15 将軍閣下の疑念
「ハルカはこの国が憎いか?」
まだ聞くつもりの無かった疑問が口をついてて出た。
あれほど大きな魔法を何の代償も無しにやり遂げたとは思えない。その代償を支払ってでも取り返したい何かがあったと考えるのが妥当だろう。
家族と、友人と引き離され、もしかしたら居たかもしれない恋人とも引き離され、死地へ送られて使い潰される。全てこの国の王の勝手で運命が捻じ曲げられたのだ。恨むなと言う方が無理だ。
それなのに、ハルカの口から紡がれる大義は心地が良い。横暴で、欲深い平民を人とも思わぬ王に仕え続けた心は疲弊して、この神聖な神の御前である教会で、神の御名の元に囁かれる救国の道は光り輝いて見える。
前回なら、あの酷い領地を見せられ、王都の格差を目の当たりにし、その上で力ある聖女に声をかけられれば間違いなく揺らいでいただろう。
だが、違和感が邪魔をする。
ハルカは、弁を弄するような娘では無かった。争いを好んで起こす人間では無かった。大義をこれ見よがしに突きつけてくる人物では無かった。
共に戦った3ヶ月の後どれほどの苦難がハルカを蝕んだのか。元来の気質を変えてしまうほど、変えなくてはならないほど、この国に復讐せずにはいられないのだろうか。
人の目を見て話すハルカが、目を逸らしがちなのはそれに罪悪感を覚えているからなのか。
「憎いわけがないじゃない」
ニッコリと、見たことがない種類の優しい笑みを向けられた。教会のステンドグラスから神々しいまでの光が差し込む。
「私はこの国を救うために遣わされた聖女。誰かを憎むことなどありません。ただ神のご意志の元働くだけです」
胸の前に手を組んで、敬虔に祈りを捧げる姿はもう私の知っているハルカとは何もかも違っていた。
「わかった」
「それじゃぁ」
「騎士にはなれない」
ぴたりと、そこで初めて焦りが表情に浮かんだ。ああ、知っているハルカが消えてしまったわけではないのだと不思議と安堵する。
帰りたいと天幕の中で泣いていた彼女も、王への恨言を口にした彼女も、人を殺めるごとに後悔に顔を歪める彼女も、私は忘れていない。
彼女が神になろうとするなら、私は人である部分を忘れないし否定しない。
いつか神になった彼女が、この国に復讐する時が来たなら、私には彼女を止める義務がある。だから、忠誠を誓うことはできない。
「だが、目指す道は同じだ。この国を救うための戦いを共に助け合うことはできる」
その時まで。その瞬間まで彼女の側で見守ろう。神になろうとする彼女の、人の部分を理解することができるのは、前回の記憶がある私だけなのだから。
「十分よ」
笑顔で手を差し出したハルカの手を握り返す。
「救国の聖女となってくれ」
前回民たちがつけた呼び名を、願いをこめて口にした。
微笑んだハルカの表情は再びあの慈悲深い微笑みに戻っていた。
教会の入り口には、シモンとミシェルが黙ったまま立っていた。
私は国と戦う決断をしたが、シモンを付き合わせる必要は無い。領地に帰るよう促そうと口を開きかけたところで、シモンに先を制された。
「閣下。私は最後の瞬間までお側におります。たとえどのような死地に向かおうとも」
前回の最期を思う。ハルカを助けるという目的のために、自らを盾にして私を助けてくれたことを忘れていない。
彼の死を無駄にしないために進んだ前回と違い、今回はまだ生きている。若い彼が自らの未来を投げ出す程の状況では無い。どう彼を説得するか考えていると、
「なりません」
と、シモンの宣誓を否定したのは他でも無いハルカだった。意外な思いで振り返ると、何の感情も乗らない表情で、静かに見据えていた。
「貴方にはラファエルの代わりに軍を率いて頂きます」
「な!?シモンを巻き込むというのか」
「シモンは巻き込まれるような人物なのですか」
挑戦的な言葉とは裏腹に瞳には感情が乗らない。
「ハルカ、私は貴女の騎士になるつもりはない。だから、私には貴女の提案を断る権利がある」
「ええ、本当の騎士になる必要はありません。ですが、協力関係は了承いただいたはずです。軍が私の支配下にあると示すためにラファエルには私の側にいてもらいます」
私の言葉を受けて、シモンが怪訝な顔でハルカを見る。
「私は閣下の命にしか従いません。たとえ聖女様といえど私に命令を下す権利はない」
「それでは貴方は、将軍閣下の命に従って領地へと帰るの?前線を捨てて?」
グッと言葉を詰まらせる部下に、これは良くない流れだと目を瞑った。
「閣下は私にそのような命を下しません。私は閣下と共に前線へ戻ります」
こうなったシモンを領地に返すことは難しいだろう。皮肉なことだが、暗殺のある王都よりハルカの盾がある前線の方がまだ安全だ。私にはハルカを見定める義務がある。ここから離れるわけにはいかない。
「......戻るのはお前一人だ」
「閣下!?」
声を荒げるシモンに、仕方なく言葉を続けた。
「どうやら私には果たさねばならない役割があるようだ。それまでの間軍を任せられる者は、秘書官であり副官のお前しかいない。私の代理として隊長たちを束ねて欲しい」
「しかし!」
「これは上官命令だ」
「......かしこまりました、ご命令とあらば」
不服そうなシモンを、最後には命令と納得させて頷かせた。




