聖女様でございます」
「皮肉が効いているわね。騎士にできなかったのよ」
あの時、あの場所で、あのタイミングで、悪かったとは思えない。それなのに「国を憎んでいるか」なんて。
前回ならともかく、今回はそんな素振り見せた覚えはない。ひたすらに神からの使者として、敬虔に振る舞っていたつもりだ。
やはり、彼には前回の記憶がある?なぜ彼だけ?
最後に目があった気がしたのは気のせいではなかったの?
「時間をかければ聖女様のご意向も伝わることでしょう」
宰相の言葉に「そうね」とおざなりに答えて部屋を出た。
謁見の間の外で待っていると、開かれた扉からラファエルが現れた。謁見用に着飾った正装がよく似合う。広い肩幅も、見るからに鍛え抜かれた体躯も、豪奢な軍服に負けず、ラファエルのためにあつらえたかのようだ。
一瞬、ほぅと見惚れるも、肩越しに憎悪の眼差しでこちらを見る王と目が合い現実に引き戻される。
余裕たっぷりに王へと微笑みかけて、扉がしまるまで手を振った。
「随分と挑発的だな」
「彼が焦れば焦るだけ、周りは振り回されて疲弊する。好きなだけ私を目の敵にするといいわ」
ラファエルを執務室にまで連れていき、日頃は宰相の温めている椅子に座る。宰相とミシェルを両側に従えて、ラファエルを普段私が座っている椅子へ座るよう指示した。
「ここは、王の執務室では?」
「あの王が政治に興味を持つと思う?宰相に丸投げよ。だからこそ私が好きに動けるのだけど」
ニコリと微笑みかければ、暗い表情で頷く。その様子を気にかけるでもなく、宰相は彼に問いかけた。
「先程の謁見ではどのように?」
「陛下は、私がハルカと、......聖女殿と同行したことをご存知でないようだったので、伏せておいた」
ラファエルが私を呼び捨てにしたことで室内の温度が急激に下がる。主にミシェルだけれど、宰相や部下たちにも忠誠心が芽生えているようで何よりだ。
「隣国との小競り合いが続いていることを強調し、物資の提供を求めたところ、宰相に任せているの一言であったので、辞してきた」
本来の目的であった、終戦についての報告をしなかったのは、いよいよ王家を裏切る覚悟をしたということか。
「甲冑を脱いでいることについては何か仰られましたか?」
「何も......陛下は、本当に我々に興味が無いらしい。我が辺境伯家の忠誠も、陛下にとっては差したる価値を持たない」
悔しそうにこぶしを握りしめる。過去、甲冑を脱いで現れたのは最後の決戦のみだ。何も言わなかったことに驚いてしまう。
日頃、そうそう表情を変えることの中宰相でさえ、初めてラファエルの素顔を見た時は、甲冑を脱いでいること自体と、想像以上のラファエルの美貌にポカンと口を半開きにしてしばらく固まってしまった。
私はと言えば、そもそも甲冑姿を知らない設定なので、かろうじて表情には出さなかったが、ラファエルの悔しさは察して余りある。
「臣民あっての国、臣民あっての王。それを忘れたものに上に立つ資格は無い。私たちの国を無能な王から取り返しましょう」
余所者の分際で、と我ながら思うが、ラファエル以外の人たちは感動に震えながら頭を垂れた。
「それで、聖女殿の次の作戦は?」
「盾の効果で余った人員を魔獣狩りに回す。このエリアを特に重点的に。討伐の際は、聖女様のご加護だと、聖女様のご意志だと触れ回って頂戴」
「ふむ。今の段階で国軍でありながら聖女様のためにと動く人間は限られるぞ。あまり派手に募ると王に情報が行きかねない」
「大丈夫よ。選定は既にシモンに任せているわ。あなたは任命するだけでいい」
先程の貴族たちの領地と、そこに出没する魔獣の種類、前回学んだ効率的な倒し方を記した書類を渡して、ラファエルに触れた。
「1週間後ぐらいに迎えに行くわ。そちらは任せたわよ」
革命軍をまとめ上げ、王の喉元までたどり着いたその手腕を見せてもらおう。
トン、と押したと同時に、この場からラファエルの姿が消えた。




