第六話 過去1
本作品の製作にあたり、世界観・物理設定の検証およびブレインストーミングの補助として一部対話型AIを使用しています。本文およびストーリー展開はすべて作者自身により作成・執筆されたものです。
またこの作品の、タイトルはいまだ未定であり、決定次第随時変更していく次第です。
加えて、本作品には性的、差別的な内容が含まれているので苦手な方はご注意下さい。
ご理解、ご了承のほどをお願いいたします。
また、事前の告知等はするつもりなのですが、タイトル変更によって当作品の検索が困難になる場合がありますので、作者名を覚えていただくか、ブックマーク等の機能を活用していただけると幸いです。
"俺"という意識の本当の始まり、つまり現代においての最も古い記憶は、
いやに広く、開放的で、目障りだと感じるほど多種多様な色彩にあふれた
部屋の景色だ。
部屋には決して少なくない数の子供や大人がいて、たくさん取り付けられた窓から太陽の光が十分すぎるほど入ってくる。
日の光に照らされたことでより彩りが豊かになった折り紙や積木たちが、自身に
宿っている生命力をこれでもかと主張している。
子供たちの元気な声
大人たちの優しいまなざし
色とりどりな作品たち
それらが作り出す、まさに幻想的とも呼ぶべき世界は、力強く、尊く、
そしてなにより、「希望」に満ちあふれている。
「この先の世界には必ず幸せが待っているのだ」という希望が。
だけど、
やはりこの部屋の嫌なくらいの広さに目が行ってしまい、
そこにあるべきものが、当然のように置かれて然るべきものがない、
そんな空虚感を感じてしまう。
だからなのだろうか。
この「希望にあふれている」とされている世界が、
俺にはどうしても何かを隠すための不格好で醜悪な、厚さなど何もない
ただの薄っぺらい紙にしか見えなかったのは。
後でわかったことなのだが、どうやら俺がいたあの場所は乳児院であり、おれは
実の親から捨てられた、いわゆる「孤児」だったらしい。
高校生のカップルが、気分が盛り上がって避妊もしないままやることやってたら
できたっていう、よくある話。
当然男のほうは逃げだし、孤独になった女は誰にも言えないまま、一人で出産。
そしてそのまま病院にあづけてとんずらという流れらしい。
病院に届けられたとき、俺の近くには名前が書いた紙だけおかれていたため、身元の確認はできたのだが、俺を産んだであろう女の居場所は特定できず、そのまま
乳児院であづけられたっていう話らしい。
乳児院はとても暖かい場所だった。
子供たちは元気いっぱいで一緒に遊んでて楽しかったし、職員さんたちは俺と
しっかり向き合ってくれて、本来は親が与えてくれるであろう愛情を代わりに
たくさん届けてあげようとしてくれていたと思う。
だけど、なぜかそれらを素直に受け取ることができなくて
ぽっかり空いた穴は埋まるどころか広がっていく
そして、そんな自分に対して嫌気がさして、また穴が広がるということを繰り返した。
小学生に上がる前に、乳児院から児童養護施設に移ったのだが、中学生になっても法律上の親ができることはなかった。
どうやら里親が見つからなかったらしい。
一般的に、里親には不妊治療がうまくいかず子宝に恵まれなかった代わりに孤児を育てようとするケースが多く、結果として引き取る側は乳幼児を引き取りたいと考える人が多数派である。
逆に、中高生の段階まで至ってしまったらすでにある程度の人格形成が終わっている段階にあるので、仲を深めるのが難しいのではと考える人が増え、引き取られることはほとんどなくなってしまう。
もともと、親などいないのが当たり前だったのでそこまで悲しむことはないと思っていたが、いざ可能性がなくなってみたら、体の真ん中のあたりが嫌に力んで、
本来持っているはずの柔らかさを失っていくような感覚に襲われた。
何より決定的だったのは、俺産んだであろう女との再会である。
物心ついてからしばらくたったある時、なぜだか親にあってみたいという気持ちが湧き出てきた。
(今思えば、親とされているものというのが正しいのだが)
明確な理由などない。
それは単なる好奇心だったのかもしれないし、もしくはその二人が自分を
待ってくれているのではという期待があったのかもしれない。
ただ、公的機関をもってすら女の居場所を見つけることはできなかったのだから、ただの民間人であった自分には探偵のように特定することなど奇跡でも起こらなければ到底不可能なことだった。
しかし、運命の気まぐれか、はたまた自身の熱烈な祈りが天に届いたのか、
その奇跡が起こった、起こってしまったのである。
なかなか手がかりが得られるず、八方ふさがりになってしまった状況で、
ある夜、偶然、公園のベンチに座っている女が目に入った。
その姿、顔、雰囲気ですぐに直感した。
こいつが母である、と
DNA検査といった明確な証拠があったわけではないが、絶対に間違えていない
という確信があった。
「親と子の血のつながり」というものだろうか。
俺自身が生まれてから今日にいたるまで、この女と共有した時間などほとんど
ないというのに、俺の体の遺伝子に刻まれた情報は、たしかにこの女との
つながりを作っていたらしい。
どう声をかければいいかわからなかった俺は、とりあえず木陰に隠れて
その様子をうかがった。
だが、少なくとももう一度会えたのだから、いつか落ち着いた機会に親子として
話せるのではと心の中であざやかな風船を膨らませたものだ。
しかし、それが割れるのも早かった。
ある見知らぬ男性が現れたのだ。
俺の生みの親である男ではなく、文字通り見ず知らずの他人。
すらっとした長身に、清潔感のある見た目で、顔も整っているという、絵にかいたような美形だった。
その男は女の隣に腰かけると、その肩を優しく抱き、自分の方へ引き寄せた。
それを皮切りに、女も、男性の胸に顔を預けて、情けなく泣き始める。
どうやら、俺の親はすでに破局していたらしい。
(妊娠した相手をおいて逃げ出したのだから当然ではあったのだが。)
しかし、そんなことはすぐに忘れてしまった。
いや、前もって想像はしていたが実際にその様子を見て俺の心は多少なりとも当然沈んでしまったが、それ以上に衝撃的なことが起こったのだ。
「....いつも、前の男とその子供の姿が頭に浮かんでくるの。
幽霊みたいに私がどこにいようとついてきて、髪を痛いくらいに引っ張ってくる....
そして振り返ったときに血走った目でこう言うの、
"お前を殺してやる"って....
だから私...怖くて....つらくて...
どうすればいいのか、わかんないよ....」
女の言葉だった。
悲痛感にあふれ、ありとあらゆる不幸をすべて集め、心の中で煮詰めながら
ため込んでいた、そんなおぞましいものを思わず吐き出してしまった、そんな声。
そんな、悲劇のヒロインのような感動的な話を聞いて、男性は、まるで白馬の王子のような、潔白で、いっそ神々しいともとれるような雰囲気をまといながら言った。
「悪霊だろうと、暴漢だろうと、なんだろうと、僕が絶対に君を守って見せる。
だから君は、ただ僕の隣で、微笑んでいてほしい。
君の笑顔が守れるのなら、
僕は英雄だろうと何だろうと、きっとなることができる。」
その様子はとても美しかった。
ある男女の一世一代の愛の告白。
相手のために、どんな困難であろうとくじいて見せるという、そんな誓い。
その現場をみて、みせられて、俺は一体何を思えばいいのだろう。
いや、理性的には分かっている。
俺という存在は、女にとって有害であり、恐怖をもたらすものでしかない。
そのうえ、女はまだ20代くらいであり、大人へといたる階段を
上っている最中なのだ。
過ちの一つや二つ当たり前で、それを許してやるのが正義なのである。
この男女の、完成されつつある美しい世界を壊さないようにすることが
正しいのである。
であるならば
存在しているだけでそんな世界を壊してしまう俺は、
いったい何なのであろう。
何になれるというのだろうか。
気が付いたら、施設に戻って布団の中にいた。
ここに戻るまでの明確な記憶はないのを考えるに、
おれの心はかなりの衝撃を受けていたらしい。
布団の中に顔をうずめて、完全な暗闇に包まれると涙が出てくる。
抑えようとしても、どうやったって止まらなくて、そのうちに声が出てきた。
「あぅ」だとか、意味を持つ言葉になれなかった、単なる音。
どこの誰が聞いても、赤子の癇癪みたいなものだと感じるだろう。
いや、「みたい」というのは適切ではないかもしれない。
だって、俺の心のずっと奥の方は、
「赤子」の時の段階で止まっていたのだから。
幸い、勉学や運動自体は人並み以上にできたおかげで、学校などで孤立することはなかった。
物覚えは結構よかったし、何度も反復した練習をしていたからか、四則演算に関しては4桁までの計算なら暗算ですぐに出せる。
男と女の劣った遺伝子を継いでいたということはなく、そのうえで自身の人間的価値を作りたいという理由で努力していたことが活きたらしい。
(まあ、親からの愛などを題材とした古文に関するテストでは、手が動かなくなって0点をとってしまったのだけど)
周りの人たちは、「頭がよくてすごい!」だとか「運動ができるのかっこいいね」とか褒めてくれることもあるし、逆に「頭がよくても意味ない」だとか「調子に乗るな」とか悪口を言ってくることもあった。
もちろん、誰かに褒められることはうれしいし、陰口をたたかれることで苛立ったり悲しんだりすることもある。
だが、いい言葉も悪い言葉も、俺の中で長い時間その存在感を保っているということはなくて、たいてい数分もしてしまえばどうでもいいものになってしまう。
他人に対して興味がないだとかそういうことではない。
しかしなにか、「崖のようなもの」があると感じてしまうのだ。
「勉学」や「運動」といった能力的な部分ではない、
人格とか、アイデンティティーというのだろうか。
そんな本質的な部分で彼我の間には致命的な、
そして、
決して埋まることがない大きな崖が存在していて、
相手の言葉が、
自分の言葉が、
それぞれに届く前にその底なしの穴に落ちていく、そんな感覚。
(まあ、それも悪いことばっかりじゃないと思うけどね)
言葉が届いていないからこそ、人からの悪意を皮肉や冗談としてなんでもないことにすることができる。
何かを考えるたびにくだらないジョークや皮肉を繰り返し、あたかもユーモアにあふれた人間であるかのようにふるまうことができる。
そうすることで
深淵に落ちていく言霊たちがあたかも普通に届いていると他人に錯覚させ、
誰かに崖を悟られることがないのだから。
ご愛読くださりありがとうございます。
更新の頻度に関して不定期になってしまうことをご容赦ください。




