11 救国への二歩目
「失礼する。ハルカ、天幕の居心地はどうだ?」
敵の殲滅から半刻。案内された天幕は前回と違い、貴人が滞在するに相応しいよう整えられていた。
前回と違い、宰相に話を通してから出発したのだ、ラファエルには私が行くことが通っていたのだろう。
「ありがとう。快適にすごしているわ」
机に広げた地図を一瞥して目を見開く。聖女が戦略を練っている姿は意外だっただろうか。
目を見開く姿すら美しくて見惚れてしまうのは、顔に出さない。
はぁ、本当に推し。完全に推しと同じ顔。
「先程今晩中に決着をつけると仰っていたが、聖女殿の戦略をお聞かせ願えるか?」
「ああ、ええ。戦略と言うほどでは無いのだけれど」
私の考えを伝えると、ぐっと眉間に皺が寄った。
「それでは、ハルカの負担が大きすぎる」
「全然平気、とはたしかに言えないけれど、まぁ無理でも無いし。これが一番敵味方共に犠牲が少ないもの」
は、と気が付いた顔に頷きかける。
「昼間のあれも、見かけよりは敵兵の負傷は少ないと思うわ」
自軍の兵士さえ踏み越えて行くような、非情な、あるいは非人道的な、そう言う国では無いし、そう言う指揮官では無かったはずだ。
冷静に撤退していれば、与えた打撃はそれほど大きくは無い。ただ、今後の自軍への私の影響力のためには、大きく見せる必要がある。
「どうして、敵兵にまで気を使う?」
戦争をする上で当然の質問だ。最初に異世界に来た時は、右も左もわからない中で初めて人を殺した。
遠隔で、何の実感もないまま。
それが果てしなく恐ろしかった。自分の力が。
それでも用済みになれば消されるのは聖女としての私だ。だから、その後の1年間心を殺した。
何も感じなくなった頃、塔に入れられて。考える時間は無限にあった。目の前に、見ていないはずの死体が積み上がる夢を見た。
人殺しと叫ぶ遺族の声が脳に響いた。
せっかく彼らも生き返らせたのだから、無駄な殺しはしたくない。それだけだ。
「貴方もわかっているでしょう?彼らはこの国を救うつもりでいることを」
腐り切った王族に、税を取り立てるだけの貴族。まともな貴族達はとっくに国を見限って、亡命の準備を進めている。中央に行けば行くほど、スラムの数は増え、街のあちこちに飢えた死体が転がる。
亡命国として多くの貴族を受け入れる予定の隣国が、腐り切る前にこの国を手に入れようとしていることは自明だ。
国民のことを思えば本当はここを通してしまう方がいい。さっさと隣国の、まともな王族に助けてもらう方がいい。
「それでも、侵略だ」
そう、全て口約束で、亡命する予定の貴族が受け入れられる確証も無ければ、植民地扱いされる可能性だってある。
だから腐りかけた国だとわかっていても、今よりも酷い扱いにならないように彼らは戦っているのだ。
「そうね。でも、前線の兵達はそう思っていない」
義憤にかられる隣国の敵兵達が、大量虐殺なんてされてみれば、後に残るは理不尽なまでの恨みだけだ。
矛先は全てラファエルに向かうだろう。
「私は、ね。新しい国を作るつもりよ。だから恨みは不要なの。示すべきは圧倒的な力の差だけ」
「新しい、国?」
「貴方が都市を離れている間に、多くの災害があったわ。飢饉にも見舞われた。中央に戻ったら驚くでしょうね。その時に改めて私の考えを伝えさせてもらう」
難しい顔をしたまま、縦にも横にも振られない首に、聞こえていたのか不安になって、下から覗き込んだ。
ああ、下から見てもやっぱり綺麗な顔だ。
高い鼻筋も、すっきりとした顎のラインも、魅惑的なエメラルドグリーンの瞳も。完璧な造形美に嘆息が溢れそうになる。
私の瞳に気がついて、ぱっと顔が赤くなるのも、普段の彼からは考えられないぐらいに可愛らしい反応だった。
「わかった。しかし、無理があれば言って欲しい。私たちが守るべき対象には、間違いなくハルカ、貴女もはいっているのだから」
貴方を守るためだけに大勢の命を代償に、時を遡った私がかけてもらって良い言葉では無いな。
と、ぼんやり考えて、それから微笑んだ。
「私に、見返りなく守ると言ってくれるのは貴方ぐらいよ」
今度は貴方を死なせない。そのための国盗りなのだから。
ずらりと眼前に居並ぶ自軍の兵士たちを眺める。目に映るのは憧憬、畏怖、そして得体の知れないものに対する恐怖。
「初めまして。私はハルカ。神の子たる臣民を助けるため、神より遣わされた聖女です。神は、貴方たちの血が流れるのを望んでおられません」
金髪碧眼の美少女なら、涙ながらに訴えれば彼らは盛り上がるのだろうが、生憎私は黒髪黒目のいたって平均的な、強いて言うなら愛嬌のある顔をした日本人だ。
彼らを動かしたいのなら、力をもって示すのがよいだろう。
『盾となれ』
パンと手を合わせ、一気に両腕を開く。瞬間その場に大規模な結界が展開された。
外部から人の入らない、矢も何も通さない頑強な盾。内側からはほんのり色づいて見えるそれは、外から見れば何もない空間に見えるだろう。
まだ状況を理解できていない彼らに再び言葉を紡ぐ。
「この『偉大なる神の盾』は、神が貴方たちを守るために私に与えた力の一つです。悪虐の王の下、徒に命を散らされる貴方たちを、守るための力です」
ざわ、ざわと少しずつ大きくなる声はやがて一つの雄叫びとなった。作戦を伝えた時、ラファエルから兵は分かりやすい名を好むと言われたので、現世を思い出してそれっぽい名前を付けたが効果は抜群だったようだ。
もちろん長期間に及ぶ、隣国との小競り合いに疲れ切っていたのも大きい。なんせ隣国の陣営にはポータルがある、物資は尽きないし大きな怪我を負えば本国に返される。ポータルの無いこちらは一度の負傷が命取りだ、状況が違いすぎる。
この盾がちゃんと機能すれば、国境を守るという一点において事実上の勝利である。
「ここまでよくぞ生きてくれました。ここからは誰一人欠けることなく本国へ帰りましょう」
微笑めば、兵たちの興奮は最高潮へと至る。抱き合って歓喜に涙する彼らを、再度引き締めるのは私の仕事では無い。
後はラファエルに任せて、その場を後にした。




