14 進むほどに地獄
翌日、都市を出ようと外門に着くと、昼間から酒をあおるとても門番とは思えない、見るからにガラの悪そうな男たちがたむろしていた。
街中では酒どころか明日食べるものもなく飢えているというのに、彼らはいたって健康そうでひどくアンバランスだ。
馬車が通過しようとすると、声をかけて止められた。
「おい、外に出るには金がいる。金を置いていってもらおうか」
一人が剣を取り出して、御者を止めた。
既に外に出ているはずの兵達は通れたのだろうか。
「我々は王に仕えし国軍である。なんの権利があってその剣を向けている。我々を止めることは王家への反逆とみなすが」
ヘンリーの生真面目な解答を、男が嘲りながら流す。
「俺らはモーグ伯爵に言われただけだ。誰であっても金をもらわずに通すな、と。俺にはあんたらが国軍かどうかなんてわかんねーしな」
「ふむ。それもそうだ。ではモーグ伯爵にご連絡頂けるか」
「いいわ、ヘンリー。モーグ伯爵は今王都よ。連絡していては遅くなるもの。お金を払って済ませましょう」
「話が早い女じゃないか。国軍っていうなら、お前らの金じゃないだろ。ケチケチせずに払ってくれよ。俺らもこれが仕事だからよ」
そもそも都市に勝手に通行税をかけることを国は許可していない。通行税には許可が必要で、その金額も国が厳密に定めている。しかも入る時は何も言わず、出る時だけお金がかかるとはなんとも詐欺じみた手口ではないか。
モーグ伯爵を呼んでしまうと隠蔽される可能性がある。もっと悪い場合は王に泣きつかれて合法にされてしまうことだ。公になる前に合法になっていては取り締まるものも取り締まれない。
「しかし、聖女様。通行税は違法ではありませんか。我々が取り締まらなくてよろしいのですか?」
生真面目なヘンリーは小声でそう言う。頷くと、まだ納得しないようではあったが、聖女様が言うのなら、と渋々頷いた。
「して、金額は?」
「300リーンだ」
「なっ......300リーンだと!?」
車中のシモンもラファエルも目を見開く。300リーンといえば、裕福な商人の一月分の給料ぐらいだ。とても通行税にかかる金額ではない。
「国軍様なら痛くも痒くもない額だろう」
門兵達がせせら笑うように言う。彼らからしてみれば、国軍などと言う普段関わることのない人間より、近くの甘い蜜をくれる権力者なのだろう。
その庇護者を窮地に追い込むとも知らず良い気なものだ。ヘンリーに300リーンを渡し、払ってもらう。あらかじめこれを見越した宰相から預かってきたお金だ。
自分が払うと言い張るラファエルとシモンにもそう伝えた。宰相の選んだ道程なのだから宰相が用意するのが道理だと。
ヘンリーが支払い門を出ると、兵達は既に待っていた。車中のラファエルとシモンも馬へと乗り換える。
聞けば馬上の彼らは特に止められることはなかったそうだ。武装した騎馬集団に声をかけるほど命知らずではなかったようだ。
そうして進んだ次の都市ではさらに酷い惨状を目の当たりにし、徐々に兵達の言葉数も少なくなる。王都に着く頃には誰も何も言わなくなっていた。
王都の門をくぐり、付き添いの兵たちには先に軍基地へ戻るよう伝える。
再び車中に入ってもらったラファエルとシモンも言葉少なく、シモンに至っては吐きそうなぐらいに青い顔をしていた。
「ここは地獄なのか」
小さくそう呟く。無理もない。街の至る所に死体が転がり野犬がそれに噛み付く。そこかしこで強盗やスリが横行しており、法的組織が機能している様子もない。貧民街、ストリートと呼ばれる昔は街の一角だったエリアが最早王都の半分になりつつある。
一方で貴族街に一歩入ればまるで違う街のように整備され、美しい街並み、高級ブティックに高級飲食店が立ち並ぶ。街に入るための入り口には警備がずらりと立ち並び、忍び込もうとする貧民街の住人を容赦なく追い払っていた。
「ここまでひどい格差とは」
これまで通ってきた領も貧しかった。民も飢えていて治安が悪かった。だけど、ここまであからさまに、対比するように、下品なまでに、搾取された結果の街は存在しなかった。
ラファエルもまた、言葉少なく外の様子を目に焼き付けていた。
「わかりますか。今まで見た全ての街の貧困は、この王都の餌となったからです。民から吸い上げた全ての富はこの街だけで回るのです」
私が断罪を行った教会もこの街の中にある。あの時集った平民たちでさえ、この貴族街に入ることを許された選ばれた平民だ。王都の三分のニの平民はスラムで過ごしている。
「ラファエル、あなたたちが命がけで守っている国の現状がこれです」
ぐ、と膝の上で拳を握るラファエルは、苦悶の表情を浮かべていた。
「ヘンリー、止めてくれる?」
街の中腹で馬車を止めてもらう。
「聖女様、どちらへ?」
「教会よ」
尋ねるシモンに微笑んで、付いてくるよう指示をした。
「お帰りなさいませ、聖女様」
教会関係者に頭を下げられ、祭壇まで進む。祈りを捧げたいからと人払をお願いした。
「私が連れてきたわけだけれど、良かったの?国軍のトップが先に教会に来て」
戦争の終結を、戦果を報告することを理由にここまで連れ出した。彼がここに寄ったと王に知られれば、罰されてもおかしくない。黒い力で握りあっていた、教会と王権は前回教会の腐敗が一掃されたことでヒビが入りつつある。
「何か話があって寄ったのだろう。ハルカの話の方が大事だ」
一緒に旅をして多少は慣れたはずのその美貌に、大事の一言であっという間に引き戻される。
キラキラしい目で真っ直ぐ見つめられると、どこに目線を置いていいかわからなくて目が泳いでしまう。
ここが勝負どころだから、見惚れている場合ではないのに。
「最初にあなたに会った時に言ったわね。忠誠心の高い騎士を迎えに来たと。私はこの国を、悪虐の王が神の子たる臣民を苦しめ続けているこの国を救うためにここに来た」
前回は甲冑で何を考えているのかわからなかった。今回は、その透き通ったエメラルドグリーンの瞳が何かを見定めようとしているようで、ぐっ、とその目を見つめ返した。
「国として存続していることが奇跡なほどに腐り落ちているこの国を、まだ民が生きている今なら辛うじて間に合う。民のためにない王に、王たる資格は無い。私の騎士になって、ラファエル。あなたの力が必要よ。私と共にこの国を救いましょう。」
私の言葉を最後まで聞いた後、ラファエルは静かに口を開いた。
「それは、この国にクーデターを起こすということか」
「必要であれば」
「ハルカは......この国が憎いか?」




