脇役たちの悲喜交々
「聖女様に御目通り願いたい。」
天幕の前で待つミシェルの元に、昨日の昼間聖女様へ無礼を働いた兵士がやってきた。
「聖女様は大変お疲れだ。私が用を伺う。」
本当であれば即座に切り捨ててもよかった。お優しい聖女様が止められたから手を出さなかったが、次また無礼を繰り返すようであれば容赦しない心積りであった。
「先日のご無礼を謝罪させて頂きたい。」
「そのようなことで、聖女様のお手を煩わせるつもりか。本気で謝るつもりがあるのなら、この天幕の前で聖女様に頭を下げ続けるべきだ。」
お前のようなものがすぐにお会いできる方では無いと、すげなく追い返そうとすれば、「聖女様にお伝え頂ければ会ってくださるはずだ。」と食い下がられる。
「私の仕事は、聖女様をお守りすることだ。お優しい聖女様がお許しになっても、聖女様に刃を向けたお前を、近づけるはずがないだろう。」
しばらくそうして睨み合っていたが、頼む立場の兵が先に折れる。その場で平伏し、聖女様を待つこととした。
職業軍人として淡々と仕事をこなす真面目な彼にとっては、自分のささいなプライドよりも自分を含め若い部下たちを救ってくれた聖女へ、礼を尽くしたいという気持ちの方が大きかった。
「何かあったのか。」
だから、ラファエルが通りかかった時、これではまるで聖女様に頭を下げさせられているようで、彼女の評判を下げるのでは無いか、と思い至り慌てて頭を上げたのだが、時すでに遅く部下思いの上官は、聖女様の護衛騎士から守る形で兵の前に立った。
「失礼、護衛騎士どの。我が部下が聖女様に何か無礼を?」
「閣下、恐れ多くも私は護衛騎士では無く聖騎士として任を賜っております。」
「なるほど、では聖騎士どの事情をお聞かせ願えるか。」
ラファエルにとってはその違いがよくわからなかったが彼にとっては重要なのだろう。先を促すために望むように呼称すれば、幾ばくか納得したのかミシェルが事情を話した。
「閣下もお聞き及びのことと存じますが、聖女様がこちらに到着された際、その者は聖女様に刃を向けました。会いたいと言われて、はいそうですか、と言うわけには参りません。謝罪したいのなら聖女様を呼びつけるのでは無くいらっしゃるまで待たれてはいかがか、とお伝えしたのです。」
「なるほど。ヘンリー相違無いか。」
色々と省略されてはいるが大筋に間違いはない。ヘンリーと呼ばれた兵も、顔を上げて頷いた。
「聖女様への非礼は上官である私が詫びよう。彼らは業務として事前通知のない転移者を警戒したに過ぎない。」
「そんな、将軍閣下。私が部下たちを代表して謝罪に伺ったのです!」
自分の振る舞いのせいで、辺境伯家の直系の息子を跪かせるなどとんでもないと慌てる兵を他所に、同じく平民であるはずのミシェルは、我関せずの態度を貫いていた。
「それでは聖騎士どの、ハルカを呼んでもらえるか?」
「は?」
そう振られて、盛大に顔を顰める。その兵の代わりに謝るのであれば、聖女様が出てくるまで待つべきだろう、という不満と、聖女様を名前で呼ぶなど何様のつもりだ、という怒りで自然、低い声が腹から出た。
「もとよりハルカに聞きたいことがあり訪ねた。私が呼ぶ分には問題ないだろう。」
「聖女様はお休みになられています。起きてこられたらお呼びしますので今はお引き取りください。」
「随分日の高い時からお休みなのだな。」
「『偉大なる神の盾』を常時起動されているのです。常人にはわからぬほどの魔力消費でしょう。」
「昨日ハルカはこの程度であれば問題無いと言っていたが、聖騎士殿の主は自身の力量を見誤る方か?」
「そんなはずはないでしょう。」
「それでは、お伝え頂けるな。」
ラファエルが、圧を込めて命ずれば、そばで見ていた兵は頭を下げたくなるほど萎縮したが、当のミシェルは気に食わないと睨み返した。
「ミシェル、何かあった?」
そこにひょこりと顔を出した聖女様に救われたのは、この場の誰よりもその兵であっただろう。
「あら、ラファエル。と、ヘンリー?どうかした?」
名乗ってもいない自分の名をご存知だなんて、と感動に打ち震え、兵は聖女の前に平伏した。
「聖女様、先日は大変なご無礼を申し訳ございませんでした。」
ラファエルが謝るより先に、勢いよく叫んだ兵に、ミシェルの静止を無視して聖女、ハルカは兵の手をとった。
「いいえ。貴方のように職務に忠実な人がこの前線にいることを誇りに思うわ。何一つ謝ることはありません。」
天使を思わせる慈悲深い微笑みに、つ、と涙が溢れる。
「先程、自分を庇って負傷した部下を聖女様が治して下さったと伺いました。ありがとうございます。」
嗚咽を堪えるように、もう一度零したありがとうございます、は上手く言葉にならなくて、背中に添えられた温かい手に、ますます涙が溢れた。
年々減らされる軍備に気付いていないわけがない。守りたい民は貴族に搾取され、対して思い入れのない王家は肥え太る。
死に物狂いで戦って武功をあげてもその先は無く、怪我をすれば国から切り捨てられる。ラファエルだけを信じて集った兵たちは疲れ切っていた。
「感謝は私を遣わせた神へ。悪虐の王から、国民を救うために私は参ったのですから。」
あく、ぎゃく?
柔らかな微笑みで告げられた言葉は上手く兵の中には吸収されず、ただ目の前の人が王の元から送られたわけでは無いことだけを理解した。
神様は我々を見放しておられない。
それだけが、何よりの救いだった。
「ハルカ、私からも礼を伝えたい。明日以降の相談もあるのだが。」
「閣下、気安くお名前をお呼びするのは辞めて頂きたい。」
まだ少し幼さの残る綺麗な顔を大きく歪めて、咎めるように口にしたミシェルを「私が許可したわ。」と鋭く嗜めて、ハルカはラファエルを自分の天幕へと招き入れた。




