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この世に一人だけの錬金術師~物作り好きのゲーマーが家族のためにアイテム革命起こします!~  作者: 鳥助
第二章

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63.モーンワーム(1)

 息を潜め、周囲を探る。葉擦れの音。遠くで鳥が羽ばたく気配。けれど、さっきまで感じていた何かの気配が、ふっと濃くなった気がした。


 その瞬間――どさっ。


「え?」


 私とアルビスさんの、ちょうど真ん中。上から何かが落ちてきた。反射的に飛び退く。視線を向けた先にいたのは――。


「ひっ……!?」


 思わず声が裏返った。一メートルは優にある、太くて丸い体。鮮やかな緑色に、まだらに散った黒い斑点。表面はぬらりと光り、短い脚がびっしりと並んでいる。


 巨大な、芋虫。しかも、顔らしき部分がゆっくりとこちらを向いた。黒く濁った単眼が、ぎらりと光る。


「……っ!」


 次の瞬間、その巨体がばねのように跳ねた。


「ルイ!」


 アルビスさんの声が飛ぶ。けれど避けきれない。どん、と重たい衝撃が胸元にぶつかり、私はそのまま後ろへ倒れ込んだ。


「うわっ!」


 背中に地面の感触。落ち葉が舞い、視界いっぱいに緑と黒のまだら模様が迫る。重い。しかも、ぬるっとした体が腕に絡みつこうとする。


「ちょ、ちょっと待っ――」


 その時。鋭い風切り音とともに、横から衝撃が走った。ばしんっ、と乾いた音。


 巨大な芋虫の体が横へ弾き飛ばされ、地面を転がる。アルビスさんの蹴りだ。無駄のない、正確な一撃。モーンワームは木の幹にぶつかり、ずるりと滑り落ちる。


「大丈夫か」

「だ、大丈夫……!」


 慌てて体を起こす。服についた落ち葉を払い、距離を取る。


 心臓がばくばくしている。さっきまで冷静に穴を観察していたのに、いきなり空から芋虫が降ってくるなんて聞いてない。


 芋虫は体をくねらせながら、ゆっくりと起き上がった。さっきまで地中性の魔物だと聞いていたのに、まさか木の上から奇襲してくるなんて。


「……あれがモーンワームだ」


 アルビスさんが低く告げる。


「食事のために地上へ出て、木に登っていた個体だろう。ちょうど真上にいたらしいな」


 言われて見上げると、頭上の若木の葉が大きく食い荒らされていた。確かに、説明通り。そして今、目の前にいる。


 ようやく出会えた、目的の魔物。さっきは驚いたけれど、逃がすわけにはいかない。


 モーンワームは体を大きく持ち上げ、威嚇するように揺らした。ぬらりとした体表が陽光を反射する。アルビスさんが半歩前に出る。


「とりあえず、倒すか?」


 落ち着いた声。私は深く息を吸い、頷いた。


「うん。倒さないと素材は手に入らないしね」


 モーンワームには免疫機能の向上の成分が含まれている。今回の課題には必要な素材だ。絶対に手に入れておきたい素材。


 私はすぐに近くの太い木の陰へと身を滑り込ませた。正面から相手をするのはアルビスさんの役目。私は攻撃手段がないから、身をひそめるだけだ。


 アルビスさんは背中に担いでいた槍を静かに構えた。長い柄に、鋭く磨かれた穂先。森の光を受けて、冷たい輝きを放つ。


 モーンワームがぐぐ、と体を縮める。――来る。


 次の瞬間、巨体が地面を蹴るようにして跳ね上がった。速い。けれどアルビスさんは一歩、横へ滑るように動くだけだった。


 どん、と重い音を立てて、モーンワームがさっきまで彼が立っていた場所に叩きつけられる。落ち葉が舞い上がる。その隙を逃さず、アルビスさんが踏み込んだ。


「はっ」


 鋭い気合とともに、槍が一直線に突き出される。穂先が緑の体表へ迫る――が。


 ぐにゃり、と。モーンワームの体がばねのように反り、信じられない勢いで横へ跳ねた。槍はわずかに外れ、地面に突き刺さる。


「素早い……!」


 思わず息を呑む。地中を進む構造だと言っていたけれど、地上でも十分すぎる跳躍力だ。モーンワームは木の幹に張り付き、体をくねらせた。嫌な予感が走る。


「アルビスさん、何か――」


 言い終わる前に、それは起きた。ぶしゅっ、と湿った音。モーンワームの口元から、白く粘ついた糸が吐き出された。一直線に、アルビスさんの顔へ。


「っ!」


 とっさに槍の柄を横に構え、盾のように前へ出す。べちゃり、と糸が槍に絡みついた。粘性が強い。もし顔に直撃していたら、視界を完全に塞がれていただろう。


「糸まで使うの……!」


 だが、アルビスさんは冷静だった。槍を大きく振り、絡みついた糸を振り払う。粘つく糸が地面へと落ちる。


 その瞬間。モーンワームが再び体を縮めた。さっきよりも低く、鋭い軌道。一直線に、アルビスさんの胴を狙って跳ぶ。


 アルビスさんは動かない。ぎりぎりまで引きつける。


「……そこだ」


 低く呟き、踏み込む。跳びかかってきた巨体の軌道に合わせ、下から斜め上へと槍を振り抜いた。鋭い軌道で刃が柔らかな体表を裂く。緑色の体液が飛び散った。


 モーンワームは空中で体勢を崩し、そのまま地面へと叩きつけられる。どさり、と鈍い音。地面に転がり、うねうねと体をくねらせる。脚がばたばたと動き、土を掻く。けれど、さっきまでの勢いはない。


 数秒、痙攣するように震え。やがて、ぴくりと最後に小さく動いたあと、完全に静止した。森に、再び静けさが戻る。


「……倒した?」


 私は木陰から出て、慎重に近づく。アルビスさんは槍の穂先で軽く突き、反応を確かめた。


「動きはない。仕留めたな」


 その言葉に、ようやく胸の奥の緊張がほどけた。目の前には、目的のモーンワーム。少し気持ち悪いけれど――


「……やった」


 思わず小さく笑みがこぼれる。


「これで、素材が手に入るね」


 課題達成への大きな一歩。早速、鑑定をして素材になる部分を探す。


【モーンワーム】


 ヴェルーザ山下層に生息する地中性魔物。


 普段は地中に穴を掘り、その内部で生活する。掘削能力が高く、柔軟かつ強靭な外皮を持つため、土中での移動速度は速い。


 食性は草食寄りの雑食。特に若木の葉を好み、摂食時には地上へ出て木に登る習性がある。


 危険を察知すると跳躍による奇襲を行うほか、粘性の高い糸を吐き出し対象の動きを封じる。


 体内組織は単純で、有効な薬効成分は確認されていない。


「……え?」


 最後の一文を見た瞬間、思考が止まった。


「有効な成分……確認されていない?」


 思わず声に出る。私はもう一度、表示を見直した。見間違いじゃない。有効な薬効成分は確認されていない。


「そんな……」


 さっきまでの達成感が、するりと抜け落ちる。本には確かに書いてあった、なのにどうして?


 本には、確かに書いてあった。モーンワームには免疫機能を向上させる作用がある。


 効能の欄には、はっきりとそう記されていた。私はそれを何度も読み返して、今回の素材候補に選んだのだ。


 なのに――目の前の【鑑定】には、有効な薬効成分は確認されていないとある。


「どうして……?」


 私はモーンワームの亡骸を見下ろした。さっきまで暴れていた巨体は、今はただの肉塊だ。体表の緑は少しくすみ、切り裂かれた部分からは粘ついた体液がゆっくりと滲んでいる。


 本が間違っていた?でも、あの本は薬師協会が保管している書物だ。信頼性は高いはず。


 それとも――。


「アルビスさん」

「なんだ」

「モーンワームの体液って、時間が経つと性質が変わるって話、聞いたことある?」


 彼は少し考え、首を横に振った。


「さぁ、どうだろうな。死んだらすぐ臭くなる魔物もいるから、死がきっかけで余計な成分が出てくることもあるんじゃないか?」


 その言葉に、胸の奥で何かが引っかかった。私はもう一度、鑑定結果を思い返す。


 有効な薬効成分は確認されていない。……確認されていない。存在しないとは書かれていない。


「……もしかして」


 私はしゃがみ込み、切り口から滲む体液をじっと見る。


「生きている状態じゃないと、ダメってこと……?」


 口に出した瞬間、思考が一気に繋がった。もし、モーンワームの免疫向上成分が、死と共に失われる成分だったとしたら。生体反応が止まった瞬間に、分解・消失してしまう可能性は?


「可能性はあるな。特定の刺激や、代謝が働いている状態でしか生成されない物質は存在する」

「代謝……」


 つまり、体が動いていることが前提。死んだ瞬間、生成も分解も止まり、目的の成分も失われる。私はモーンワームの亡骸を見つめながら、唇を噛んだ。


「じゃあ……倒しちゃったら、意味がない?」

「……生きたまま、採取する必要があるな」


 捕獲、あるいは半拘束状態での採取。難易度は、一気に跳ね上がる。アルビスさんがこちらを見る。


「やるか?」


 その問いに、私は一瞬だけ目を閉じた。


「……アルビスさんが良ければ」


 アルビスさんに危険な事をさせてしまうかもしれない。その不安で少し遠慮がちに尋ねてみた。すると、アルビスさんは鼻を鳴らす。


「任せろ」


 短く、けれど迷いのない声だった。まるで危険という単語そのものを意に介していないみたいに、当然のことのように言う。


「生け捕り程度で尻込みするほど、腕は鈍っていない」


 そう言って、槍を肩に担ぎ直す。その横顔はいつも通り落ち着いていて、さっきの戦闘と何も変わらない。その姿を見て、胸の奥にあった不安が、すっと軽くなった。


 この人は、無謀じゃない。危険を理解した上で、できると言っている。


「……ありがとう」


 小さく呟くと、アルビスさんはちらりとこちらを見て、


「ルイは採取に集中しろ。拘束は俺がやる」


 と、当たり前のように役割を分けた。その言葉に、私は大きく頷く。そして、二人で並んで、再び森の奥へと歩き出す。


 今度は討伐ではなく、捕獲。そして、正しい素材採取。ヴェルーザ山下層の静かな森に、私たちの足音がゆっくりと溶けていった。

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この世に一人だけの錬金術師~物作り好きのゲーマーが家族のためにアイテム革命起こします!~

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