13 想像を超える不幸は隣にある
「ハルカ、感謝する」
天幕に入るや否やそう言われて面食らう。
「負傷兵たちを治してくれたと聞いた」
「ああ、その件は箝口令を敷いてほしいと、私の方から頼みに行くところだったわ」
「王の耳に入らないようにか」
「ええ」
王だけでなく、腐敗した中央貴族の耳にも入れたくは無い。当時この能力は無かったから、どういう風に悪用されるのか予想が
つかない。なるべく王位を取るまでは不足事態を作らないようにしたい。
「わかった。任せておけ」
あまりにもあっさり納得されたので目を丸くする。ラファエルは忠誠心の高い騎士だ。王家に隠し事など進んでするような人間では無い。
前回だって彼に頼めば大体のことは何とかしてくれたけど、魔獣を掃討しに行くという任務を与えられた時に、この前線を離れたく無いという私の要望は通らなかった。
「何を驚いている。言っただろう、守ると」
これは、本当に前回のラファエルと同じ人なのだろうか。顔に熱が集まる。私は、推しが平和に過ごせる国を作ろうと思っただけで、推しと恋愛しに戻ってきたわけではないのに。
「ありがとう、貴方の騎士道に感謝するわ」
勘違いしてはいけない。彼は模範たる理想的な騎士なのだから。任務として指示されていない時は、婦女子を守ることを優先しているのだろう。
ラファエルは、その綺麗な顔を曖昧に笑みの形に変えて頷いた。
「ミシェル、これは一体......?」
出発の日、馬車に乗り込んでみれば信じられないぐらいの量のクッションで埋められていた。
「宰相閣下の指示のあった帰路がひどい悪路でしたので聖女様が窮屈な思いをしないよう、ご用意致しました」
ドヤ顔で尻尾が見えるほどの褒め待ちで、思わず笑ってしまう。
「ありがとう、戦場でこれだけの準備大変だったでしょう」
「いえ、兵たちが手伝ってくれましたから。聖女様の人徳あってのことですよ」
「そう」
前回は別れを惜しむ間もないまま、連れ去られるようにボロボロな荷台に乗せられて、魔獣の生息する地域へと出発した。
あの時、挨拶もせず立ち去った私を彼らはどう思ったのだろう。
「ハルカ、準備はできたか?」
「ええ、ラファエルは馬で行くのね」
「騎士が二人も乗っては狭いだろう。私は外で警護させていただく」
馬車の中をチラッと覗き、「愛されているな、聖女様は」と微笑まれた。
「きちんとお別れができて何よりだ」
「ええ、すぐにまた会うけれどね」
ラファエルが納得したら、彼らはそのまま聖女のための軍となる。私にとってはそれが理想的だ。
「何事もなく戻ってこれたら僥倖だ。私も久しぶりに中央へ行く。頼りにしている」
「ええ、こちらこそ王都までよろしく」
そうして、ラファエルと数人の護衛の兵たちを連れて、私たちは出発した。
これは、ひどい。
酷い道を、酷い領を、と頼んだけれど、想定以上に酷かった。
かつては栄えていたであろう、民家や商店が軒を連ねるメインストリートも、そこかしこに飢えた人々が寝そべっている。
動かず横たわる人には蠅がたかり、生きているのか死んでいるのかすらもわからない。
「これは......ひどいな」
さすがに街中で馬上の兵は目立つ。ここではまだ聖女だとバラす気はなかったため、ラファエルとシモンは共に馬車に乗ってもらい、あとは宿で落ち合うこととした。
「領主は何をしているのかしら」
この惨状を見て本当に何もしないなんてことあるのかしら。自然眉を顰めるように険しい顔になる。
「今はどこもこんな感じですよ」
三人の中では唯一の平民であるミシェルは、かつて教会の騎士でもあったため、よく遠征をしていたようだ。
つまらなさそうにそういう彼は、そんな悲惨な現状を目の当たりにしながらどうして神を信じられるのだろうか。
「今では中央から遠ければ遠いほど、豊かです。腐敗の手から物理的に距離をおけますからね」
中央の権力争いなどにうつつを抜かしていれば、自分の領地があっという間に敵国の手に落ちると、そういうことなのだろう。
辺境伯家のラファエルはもちろん、シモンも王都からは遠い領地を持つ子爵家の四男だ。自領を思い出して何度か頷く。
無事に他の兵とも合流し、宰相に手配してもらった宿へ入ると、夕飯は出せないのだと申し訳なさそうに言われ、首をかしげた。
「お金はお支払いできますが、用意は難しいのですか?」
「お恥ずかしい話ですが、この領地には外から食料が入ってきません。欲深い領主が高い関税をかけた結果、領民は買えず、商人は来なくなりました。領内で収穫したものもほとんどが領主に納めるので、税は高くなる一方です。外から客が来ないので、宿も私のところが最後の宿になりました」
「あなたたちは何を食べているのだ」
「納税の対象外である馬鈴薯ですね。それも、今はそれしか食べるものがありませんから、価格が高騰しております。他の領地へ逃げたいですが、この国ではどこに行っても同じでしょうね」
領民たちの貴重な食糧を奪うのは本意ではない、夕飯は結構だと伝えた兵たちには携帯食を取るよう伝えた。
今晩にでも追加で携帯食を王宮に取りに行こう。
「どうでしたか」
「あまりに、酷いわね」
突然の登場にも慣れたもので、もはや誰も驚かない。私のために用意された椅子に腰掛け、部下が用意してくれた紅茶へお礼を言って口をつけた。
「あれは誰の領地?」
「モーグ伯爵ですよ」
「モーグ伯爵というと赤毛でウェーブがかった中年の?」
「ご面識がありましたか」
意外そうな顔で見つめられたが、今回は未だ面識は無い。
前回初めて出た舞踏会で、ワルツを誘われ一緒に踊り、暗がりに連れ込まれそうになったので押しのけて逃げたのだ。大して力を入れてもないのに、大げさに痛みを訴えて。
それから事あるごとに私のマナーが、聖女としての品性がと罵る反面、何度となく襲われそうになった。塔の門番を買収して塔にも一度来たことがある。その時には防御の盾を構築できるようになっていたから大事なかったけれど。あの執念深さにはゾッとする。
「いいえ、あまり良い噂を聞かない方ね」
「さすが、聖女様の情報源が一体何か見当もつきませんが。仰る通り、素行の良い方ではありません。くれぐれもお一人で近づくことのないようよろしくお願いします。大切な御身でございますから」
長いまつ毛をふせて、心配そうにそういう彼を、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ。一人で会うことはないし、何かあったら、そうね男性の大切なところにでも陣を刻むわ」
「......品位を下げますのでそう言ったことは慎んでください」
ヒュンと股を合わせた部下たちを一瞥して、ピシャリと怒られ肩をすくめる。
「それじゃあ、携帯食の追加の件よろしくね」
本題を伝えて、転移を使う。意外と魔力消費が大きいため、『偉大なる神の盾』と併用だと一日のうちにそう何度も使えるものではない。
チート、といえど万能では無いなと思いながら宿に戻った。




