10 将軍閣下の戦慄
これは誰だ?
隣で顔色一つ変えずに敵を殲滅した少女を見て脳が混乱する。
少なくとも、こんな暗い目をした少女では無かった。どういうことだ。
前回は複数の護衛騎士と共に現れ、数日間魔法の練習をした後に、こうすれば略式で魔法を使えるのだと、手に彫られた魔法陣を見せられた。
少女の道楽と、聖女の箔付のためにこの戦場に来たのだと侮っていた幹部は、ハルカの決意に頭を下げた。
まだほんの少女の柔らかい手に刻まれた、痛々しい魔法陣は存分に助けとなり、1年かかると言われた決戦を3ヶ月にまで短縮した。
そのまますぐに魔獣の殲滅へと向かわされた聖女を、どうしてあの時引き止めなかったのかと、軍内では随分怒られたものだ。
その聖女は、少なくともこんな目をしていなかった。
敵兵だとしても、人の命を簡単に散らすことができる少女では無かった。
この魔法を見る限り、あの握った両手の中には魔法陣が刻まれていることだろう。いきなり現れたことといい前回と何かが大きく異なっている。
「ラファエル、私は宰相閣下に願い出ました」
ハルカは眼下の、ほぼほぼ勝敗の決した軍勢を見下ろしながら言葉を落とす。
「敬虔な者と忠誠心の高い者を騎士としたいと」
顔を上げて、私をしっかり見つめる。その思いの詰まった、否、思い詰めた瞳に、記憶の中の彼女と目の前の彼女が一致しない。
「貴方を迎えに来ました。この戦場は今晩中に決着を付けましょう」
何を、前回ですら三ヶ月かかったのに今晩中なんて、いやその前に私を迎えに来た?どういうことだ。
「貴方の王家への忠誠心は理解しています。答えは今すぐでなくて結構よ」
ニコ、と微笑んでその場を離れたハルカの背を黙って見送る。
とうに国への忠誠心など消え失せていたはずなのに、あれほど次はハルカを支えると決めていたのに、何故か即答出来なかった。
知っているハルカと違いすぎたからなのか。
それでも、最後の微笑みは紛れもなく知っている少女のもので、何故かひどく胸が痛んだ。
「閣下、聖女とはかくも強大な力を有するものですか」
前回は少女の健気な決意に心動かされたシモンも、今回はただただ、強大な力の前に畏怖を滲ませた言葉を呟く。
「敵国にいなかったことを幸運に思います」
率直な感想に、同調しかねる。
夢かと思っていたが、確信した。
聖女が現れなければ、妄想にも近い夢に呆れるところだったが。聖女は現れた。
信じ難いことだが、空に浮かんだ巨大な魔法陣は時を戻す魔法だったということだ。
しかし、彼女は本当に前回のハルカと同一人物なのか。私を知らない事といい、この場所を知らない事も含めて。
否記憶があったとしても、そう振る舞う可能性の方が高いが。
信じたくないのだろうか。焦がれた聖女の変わってしまった姿を。
しかし実際、彼女が前回の記憶を有しているのなら、確実に国に復讐をするだろう。そのために記憶を巻き戻したに違いないのだから。
何故自分だけ記憶が残っているのかはわからないが。
ある意味敵国にいるよりもやっかいなのではないか。
先程の光景を思い出してゾクリと背筋が凍った。




